第一夜 宝箱

「ねえ、マスター。私の初恋の話を聞いてくれない?」ポツリとカウンターに座っていた女性が私に声を掛けた。

「こんな老いぼれに青春の1ページを話してもいいのかい?」頼まれたカフェオレを彼女に渡す。「マスターにだったら話してもいいかなって思ったの。不思議ね、今日初めて入ったお店なのにすごく落ち着くの。昔から通っていた気さえする」一口カフェオレを飲みならがら「美味しい」と感想をこぼす。

「じゃあ、せっかくだからお嬢さんの初恋を聞かせておくれ。どんな青春を送ったんだい?」

彼女、佐々木瑞希は目を細めながら青春の本を読み始めた。

「あれは高校1年から2年に上がる頃だったかな…」

学年が上がろうとしていた春の出来事。私は友達の小百合の無茶振りをどうかわそうか悩んでいる最中であった。

「なんで私が小百合の好きな男の子と話さなきゃいけないのよ。同じクラスなんだから自 分で話しかければいいじゃない」

「話は毎日しているさ。でも何というか、ちょっとしたスパイス的なものが欲しいというか。お願い!私と帰る時だけでいいから!」両手を合わせて頼む中学時代の友人を無下にできるほど私の心は狭くはない。

「仕方ないなぁ、小百合と帰る時だけだからね」

「流石わが友よ。恩に着る」全く何とも都合がいい答えなのだろうか。

「そうと決まれば善は急げだ!今日部活ないんでしょう。終わったら教室の前で待ってて。じゃあ放課後に」

「って、こら!」何で今日私の部活が休みだなんて知っているんだ。『はぁ』とため息をつきながら私も教室に戻ることにした。放課後までまだ授業も残っている事だしゆっくり待つとしよう。私のいるクラスと小百合のいるクラスの授業数は異なる。私は普通科、小百合は進学科だ。進学科は最高19時まで自習があるので私は頃合いを見て教室に向かった。教室を覗くと帰り支度をしている最中だったらしい、ナイスタイミング私。そう思っていると小百合から声を掛けられた。

「時間ピッタリね、流石。呼んでくるからちょっと待ってて」すると小百合と共に2人組の男子が私の前に現れた。

「初めまして、でいいのかな。内田悠人です。とんだ災難だってね。佐々木さん」

「初めまして。高松圭吾です。中村さんから佐々木さんの事色々聞いているよ」待て、どんな事だ。と突っ込みたい所だが取りあえず私も自己紹介を行う。

「初めまして、佐々木瑞希です。小百合から何を聞いたかは分からないけど全て忘れて。どうせしょーもない事だろうだから」おどけて言う私に二人は笑った。

「じゃぁみんな揃った事だし帰ろう!順調に行ったらすぐに電車乗れるよ」小百合が先頭を切って歩き出し私達もそれに続く。帰り道私達はお互いの事を話し尽した。

「瑞希ちゃん弓道部なんだ。言われてみれば袴姿が似合いそうだね」内田君に褒められ思わず照れてしまう。

「ありがとう。暖かくなってきたからやっと袴来て部活できるよ。内田君は何か部活とかしてたの?」私は内田君と。小百合はお目当ての高松君と談笑している。この様子だと私いらなくないか?と思いながらも内田君と話していると急に小百合が此方に向かってきた。

「ここで選手交代。うっちーは私と話そう。瑞希は圭吾君とおしゃべりタイム」内田君の腕を引っ張りながら私にアイコンタクトを出す。どうやらここからが本番らしい。

「我儘な友達でごめんね」

「佐々木さんが謝る事なんてないよ。それに中村さんの行動はいつもの事だから慣れたよ」柔らかく笑いながら高松君は何てことないと言ってのける。こういう所に小百合は惚れたのだなと思う。

「慣れるって、小百合いつもああなの?今度私がきつくお灸すえとくから。あの我儘に免疫つくなんて高松君は優しいんだね」関心の拍手を述べると彼は再度笑いながら応える。

「それを言うなら佐々木さんの方が凄いんじゃない?中学生の頃から付き合っているんだから」

「それこそ慣れだよ。5年も友達してたら対処法ぐらい見つかるよ」それから電車に乗るまで私達は語り合った。学校の事、部活のこと、そして恋の事。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。電車に乗り私達は別れを告げる。

「じゃぁ俺達この駅で降りるから。また明日ね。小百合ちゃん、瑞希ちゃん」先に内田君が降り続いて高松君も降りていく。

「それじゃぁまた明日。中村さんに佐々木さん」

「うん、また明日ね。ばいばい」

「今日は楽しかった。また明日」二人に挨拶をし私達は電車に揺られてく。

「どう?高松君。優しくて格好いいでしょう!」若干、興奮しながら話しているので少々息が荒い。

「格好良かったし優しいね。何か包まれた感じがした」素直に感想を述べると小百合はうんうんと頷く。

「よく分かってるね瑞希は。好きになっちゃだめだよ。私が恋人になる予定なんだから」

「予定なのかい。分かったわかった」軽口を叩きながらも心の中で小百合に謝罪する。ごめん、もう手遅れみたいだ。

 「・・・とまぁ、いかにも高校生らしいザッ青春を送ったのよ」カフェオレを飲みながら楽しそうに語る彼女は大切にしまっていた『初恋』という宝物を眺めているのだ。

「そんな事があったんですね。それからどうなったんです?まさか友情が壊れたなんて事はないですよね」

「あり難いことに小百合はその後他に好きな人が出来て高松君の事はさっぱり忘れたわ。お蔭で私は高松君と花火を見に行ったり二人きりで遊んだりして楽しんだけどね」そこでいったん区切りそして一言。

「でも恋人にはなれなかった・・・」残り少なくなったカフェオレをスプーンで弄ぶ。

「多分、告白するタイミングを間違えた。二人で遊びに行ったときに告白していれば付き合っていたと思うんだ」スプーンで中身をかき混ぜる手を彼女は止める事無く話し続ける。

「結果だけ言うと、告白して振られて、でも卒業まで友達を続けた。卒業してから一度も会ってないな」私は新しく淹れなおしたカフェオレを彼女に渡しながら一言呟く。

「もし、彼に会えたら付き合いたいと思いますか?」受け取った物を飲みながら彼女は柔らかく微笑む。

「それはないわ。あの頃だったから付き合いたいって思ったの。きっと今の彼を見ても心には響かない。美しい思い出は美しいままに、宝箱に閉まっておきましょう。壊れないように壊されないように鍵を掛けて心に奥に仕舞っておきましょう。私の大切な宝物だから」彼女は髪を横に流しながら幸せそうにそれでいて少し哀しそうに微笑んだ。

「美しい思い出は美しいままでか・・・」私にもいつかそう思える日が来るのであろうか。あの狂おしくて泣き叫びたくなったあの日の事を彼女の様に笑える日が来るのであろうか。「それが分かるまでこの店を閉めることは出来ないな」片付けをしながら次のお客さんを待つ。さて次にこの扉を開くお客はどんな感情を持ってやってくるのであろうか。


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