なんだお前か

 久しぶりに見る友人の顔を見て、何処か安心している自分がいることを湊・恭平は感じていた。

 縁側の定位置で茶をすする姿は学生時代と大差無い。が、顔つきだけは互いに変わり、幼さは抜けたようだと湊は思う。

「よお、久しぶりだな」

「なんだお前か。誰かと思ったよ」

 わざとらしい迷惑顔で言った後、友人――ユウキは笑顔を浮かべた。

 中学生時代に知り合って以来こうして、何かある度に今のような構図で取り留めもない会話を繰り広げていた。腐れ縁と言ってしまえばそれまでだが、その一言で片づけられる程簡単な関係でもないだろう。

「おかえり湊。今回の旅は少し長かったね」

「帰り際に大物が居てな。ちょっと手間取った」

 湊は縁側に陣取り柱に背を預け、土産である饅頭をユウキに渡す。

「一体どこの土産物の饅頭なんだ、これ」

「知らん。なんだ、帰り際に大量に押し付けられてな。配っても配っても減らないもんだからこうして押しつけに来たわけだ」

 湊の言葉に何かを感じ取ったのか、ユウキが眉を顰める。

 毎度毎度、この友人は自分以外のことに関しては勘が鋭い。

「……湊、また何処かで女の子を泣かせてきたんだね?」

「人聞きの悪い事を言うな。……ただまあ、なんだ、今回も残念ながらお前の想像通りだ」

 このお土産を持たせてくれた女の子は、確かに別れ際に泣いていたな、と湊は思う。

「これで何人目の現地妻だよホント。……狙ってやってないのがまたタチが悪いよ」

 言われたい放題だが、残念なことに湊は返す言葉を持っていない。

 事実をただ突きつけられては、言い訳の一つも出て来なかった。

「ただ困ってる所を助けてるだけなんだがなぁ」

 縁側に腰をおろし脚を組む。見れば庭の立派な桜の木は青々とした葉を茂らせていた。春は過ぎ、夏はもうすぐそこまで迫っているようだ。

「言い訳にしか聞こえないって。傍から見れば口説いてるようにしか見えないんだから」

 気をつけなよ、ユウキは何度目か分からない忠告をする。そんな事を言われても湊自身に自覚がないのだからどうしようもない。

「昔から何かにつけて厄介事に首を突っ込んでは、その度に女の子に惚れられてるんだからなぁ。フラグ体質ってやつなのかな、最近はこっちにまで実害が来ないからいいけどさ」

「あぁ、その、昔から迷惑掛けて悪いとは思ってるよ」

 湊とユウキの付き合いはもう随分と長い。

 その時からユウキは家業故に、湊は生来持つ正義感から、妖物絡みの事案に関わってきた。無鉄砲な湊がまず首を突っ込み、その後始末にユウキが協力するという形が最も多かった。

 そうした体験をしたからか、今となっては湊も妖物との調停や退治が生業となっている。土地に根付き代々家業としてその任を負っている、ユウキのような「治め役」が居ない土地というのも多い。

 また、治め役が居たとしても当代が未熟であったり、その手に余る妖物が問題を起こすという事例は少なくない。そういった緊急事態には他所の治め役に増援を依頼するのだが、その際に派遣されるのが湊のような「協力者」だ。

「まあそれ以外はそつなく問題解決してるみたいだから、任命者としてのお小言はこれくらいかな」

 協力者とは、治め役がその責任に於いて任命する文字面通りの者たちだ。

 通常は治め役の助手としてその行動を支えるものだが、湊の場合はユウキの意向もあり基本的にユウキの手伝いはしていない。

 湊にとって協力者という立場は、妖物絡みの事案に首を突っ込むための大義名分でしかなかった。

「俺としても勘違いさせるつもりは無いんだがな。困ってる人が居れば助けるし、不安を得ているなら言葉を掛けて勇気づけるさ」

 そこだけは変えようがない、と湊は思う。損も苦労も多いが、間違っている事ではないのだから。

 国内を自由気ままに旅して歩き、しかし妖物関連の事案が起これば率先して解決に乗り出すという生活を始めて数年が経つ。

 旅先で助けたり助けられたりした相手から、思いの丈を告げられた回数は両の手では足りないというのも事実だった。

「まあ吊り橋効果ってのも無視出来ないしね。それよりもお前はそろそろ仮面をつけて仕事した方がいいと思うんだよね」

「仮面か……」

 狐の面や縁日の出店で見るようなキャラクター物の面を想像し、嫌な汗が額をつたう。

「湊はなんていうか、少女漫画の登場人物なんだよ。凄く女の子ウケする見た目と言動だから」

 湊自身に自覚は無いが、これも昔から周囲の人達に言われ続けている事だった。

 切れ長の瞳に端正な目鼻立ち。彫像もかくやという美形の顔に加え、手足はスラリと伸び上背もある。

 モデルでも通用する容姿の持ち主が、熱意を持って親身に接してくれるとなれば心が揺れ動いたとしても不思議ではない。

「俺の事はいいんだよ。それよりユウキ、お前あの狐のねーちゃんはどうした。愛想尽かして出ていったのか」

 普段ユウキの側に控えている女性の姿が無い事に気が付き、こいつもあまり他人の事は言えない筈だと湊は思う。

 狐のねーちゃんことサヤもそうだし、バイトとして現役女子高生を二人囲っていると聞いている。

 大変けしらからん。実にけしからん。

「バイトの二人に頼んで、服を買いに行かせているんだ。サヤさんウチにあった和服しか着ないから。いつも買っていいって言っても遠慮しちゃうし、ちょっと女子高生パワーで無理矢理ね」

 それに、とユウキは言葉を続ける。

「サヤさん、どうしても僕以外には壁を作って接しているからね。バイトの二人には結構壁も取れてきたみたいだから、ちょっとしたお節介も兼ねてるんだ」

 違う服装が見てみたいのも本音だけどね、とユウキは言うが本当の所は先に言った通りなのだろう。

 昔はこういう気遣いをするユウキというのは想像が出来なかったが、単純に今までそういう相手が居なかっただけのようだ。こいつはこいつで、日々を面白おかしく過ごしているのだろう。

「お幸せに、という他無いな」

「現状幸せすぎてどうしようかと思うけどね。ちょっと前は忙しくてそんな余裕も無かったけど」

 苦笑いを浮かべるユウキは珍しい。

「あー……いくらこのあたりの土地が平和だからって言っても、さすがにお前一人じゃ大変か」

「サヤさんにも手伝いをしてもらう程度には、忙しいかな。まあ細かい仕事を受けすぎているのが一番の原因だよ」

「悪いな、本来ならお前付の協力者である俺が手伝わなきゃならん事なんだろうが」

「まあそこは最初の約束があるからね。気が向いたら手伝ってやるか、ぐらいでいいよ」

 いつの間にか包装を解かれていた饅頭を口に運ぶ。意外と言っては失礼だが、味は良い。

「しばらくはこの街に居るんだろう?」

「あぁ、今回は流石に長旅だったからな。実家に居る間くらいは仕事も手伝うぜ、上司殿」

「気持ち悪いなぁ」

「言ってて俺も気持ち悪かった。今度からはやめるわ」

 不意に、遠くから賑やかな話し声が聞こえてきた。買い物に出ていたという女衆が帰ってきたのだろう。

「それじゃそろそろお暇するかね、若夫婦の家に長居するほど無粋じゃないしな」

「まだ夫婦じゃないんだけど。それよりも夕飯ぐらい食べていきなよ。……今日は、バイトの子達も一緒の予定なんだ」

「……女三人寄ればと言うが、その中に男一人じゃ肩身が狭いってか」

 こいつもいよいよもって世帯染みてきたな、と湊は思う。

 同い年の友人の変わり用は、どこか落ち着かないものがある。

 溜息を吐き、しかし顔には笑みを浮かべ、

「貸し一つ、だな。今度サシで呑みに行く時に奢ってくれればチャラにしよう」

「足元見るなよ。くっそー、湊は呑むからなー、財布に大ダメージだ……」

 腐れ縁の友人は、昔と変わらない困ったような情けない笑い顔を浮かべていた。

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