貴女はワタシの



 木々に囲まれた石段を登る。

 段数も少なく、傾斜も緩やかなので運動量など大した事はないのだが、

「午後に体育があった日はちょっとねー」

 なんとなく足取りが重いのは、気のせいではない筈だ。

「ねえ、ゆうはどうなの? 今日は何やら活躍してたけど」

 思いついた言葉を一緒に歩く同行者に投げかける。

 夕はそうでもないですよ、と穏やかな笑みを浮かべた。

「ちょうど相手とわたしの技量が拮抗していただけですよ。観客が出来たのは、ちょっとびっくりしましたけれど」

「いやーバドミントンってあんな激しい競技だったんだねー……」

 体育の時間に繰り広げられた熱戦は、クラス全員が見守る本日最大イベントだった。試合が終わった後に、ちょっとした歓声があがったのも頷ける。

 さらさらとした黒の長髪に華奢な体。整った目鼻立ちにおっとりボイス。夕はどこからどう見てもいいところの御嬢様にしか見えないのだが、何故か運動真剣も抜群。

 細い体のどこからそんな力が出てくるのか不思議でならない。これで頭も良いのだから、ちょっと神様は不公平だ。

「才色兼備ってレベルじゃないでしょホント」

 夕との付き合いは高校に入ってからなので、まだ一年程しか経っていない。

 だがこの一年間で、彼女の多才っぷりと性格の良さは身に沁みる程に理解しているのだった。

 正直に言ってしまえば、憧れていさえする。

 住む世界からして違うようなワタシと夕が、何故友人として付き合えているのかと言えば、それは他愛もない小さな切欠があったからだ。

 縁というのは奇妙なもので、一度結ばれてしまえばそう簡単にほどけないように出来ているらしい。

 その小さな切欠のお陰で、今もこうしてワタシ達は放課後に石段なんかを登っているわけである。

「今日はサヤさんに料理を教えてもらう日だね」

「前回は和物でしたから、今日は洋食系でしょうか」

 楽しみですね、と微笑む夕はとても嬉しそうだ。

 完全無欠の無敵要塞のような夕だが、料理は得意ではないのである。と言っても、得意でないだけで決して下手ではないのだけれど。

「とーちゃくー!」

 石段を登り切った先で、なんとなく声をあげてみた。

 誰も居ない参道にワタシの声が響く筈も無く、完全に無駄な行為である。

 日本全国どこにでもありそうな小さな神社。そんな感じのこの場所が、ワタシ達二人のアルバイト先なのであった。

 手水舎はあっても社務所は無いので、裏の母屋へと足を運ぶ。古めかしい日本家屋なのだが、庭は広く桜の木も植えてある。

 実は結構お金掛かってるのではなかろうか、というのがワタシの脳内感想だったり。坊さんが儲かるという話は聞くが、神主というのも儲かるのだろうか。

「こんにちわー」

「こんにちわ」

 勝手知ったるなんとやら、ではないが玄関を開けて挨拶二重奏。

 少し待つと、奥から和服美人――サヤさんが優雅な動きでやってきた。

「お二人ともいらっしゃい。着替えたらいつも通りお願いしますね」

 同性のワタシでもはっとするような美人であるサヤさんは、この家の主人であるユウキさん曰く狐の化生らしい。

 まあそんな事はこの街ではよくある話なのでそれ自体は気にならないのだが、実のところ、正直今でも半信半疑だ。

 我らが雇用主でもあるユウキさんが言うにはサヤさんは極稀に耳や尻尾を出しているらしいのだが、未だに見たことがないのである。なのでワタシと夕の間では、実は人間だったのだ説が未だに払拭しきれない。

 もし本当に狐の化生だったなら、是非とも耳やしっぽを見てみたいのだが、どうにも機会に恵まれないようだ。

璃子りこ、どうしたの?」

 名前を呼ばれて意識を現実に戻すと、夕は既に靴を脱いでいて、廊下の途中で立ち止まっていた。

「なんでもないよ」

 益体もない事を考えて、どうも現実からおさらばしていたようだ。

 慌てて靴を脱ぎ夕に追いつく。一応神社で働くという事で、ワタシ達にもそれ用の衣装が渡されていた。

 いつも着替えに利用させてもらっている部屋で、制服を脱ぎ巫女服に袖を通す。

 なんとなくではあるが、コレを着るとちょっと気分が引き締まる。

 巫女服を着ていても所詮はアルバイト。仕事内容は境内と拝殿の掃除である。

 そもそもこの神社自体の規模が小さいので、恐らく一般的な巫女さんの業務であろうお守りや御札を売ったりといったこととは無縁だった。

「それじゃあ今日は境内のお掃除といきましょうか」

 見事に咲いていた桜もすっかり花と葉が入れ替わり、今は散った花びらが境内のそこかしこに散乱している。諸行無常の響きあり。

 取り敢えず本日はこの花びらたちをどうにかしてしまおう。

「それじゃあわたしは石段側からやっていくから、璃子は拝殿側からお願いね」

 そう言って夕は竹箒を手にすたすたと遠ざかる。

 夕はこのアルバイトの時間だけ、普段とは違い髪をポニーテルにしている。

 ふりふりと揺れる髪から時折のぞく白いうなじに、なんとなく視線が吸い寄せられる。

 ワタシとは違い、夕からは艶というものが滲みでているような気がする。自分には欠けているもの、足りないものの悉くを、夕は自然と持っている。

 女らしい所作や教養。傍から見れば髪の短いワタシの方が体育会系に見えるらしいが、夕の方が運動が出来るのだ。

 時折、不安になる事がある。

 そもそもが奇妙な縁で始まった私達の関係だ。いつ何時、なんでもない切欠で縁が切れてしまうかもしれない。

 その時ワタシは、隣に夕が居ない事に耐えられるのだろうか。

 ワタシは夕の隣に居てもいいのだろうか。

 何も持たないワタシが、何もかもを持っている夕と共に居る事は、果たして許される事なのか。

 そもそも、

「こんなことを考えることすら」

 おこがましいのではないだろうかとワタシは思うのだ。益体もない思考だとは分かっていも、そう思わずにはいられない。

 結局ワタシは、夕を通して自分のコンプレックスを見ているだけなのだ。

 全てを持っている彼女が、ワタシは羨ましくて眩しくて妬ましくて恋しくて。

 結局割り切れない思いを抱えたままで、時折思い出してはこうしてうたうだ悩んでしまう。

 こちらの心情を知ってか知らずか、夕は黙々と掃除を続けている。

 遠目から見ても美人さんだ。

「まったく……」

 悩んでも妬んでも、それでもワタシは夕の近くから離れられない。

 結局、惚れた弱みというやつなのだろう。

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