徒然物語

セミノハ

ざあざあ雨が降っている。

季節は梅雨でここのところずっと雨だ。そんな中でも今日の雨は一番激しい。

別に風が強いわけでも,視界が見えなくなるほどの降雨量ではないが元気な男子小学生でも諦めて傘をさすような雨だ。

よく雨は嫌いだという人がいるけど,私はそんなことはない。

たしかにこの季節はじめじめしてうっとしいし,靴下も濡れて気持ち悪いけど,そんなに悪い気はしない。

そんなことを生徒用玄関の透明なガラス製のドア越しに思った。

このドアを押して手にあるビニール傘を開けばもう帰らなければならないのだろう。

雨が少し弱まるのを待とう。多分あとちょっとすれば弱まるはずだから。

飛鳥あすかさん,今からおかえりですか」

後ろのほうから男の人の声が聞こえ,振り向くと国語の教師がプリントの束を両手で抱えながら立っていた。

「はい,そうです」

「そうですか。飛鳥さんは何か用事でもあったのですか」

「いえ,そういうわけではないんですけども。ただ雨が弱まるのをまってました」

先生は不思議そうに眉をひそめながら尋ねた。

「こんな時間まで待っていたのですか。傘をわすれたのですか」

こんな時間といっても午後5時になるかならないかぐらいだ。今日は雨で外はすでに薄暗いが,まだ中学生が出歩いていてもおかしくない時間だ。

「あなたは帰宅部で委員会にも属していないでしょう」

「この雨の中帰るのがおっくうになったんです。だからずっと待ってたんです」

なるほど,気を付けて帰りなさいと先生は言い残してどこかへ行ってしまった。

ふと外を見ると,雨が弱まったような気がした。

正面玄関を出て屋根の下で傘を開き,一歩踏み出そうとするのと同時にある疑問が頭に浮かぶ。

あの先生の名前なんだっけ。

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