タイムレター

熊野 豪太郎

第1話

時間のことについて考えると、いつも不安な気分になる。朝起きて、会社に行って、お昼を食べて、定時を過ぎ、残業をして、帰ってくる。その間ずっと、時間は流れていくのだ。当たり前のことと思うかもしれないが。見えないものがずっと自分の中で動き続けている。という感覚が、おれを不安にさせる。

時計も同じくおれが苦手なものの一つだ。もちろん、時間を連想させるからである。まるで心臓のように、時間を刻み続ける。この短い針が、あと何百周かしたら、いつかおれは死を迎える。時間は、人を成長させ、そして少しずつ朽ちさせていくのだ。考えすぎだろうか、疲れがたまっているのかもしれない。

社会人になって、もう2年経つ。大学に通って、就職して、という、いたって普通の人生を送っている。親も健在だし、特別大きな挫折を経験することがないままに、大人になってしまった。

中学、高校、大学。と続けてきたバスケも、たいして力を入れないで、引退してきてしまった。仕事をしていても、充実感など得られず、毎日が終わっていく。

時間が怖い。というよりは、「一生懸命やっている自分」がいないことが怖いのかもしれない。

今は木曜日の残業が終わって帰っているところだ。、明日が終わってしまえば、2日間の休みが待っているが、今の自分は、そんな小さなことに喜びを感じていることが許せなかった。

やがて、自分が一人暮らししているマンションに辿り着いた。最上階である8階が、自分の部屋だ。オートロックのドアを、鍵で開けると自分のポストの中を確認する。なにやらハガキが一通。それ以外にはなにもない。

ハガキに書いてある送り主の名前は、知らない人のものだった。裏返すと、細かくきたないな字で、何かが書いてある。

気になったが、部屋に戻ってから読むことにした。

8階にエレベーターが着くと、部屋に戻り、スーツの上着を脱いで、ハガキの裏面に書いてある文字に目を落とし始める。


「10年後のおれへ」

小学校の企画で、10年後の自分に手紙を出す。というものがあるので、自分にあてて手紙を書こうと思います。

今現在のおれの夢は、小説家になることです。今のお前は小説家になれていますか?なれていたら、おめでとう。なっていなかったら、今を楽しく生きれていれば、それでいいと思います。と、ここまで書いたのですが、他に出てくる言葉がありません。だから、小説家になっている自分を夢に見て、絵を描きました。なれているといいな。


その下に自分の名前と、メガネをかけてなにやら万年筆で紙に文字を書いている絵が描かれていた。

そういえば

そういえば自分は、小説家を夢見ていた。本ばかり読んで、ろくに友達とも遊んでいなかった気がする。だけど今のおれには、そのような輝かしい夢がなかった。時間は、おれの夢をも忘れさせてしまうのか。

そう思うと、ハガキに水滴が落ちて、色鉛筆で描いた絵が滲む。今の自分が情けなくて、悲しくなったのかもしれない。でも、時間は確かに、おれの夢を思い出させてくれた。滲んだ絵は、すこしぼやけているが、それでも確かにそこに描いてある。


へたくそな文字で、原稿用紙に文字を書く。夢は夢のままだけど、これがおれの夢の再出発だ。


「10年前のおれへ」

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タイムレター 熊野 豪太郎 @kumakuma914

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