第22話 お風呂に入って来ます

「お風呂にでも入りますか・・・」


言って紗季から何の答えも返ってこないので

又吉は慌てて


「大浴場がここにはあるそうですから、僕は

 そこで湯を浴びてきます、紗季ちゃんは部

 屋の浴室使ってください」


紗季が何も言わないうちに、部屋を飛び出して

いった。


紗季は目の前に敷かれた二組の布団を前にゆっ

くり部屋に入ると椅子に腰を下ろした。


何故か溜息とともに、おかしさもこみあげてく

る。

陽子からのメールは、最初は少し腹も立ったが

よくよく考えてみれば、無事であることの証だ。

 まずはやれやれである。


陽子らしいと言えば言えないこともないが、何

かおかしい。

陽子の(作為)が感じられるが、それが何かは

わからない。

とにかく、陽子が無事であることがわかれば、

もう何も悩む必要はない。


立ち上がりカーテンを開け外を見たが、やはり漆

黒の闇だ。

空には沢山の星が煌めいている。

 しばらく見ていると、暗闇に目が慣れてきたの

か外の景色が見えるようになって来た。

雲間に隠れていた月が現れたせいもある。

昼間行ったしずく橋の大きな湾曲が目を細めれば

見ることもできた。


 陽子もここに来たのだろうか。

いや、来たに相違ない。

この景色、この雰囲気、陽子は大好きだ。

 思えば陽子とも長い間旅行に行っていない。

飛行機事故直後は、陽子が無理矢理紗季を旅行に連

れ出していた。

 今考えれば、あれは陽子なりの紗季へのリハビリ

だったのだろうが、おかげで紗季も旅行だけは好き

になった。

 数年間は、陽子と二人、暇があれば旅行に出かけた。

それがここ最近、陽子の仕事が多忙になって来たのか

ほとんど行かなくなった。

 さすがに紗季は一人で旅行する勇気はない。

旅行の手配はほとんど陽子がしてくれていたので、

紗季はただついて行けばよかったのだ。

 今こうして冷静になって考えてみれば、めんどく

さがり屋の陽子が、こと、紗季に関してだけは何事

も率先してやってくれていた。

 陽子のフォローを紗季がしていたと思い込んでいた

が、実は、紗季が陽子にフォローされていたのでは、

そんな現実が、又吉とここまで来て、切実にわかって

来た。


 紗季は世間を遮断して暮らしてきていた。

陽子という薄皮をまとい、それ越しに生きてきていた。

だからこそ陽子がいなくなった途端あんなにパニック

になったのだ。

 陽子はひょっとして紗季に独り立ちすることを暗示

しているのではないのか・・

陽子に誰か好きな人が・・・

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