第34話 来てください

何度かの問いかけの後紗季の目に焦点があった。

又吉に気付くと


「姉さんひどい、酷いけど、酷いけどむごい」


訳の分からない言葉を発し又吉に突っかかって

来た。


「沙希ちゃん!」


又吉は紗季の両肩を掴むと少し強くゆすった。

とにかく紗季を普通の状態に戻さないと。

陽子に何かが起きたことは紗季の姿を見れば一

目瞭然だ。

問題は何が起きたかだ。


「紗季ちゃん」


強く紗季を揺すりながら、又吉は紗季をマンシ

ョンの玄関に連れ込もうとした。

しかし紗季は強引に拒み、隣のマンションに向

かおうとする。


「違うの、違うのよ」


「紗季ちゃん?」


「姉は、姉は旅行なんかに行っていなかったのよ」


「どうゆう事なんですか」


見れば紗季はもう普段の紗季に戻っているように

見える。

紗季の言葉と、紗季の態度に狼狽しているのは又

吉自身だったのかもしれない。


「どうゆう事なんですか」


隣のマンションに連れて来られた又吉は紗季の瞳

を見つめた。


「来てください」


そのままマンションに入ろうとする。


「紗季ちゃん、家は向こうですよ」


「いいから着いてきて」


紗季は又吉の手を握りぐいぐい引っ張って行く。

隣のマンションのオートロックを普通に開けその

ままエレベーターを呼び出すと、又吉を押し込ん

だ。


唇を一文字に閉じ、何も話そうとはしない。

とにかく着いて来い。

着いて来ればわかる・・

沙希の目はそう、語っていた。


エレベータの扉が開き、降りようとしない又吉に


「姉は旅行なんかに行ってなかったんです。この

 マンションにズート住んでいたんです」


「えっ?」


「とにかく降りてください」

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