第4話
中央の国に来ると、いくつもの寺院があり、賽銭を集めていた。寺院に賽銭を捧げることが良いこととされ、賽銭した分は必ずその恩返しである恩恵があるといわれていた。だから、人々はみんな、お金が余れば、積極的に寺院に寄付をした。
「海では本当に死ぬかと思ったよ」
「ああ、生きているのが不思議なくらいだな」
弐卦と此花は二人で旅をしていた。目指すは須弥山だ。
「須弥山はどこにあるんだ」
と町の人に聞くと、
「決まっているだろ。須弥山は世界の中心にある。あそこに見えるだろう」
といって、地平線から姿を突きだしている高い山を指さした。
「ああ、これはわかりやすいな。あの山を目指して歩いていけばいいんだろ」
「そうねえ。わかりやすいねえ、弐卦」
二人は、てくてくとひたすら地平線の向こうにそびえ立つ山へ向かって歩きだした。
町の人々はみんな帝釈天を敬い、畏れていた。
「帝釈天さまのおかげでわしらは生きていられるのですじゃ。帝釈天さまに逆らうなどとんでもない。少しでも、帝釈天さまにわしらの善意が届けば嬉しいでございますよ」
「帝釈天さまは、世界の主でいらっしゃる。世界中の富は帝釈天さまの元に集まるようにできているのです。世界の流通の王、それが帝釈天さまでございます」
という話を聞いて、弐卦は疑問に思った。
「帝釈天は、世界の流通を支配しているのか。それじゃあ、世界中の富を帝釈天の好きなように使われるんじゃないか?」
すると、町の人は何も疑問に思わずに答えた。
「その通りでございます。帝釈天さまは世界中の富を好きなようにしておられます」
「それで、悔しくないのか」
「何を悔しがるのでございます。わたしたちが生きていられるのは、すべて帝釈天さまのご慈悲の現れでございます。帝釈天さまにご慈悲の心がなければ、世界中の民がすぐに飢えて死んでしまいますでしょう。そうならないのは、帝釈天さまの心に慈悲がある証拠でございます」
「なんという奴隷根性だ」
弐卦は、帝釈天に支配されるのが当然という中央の町の人々の価値観に違和感を覚えて、いらいらしてきた。
「なぜ、帝釈天に操られるままで平気なんだ。誰も、帝釈天にとって代わろうとは思わないのか」
弐卦は怒りをぶちまけたが、
「帝釈天に逆らうなど、阿修羅ですじゃ。闘争の鬼たちですじゃ。畏れ多くも、帝釈天さまに逆らい、争っておられる阿修羅の軍のようですじゃ」
と町の人はいう。
「ほう。阿修羅というものは、帝釈天に従うのをよしとせず、逆らい、みずからの意思で戦いつづけているのだな」
「ですが、阿修羅が帝釈天さまに勝ったという話は一回も聞いたことがありませんね。何百年間、ずっと阿修羅は帝釈天さまに負けつづけていますよ」
「くそう、帝釈天とは何者なのだ」
「帝釈天さまは、天候の主催神ですよ。その武器は雷であり、どのように雨を降らすのかもどのように風を吹かすのかも、全部、帝釈天さまが決めておられます。その天候の主催神である帝釈天さまの降らしてくださる雨によって、作物は実るのですから、帝釈天さまに逆らうなど、まことに許しがたいことです」
「ふん。天候の稼働など、そういう機械が須弥山の頂上に置いてあるだけであろう。それで帝釈天に世界の富を支配させるなど、感謝の行きすぎというものだ」
弐卦はあくまでも、帝釈天に従うのを納得せず、町の人に怒りをぶつけつづけた。
「そうはいいますが、あなたがたは聞けば、海を渡る時にたいへんな災難に会われたとのこと。その困難から救うように、良い水龍をつかわしてくださったのは、帝釈天さまが定めた運命であるに決まっているじゃないですか。すべては帝釈天さまの御心のままに世界は動いているのです。この世界に生まれてきて生かされていることを感謝しないなど、たいへんな傲慢でしょう」
と町の人はいうのだった。
「良い水龍が帝釈天の使いだというのか」
さすがの弐卦もたじたじとなったが、此花がそれをしりぞけた。
「詐欺師にだまされないコツのひとつは、詐欺師を過大評価しないことだよ」
「ああ、うっかり、ぼくたちを救ってくれた水龍が帝釈天の定めた運命だと信じるところだったよ。危なかった、此花」
「しっかりしてよ、弐卦」
此花は冷めた表情で答えた。
「帝釈天って、世界をだましとった詐欺師なのかなあ」
弐卦はそういうと、うーんと背伸びして、気を楽にして再び歩き始めた。
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