第40話 陽子の画策

紗季が突然聞いてきた。


「何故姉さんは私に癌の話をしなかったと思

 う?」


何気に聞いてきた風を装っているが又吉とは

目を合わせようとはしない。

又吉はぎくりとした。

又吉もまた、気になっていた事だからだ。


「昨日葉月さんが訪ねてこられたの」


葉月とは陽子の最後を看取ってくれた看護師さ

んだ。


「葉月さんが?又、何しに」


「姉さんに会いに来たって」


「ふーん」


「でね、これを渡してくれたの」


エプロンのポケットから二通の手紙を取り出す

とテーブルの上に置いた。


「二通とも封が開けられていない」


「遺書なんだって、姉さんの」


封書を取り上げようとして、又吉は慌てて手を

ひっこめた。


「遺書っだて?」


「おかしいでしょ、今頃になって」


紗季は又吉の前に腰を下ろした。

料理の用意はすっかり整ったようだ。


「葉月さんが言うには、この遺書、姉さんから

 三か月後に渡してくれって頼まれていたそう

 よ」


「なんで?」


「そんなの私にもわからないわよ、でも、ね、

 相変わらずミステリアスでしょ。姉貴は」


紗季は二通の封書をもてあそんでいた。


「一通はしんりさん宛、もう一通は私に」


「何故開けなかったんだい」


「シンリさんと一緒に開けようと思って」


紗季は二通の遺書を指先で持ち上げると、フラフ

ラと振った。

それが遺書とは思えない紗季の振る舞いだ。


「おいおい、不謹慎だろうが」


「いいのよ、姉貴、絶対遊んでるのよ、自分の

 死までおもちゃにして」


「そりゃ言いすぎですよ」


言いながらも又吉は苦笑した。

確かにあの陽子ならやりかねない。

自分の死に絡めて、何かを画策していたのは間違

いない。

その画策は又吉の目の前にいる沙希の為に。

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