22 そして少年は少女に告げる
レイジは標的たる二機目の〈
《警告。〈
《いちいち隠れてちゃ間に合わない! 向こうが火器を使えるならその時はその時だ!》
火薬が劣化しているのはなにもこちらに限った話ではないはずだ。そうでなければ一方的に攻撃を加えられる火器を用いずにわざわざ巨剣を使っていることの説明がつかない。
《
《了解》
それはもちろん希望的観測に過ぎない。相手が絶対に銃を使えないという保証など、どこにも無いのだから。
「くそっ! クソッ! なんだって、俺はここまで……!」
冷静な判断が抜け落ちている、と言われればそれまでなのだろう。時として小隊規模の指揮を任せられることもある士官の候補生だった者として、戦闘時の平静さの欠如は許されがたい。
しかし、これはもはや理屈の問題ではない。
生身では傷一つ付けられないような兵器を相手に剣を向けた少女の姿を見て、思ったのだ。思ってしまったのだ。
「なんのために生きるのかなんて、そんな大層なことはまだわからない。でも――」
超長期の
国も、そこに住まう人々も――軍人として生きることを志した時、守ると決意したモノが消え失せてしまった。
そこに現れたのが、彼女だった。
呆れ、泣き、ときには怒り、そして笑う。ここ数日で彼女が見せた数々の表情が自然と思い起こされた。
自分でも、この感情をどう呼ぶのかはわからない。
だが、これだけはわかる。
「――俺だって、もうこれ以上失うのはごめんなんだよ!」
激情に任せてなおも機体を前進させる。激しい揺れに見舞われながらも、決して速度は緩めようとしない。
前方に見える機体が、手中の剣を大きく振りかぶった。
「スライアアァァァァァァァァァ――――――ッ!!」
外部スピーカーを介して少女の名を力の限りに叫ぶ。全身を襲う慣性力と揺れにも構うことなく全速で敵影に向かって機体を走らせる。
『神像、だと……!? 馬鹿な。我ら以外に操れる者など、いるはずが……!』
こちらの存在を認識した敵機は驚きの声を上げ、しばし動きを止めていた。数秒後、ようやく我に返ったのか、剣を構え直して防御に用いようとするが――もう遅い。既に彼我の距離は目と鼻の先だ。十分に有効打は放てる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――ッ!!」
喉が枯れんばかりに
最高速度に達した〈
「はーっ……はっ……。間に合った、か……」
敵機をスライアがいない方に倒れさせる。ナイフを抜くと、液化緩衝材と血の混じり合った液体が裂け目から流れ出た。
短時間に二度も人を殺しておきながら嗚咽の一つさえ漏らさない自分がいる。一度目とは異なる感覚を驚くほど冷静にとらえつつも、彼はカメラが映し出す少女の姿を見やった。
彼女は呆然とした表情で、こちらを見上げている。
胸部装甲を解放。ずれ込んだ装甲板の間、視線が直接絡み合った。
「無事、だったか。いや、それ以前に……逃げろって、言ったはずなんだが……」
言葉がなめらかに出てこない。消耗が激しかった。
通常、歩行戦車を操縦する際にはそれ専用のスーツを着込む必要があり、それが無い場合は操縦者への負担が増してしまう。機体の急制動と、それに伴うGに身体が耐えられないのだ。
深呼吸を繰り返して息を整えようとしていると、それまで黙り込んでいたスライアが不意に口を開いた。
「どうして――」
「どうして助けたのかって訊きたいのか? ……いつかみたいに?」
被せるように発した問いに、少女は戸惑うような表情を見せる。
「……ふざけるな」
彼女を死なせずに済んだ安堵も確かにあったが、それ以上に胸中を支配していたのは、彼女に対する憤りだった。
「命を捨てるような真似を、しやがって……!」
立ち向かう、という以外の選択肢も彼女には残されていたはずだ。装甲に傷を付けられるかさえ怪しいほど貧弱な武器で戦いを挑むくらいなら、あの少年を抱えて逃げた方がよっぽど生存率は高いはずだった。
「命を……捨てる?」
「生身で
スライアはしばらくの間なにを言われているのか理解できていないという風に固まっていたが、やがて思い直したようにこちらを
「あなたにそんなことを言われる筋合いは――」
「お前に死なれたら俺が嫌なんだよ!」
「……ッ!?」
自分が言った言葉でありながら、最初はその意味が理解できなかった。
そこで、ようやく気付く。
――そうだ。自分は彼女に死んで欲しくない。
自分は彼女の死に対して恐怖を感じている。この少女が死ぬことを、自分の目の前からいなくなってしまうことを、なによりも恐れている自分がいた。
この少女は危うい。
どれほどの危険を伴う行動なのかをわかっているはずなのに、それのもたらす結果は火を見るより明らかだというのに。それでもみずからを顧みることなく他人へ手を貸し、全てを一身に背負おうとする。
そんな姿を見ていると、いまにもどこかへ消えてしまいそうで――
「他人を助けるって考えは間違っちゃいない。だが、誰かを助けて死のうなんて、そんなのは馬鹿げた自己陶酔でしかない!」
――知らず知らずのうちに、
「自分を犠牲に誰かを助けようとするな! 勝手に自分の中で答えを出して、自分が死んでも構いやしないって顔で危険に首を突っ込んで……。そんなの、残った奴が誰も救われないじゃないか……!」
――私は、お前に生きていて欲しかった。
父の遺したメッセージが脳裏をよぎる。細かい事情など知りはしないが、スライアを逃がすために身を
だからこそ、みずから死地に出向くような真似をした彼女に強い怒りを感じていた。
「さっきのお前は、諦めてただけじゃないか……! 子供を助けるだのなんだのと言っておきながら、結局は殺されるのを受け入れてたんだよ、お前は!」
「でも、一体どうしろって言うの!? 私はあなたみたいな力なんて持ってない! それこそ、自分を犠牲にしてでも助けるしかなかった!」
「そのためなら死んでも良いと思ってるのか!? 本当に、それがお前の本心なのか!?」
ほとんど怒鳴るような問いかけに、少女は息をのんだ。
「っ、私は……」
言いよどんだ彼女が浮かべたのは、いつかと同じように自分の中に答えを求めるような表情だった。
「良いか。言っておくが、俺に特別な力なんてものは無い! この兵器も、頭の中に埋まった副脳も! みんな俺以外の人間が作り出した物だ! ……俺は、それを利用してるに過ぎない。俺の生きてた時代じゃ、それが普通だったんだ!」
「それって、どういう……」
もう隠していることはできなかった。
「……俺はお前たちの言う〈神々〉の一人で、お前と会った日までずっと眠ってたんだ。俺の知ってる連中が生きてるかどうか、昨日は『わからない』なんて言ったが……もう、本当はわかってるんだ。みんな死んだんだ、死んじまったんだよ……!」
自分でも言っていることの整理がうまく付けられなかった。
「だから。だから俺は、お前に――」
『――二機の信号が消えたのを受けて来てみれば、よもや神像が動いていようとは』
唐突に会話へと割り込む第三者の声があった。先んじてそちらを確認した少女が驚きの色を滲ませる。
声が聞こえてきた方へと頭部を向ける。
画面に映り込んだのは、白銀の光を放つ機体。いくつもの追加装甲を装着したそのシルエットは武骨でありながら、各所に施された装飾によって奇妙な神々しさを放っていた。
帝国教会の頂点に座す男――アポステルが、あれに乗っている。
それを敵として認識した瞬間、昂ぶっていた感情が強引に沈静化させられた。戦闘行動に支障を来す可能性があると
冷静さを取り戻した少年は、
「来たのは三機、だったな。あれで最後か。……スライア、お前は早く逃げておけ」
「……っ、そんなこと言ったって、あなたは――」
彼女の答えを待つことなく胸部装甲を再閉鎖。最後の敵へと向き直る。
『獣に
白銀の機体がこれまでの二機よりも幅の広い大剣を背から取り外し、正眼に構えた。
(この中に、あのアポステルがいるのか)
全ての元凶。歩行戦車という古代の兵器を用いて、みずからの歪んだ思想を国中に蔓延させた男。――それがいま、目の前にいる。
「お前が帝国の実質的な頭だってことは知ってる。ってことは……お前をここで倒せば、全部が丸く収まるってわけだ」
『言葉の意味が理解できんな』
「しなくて良いッ!」
言うなり〈
伸びた腕を素早く引き戻して次撃に移ろうとするが、相手の反撃が先だった。
これまで戦った二機の〈
『私に勝つつもりでいるというのか? ――思い上がるな』
相も変わらず厳然たる口調でアポステルが言い放つ。
それを皮切りに、壮絶な打ち合いが始まった。
大上段から振り下ろされる剣の軌道にナイフを斜めに沿わせ、弾く。間を置かずに跳ね上がってくる
暴風のごとく吹き荒れる太刀筋は、その全てが必殺の威力を伴っていた。しかも動きは俊敏で、人工の副脳である
「ぐ――、ふざけた格好してるくせに、速いな……!」
『祈祷の
「お前らが言うところの神様だ! 世界を創造するような力は無いけどな!」
白銀の機体に乗る男――アポステルが乾いた笑いをこぼした。嵐のごとき剣閃の渦中にありながら、焦りを微塵も感じさせぬ余裕がその声からは感じられる。
『貴様ごときが神を騙るのか? たかだか神像を動かせる程度の、矮小な力しか持たぬ者が?』
「知るかよ! なにがあったか知らないけどな、単なる昔の人間たちを勝手に神格化して……あまつさえ、自分たちは神聖な真の人間だから他の種を迫害しても良いだと!? ふざけるのも大概に、しろッ!」
わずかに剣筋が鈍った瞬間を見逃さず、レイジは敵機を蹴り飛ばす。白銀の機体はバランスを崩すことなく、幾度か後方へ跳ぶ形で衝撃を殺しつつ大きく距離を開けた。
『くくっ。激情に駆られる生き方は身を滅ぼすぞ?』
「……ご忠告どうも」
――やはり、手練れだ。
相手が倒れ込んだ瞬間に飛びかかってとどめを刺そうとしていたレイジは、相手の力量を察するなり機体をその場に留まらせる。
攻撃を再開するのかと待ち構えていたのだが、予想に反してアポステルは動かない。不審に思っていると、彼はややあってから話しかけてきた。
『ふむ。……やはり妙だな。その力、どこで得た』
「別に特別なことなんかしちゃいない。……それにこれは、俺自身の力ってわけでもない」
『なに? ――そうか、貴様。……そういうことか。くくくっ』
きわめて漠然とした物言いではあったのだが、アポステルは納得したように独りごちると、愉快そうな忍び笑いを漏らした。
「なにがおかしい。……どういうことだ」
『――こういうことだ、同類』
「なにを。……いや」
直後は彼が言っていることの意味がわからなかったが、一瞬遅れてそれに気付く。視界の隅に表示される自動翻訳の状況、そこに変化があったのである。
使用されている元言語は――
「……これは」
『気付いたか? そうだ、そうだとも』
彼が使っているのは文明崩壊以前、レイジと同じ時代の言語だった。それの指し示す事実は一つ。
『――私は「古代」の存在だ。貴様と同じくな』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます