Chapter 03 -deī ex māchinīs-
1 それでも彼は、懲りることのない速度で
背が高い木々の合間を、三
先頭を行く馬車を駆るのは、片手
彼に合わせて御者台は広い空間が確保されていた。
そこへ姿を現したのは、黒髪の少年である。
彼――レイジは幌から身を出して、ルストの横へ腰を下ろす。ルストはそちらに視線をくれることもなく、軽い調子で話し出した。
「おやおやこれはレイジ氏。どうされましたか」
「外の様子を見ておきたくてな」
「お連れ様がたは?」
「問題ない。フェムは落ち着かないらしくて、窓の外ばかり見てる」
「もう一人は?」
「寝てる」
「ふむ。それがいいでしょうな。スライア氏でしたか。彼女、かなり無茶をやらかしたようでありますれば」
「無茶って意味じゃフェムも大概だが……そうだな。安静にしてもらった方が良いだろう」
スライアが手に負った傷は深い。
「野営を挟んで、丸一日移動しっぱなしだ。ずいぶん進んだんじゃないか?」
「ええ、ええ、あと少しで森は抜けますとも。どうしても直線では進めませぬ
「それはわかってるが……」
「何か不安な点でも?」
「不安というか、疑問だな。これだけデカい馬車が通れるような道、あったか? ……それも、一輌じゃなかったなんて」
「そこはそれ、〈里〉より供与していただいた〈隠れ布〉と我々サンキルレシアの
「……見つけづらいように道を作った、って言いたいのか?」
「有り体に言えば。あるいは、そこに道があると意識させないような作りをしていると言うのが正しいやも知れませんなァ。複数の経路を有機的に交わらせ要所を隠し、道として認識されないように同じ道を連続して使うことを避ける。まあ、他にもいろいろと工夫はございます
「火事の延焼を防ぐためにかなり木を切り倒させたが……まさか、破壊しちまったか?」
「ああ、ああ。あれには少々参りましたな。フェム氏、こちらの存在に気づくことなくひたすら伐採を続けるものですから」
「すまない」
「……と、言う割に悪びれているようにも見えませんがね?」
「必要な処置だったからな」
「そこには同意せざるを得ませんな。そうでもしなければ、無用な被害が増えていたでしょう。戦いではなく火事によって」
「そういうことだ。――それに、口ぶりからすると、あの程度で全部使えなくなるほど杜撰な用意をしてるってわけでもないんだろ? 予備の
ルストはにやりと口元をゆがめた。
「そうですなあ? 使い物にならなくなったのはひとつふたつの経路だけです」
「まあ、当然だな」
「えぇ、当然です。予備というより、複数の経路を用意しておいて、商談のたびに変えるという形を取っております。今使っているのもそれというわけでして」
「……正直に言うが、気づかなかったな。たいしたもんだ」
「うは。容易に気づかれるようでは偽装の意味がありませんからなァ」
レイジの言葉に気をよくしたのか、ルストは破顔する。
「そも、我らは商隊ですからなァ。輸送には道が要りますれば。さりとて通りすがりに見つかるわけにもいかず、それなりに苦労したのですよ? まあ、通りすがりなぞ多くはおりませんが。仮に迷いこんで来たとしても死ぬばかりでありましょう」
ルストはそこで目を細めた。
「まあ――これまでは、ですが」
彼の声がにわかに真剣味を帯びる。そこで御者台へ顔を出したのは、
「無論だ。ここに至っては、我らは逃げも隠れもできない」
フェムと同じく〈里〉からの使節として選ばれた人物――テイラッドだ。
「〈里〉を隠していた〈隠れ布〉も今は貴重だ。たとえそれで中心部を隠せたとしても、先日の戦が我々の存在を明るみに出してしまった。……ならば、協力は必然だ」
「おやおや、我らの一員に加わる意思がおありと捉えてよろしいですかなァ? いやいや、それは実にありがたい。我が国の傘下に加わっていただけるのなら、国内の立場も――」
「いいや。勘違いをするなよ、サンキルレシアの
彼は表情を一層引き締めて、レイジと視線を交えた。
「主様が逝き、最早〈里〉は壊滅した。認めたくはないが、ここをごまかすべきではない。で、あるならば――〈里〉に依らない共同体にて、我ら
「ああ。同盟の締結については、俺もできる限りの協力を――」
「いいや。それも、やめてもらいたい」
言いかけたレイジを手で制して、テイラッドは毅然と言い放った。
「お前の助力は素直にありがたい。しかし、いつまでもアテにできるものではない。――また、アテにしていいものでもない」
「だが、これから始まるかもしれない戦争は、俺にだって責任がある。元はと言えば、これを引き起こしたのは俺だ」
「その気持ちも論理も否定するつもりは無い。しかし、これは私たちが私たちとして生き続けていくために必要なことだ。それこそが、主様の望みでもあったのだろう?」
青年の瞳がまっすぐにこちらを見据える。それを受けて、レイジは軽く拳を握った。
「……確かに、そうだな。アイツ――〈
「納得してもらえたか、客人。お前は我らと独立したひとりの人間として、〈商談〉に臨んでもらいたい」
「ああ。だが、協力をやめるつもりは毛頭無いぞ」
「お前がそう望むなら、それでいい。私がしているのは動機と、それに対する自覚の話だ」
「俺は俺として、お前達はお前達として、それぞれ席に着くって話か? その意識を、ちゃんと持てって言いたいのか」
「そうだ。そこを曖昧にしたまま、肩を並べるわけにはいかなかった。もし無礼と感じたなら、謝罪するが……」
「いや、いい。お前の言ってることはもっともだ。俺の助けがいつまでも続くわけじゃないってのも、事実だからな」
「理解に感謝を、客人。……いや、いつまでもこれは他人行儀だな。レイジ、と」
テイラッドが手を向けてくる。
対するレイジも手を伸ばし、手の甲を二度、軽く打ち付けた。
「こう、だったか」
「悪くない」
――と、そこで、唐突に念話通信が割り込んできた。
《そ、そうなのです。わたしが――わたしたちが、主様が居なくても、生きていくために……自分たちで、歩いていくために……》
《――おい、フェム》
「うひぁ」
幌の中から
《なんなのですレイジ!? いきなり声を飛ばすのは――》
《いきなりも何も、また聞こえてるんだが》
「やっちまったのです!? あっ、声……」
「んお、なんだなんだ嬢ちゃん、騒がしいな」
「あっ、あう、すみません。あの、あまり気にしないでいただけると助かるといいますか、本当にたいしたことではないのです、たいしたことでは」
「いやそれは良いんだけどよ、やっちまった、とか。忘れ物でもしたか?」
「いえあのそういうわけではなく、な、なんでもないのです」
荷台から声が止み、代わりに念話通信が再開される。
《……なんなのです》
《お前、まだ慣れないんだな》
《気が緩んだだけなのです! なんなら証明のために、また気絶させてやってもいいのです。わたしの手にかかれば、あなたも
《あれは俺の自爆って側面が強いが……まあ、いい》
どう伝えたものか、レイジは軽く首元に触ってから、言葉を選んだ。
《ひとつだけ言っとく。お前はそう思い詰めなくて良い。俺とこっちの――テイラッドに任せておけばいい。なんとかしてみせるさ》
《……ですが》
《別にお前を見くびってるわけじゃない。けど、必要以上に背負わせようってつもりも無い。これは俺が引き起こしちまった結果で、だから、お前が悩む必要なんて無いんだ》
《……それを、貴方が言う――いや、いいのです。なんとなくわかったのです》
《ま、わかってくれたならいい》
《いえ、諦めたというか……》
《? ……ともかく、そう気負うな。お前が使節に選ばれたのも、大方は外の世界を見せようって意図だろう。そんな状況じゃないのは百も承知だが、楽しむくらいの気持ちでいけよ》
《え、ええ。まあ、はい》
急激に気のない返事をし始めたフェムとの通信を切って、ルストに向き直る。彼は柔和な笑みを浮かべたまま、荷台の方へ視線をやっていた。
「いやいや、どうも賑やかでよいですなァ。新鮮さすら覚えます」
「すまない。余計な迷惑がかからないと良いんだが」
「いぃえぇ? 迷惑など存分にかけていただいて結構ですとも。『次代の一人として、彼女には見聞を広めてもらいたい』とはジルコ氏からも言われております故」
「……そうか、ジルコが」
「えぇ、えぇ。彼ら
「テイラッドはともかく、彼女は若い、というか幼すぎるような気もするが」
「おやおや、そうでしょうかねぇ。ひとりの兵として帝国の刃を退け、里の住民からも信頼を得たと聞きます。それを考慮するなら幼いという評価はいささか過小では?」
「本来ならそんな評価を得ていい年齢じゃないはずだ。それも女の子だぞ」
「そこにこだわるとは意外でしたな。評価に歳も性別も関係はありますまい?」
「平等主義の議論をするつもりはない。俺が言ってるのは――」
反論しかけたところで、視界に違和感を覚えた。
「お、レイジ氏、気づかれました?」
「出口か」
木々の合間から、開けた空間が透けて見えていた。
「まあ、明確な〈出口〉と呼ぶにはいささか粗野ですが。しかし、これで少しは速度を上げられるでしょう。そうなればあとは三日とかかりますまい」
そうする内に森を抜けた。
光量が急増し、目をすがめる。木々によって遮られていた真夏の陽光が、強く肌に照りつけた。
平原だ。木々がまばらに生えてはいるものの、こうまで起伏に乏しい地形は目に新しかった。国境付近の山間部から抜け出した証なのだろう。
「……ん?」
「どうされましたかな?」
ルストが問うてくる。レイジの視線が向く先には、ゆっくりと進む一輌の馬車が居た。
二キロ近く離れているため確かなことは分からないが、自分たちが乗っているものよりも一回り大きく、護衛らしき軽騎馬が周囲を固めている。
「この他にも商隊がいるのか?」
「ふむ……」
言われてルストも気づいたのか、目を細めてじっと観察した。
「我らは言うなれば密使です。おそらく、あれは市井の商人でありましょうや」
「……妙だ」
「妙と言うのは?」
「おそらくだが――あいつら、本来の持ち主じゃないぞ」
「おやおや、それはまた異なことをおっしゃる。理由を聞いても?」
「いくらなんでも動きが遅すぎる。
「ふむ、単に欲深い商人というだけでは?」
「だと良いんだが」
会話もそこそこに相棒たる〈
「――メル」
『なんでしょう』
反応を示した彼を掴んで、カメラ面を例の馬車に向けた。
『最近、私の待遇が粗雑では?』
「この方が早かった。少し遠いが……あの連中に
『
「視覚に繋げてくれ」
『了解』
返答と共に視界が切り替わる。馬車の荷台を拡大すると、そこにはいくつもの熱源反応があった。形から見て人間で間違いない。単に乗り込んでいるという風ではなく、姿勢からして、どうも拘束されているらしかった。
「案の定だ。商人が捕まってるらしいな。人さらいのたぐいか」
「なぜそれが――いえ、愚問でしたね。アナタは〈
「ルスト、この馬車であれを追えるか?」
「速度は出ませんよ」
「向こうも同じことだ。見失わなきゃそれでいい。〈
「可能と言えば可能ですが、理由がありませんな」
「……人命が危険にさらされてるんだぞ?」
「アナタの道徳規範は知り及ぶところではありませんが、人命はそう高くありません。今の帝国よりは高いでしょうが、それでもたかが知れています。それに――我らはアナタがたを王都に届けるという使命を負っています」
「……それが助けられる相手なら、俺は助けたい」
「余計な危険を背負い込む必要は無いと言っているだけなのですがなァ。おそらくアナタが彼らを救い出すことはできるでしょう。……しかし、それだけで、
「――我々は構わない」
と、そこで、耳長の青年――テイラッドが会話に割って入った。
「サンキルレシアと友好を結ぼうと言うのであれば、むしろ都合がいい」
「…………はーーーーーーーーァ……」
長く深いため息をついてから、ルストは数秒だけ沈黙を保った。
「……良いでしょう。気は進みませんがね。……〈布〉を使います。」
後半は馬車の中に呼びかける形だ。
レイジらの乗る馬車は光学迷彩を起動しつつ、進行方向を修正した。
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