第15話  夕暮れの滴橋

 吊り橋は奥飛騨にあった。

又吉と紗季は朝早く待ち合わせ奥飛騨に向か

った。


 早春の朝は肌寒く、吐く息も白い。

結構有名な観光地だと聞いたが、交通の便は

悪い。

 

 最寄りの駅からタクシーを飛ばし滴橋につ

いたのは夕方になってしまった。

なんとか日暮れまでにはと思っていたが、ギ

リギリだった。


 しかし夕時の滴橋は壮観だった。

人二人が並んでやっと渡れるほどの幅で、全長

20メートル程の吊り橋だ。

 老朽化のためか、あるいは最初からの設計な

のか吊り橋のたるみが普通の吊り橋より大きい

気がする。

 その分揺れも大きい。

この弛みを称し、しずく橋と名付けたとすれば、

これが本来の弛み方なのだろうが、それにして

も揺れる。


 紗季は吊り橋を見て最初は絶句した。

「渡れない」目でそう又吉に訴えていたが、日

が落ちかけ、夕暮れの中に浮かぶ滴橋をみてい

ると心変わりしたのか、又吉の後から自分も付

いて行くと言いだした。


 又吉すら渡るのを躊躇した吊り橋だが、紗季

も来ると言えば、又吉とて渡らなければならな

い。

 恐る恐る橋の綱を握る紗季の手を掴むと、が

っしり、握りしめた。


「動けなくなったら行ってくださいおぶってで

 も戻りますから」


夕陽で赤くなった又吉の真剣な顔を見ながら紗

季は思わず噴き出した。


「何がおかしいんです」


「だってしんりさんの言い方悲壮感丸出しだもの、

 ひょっとしてしんりさんも怖いんじゃないんで

 すか」


「そんなことないですよ」


少しムッとしたのか、又吉は背筋を伸ばすと紗季

の手をさらに強く握りしめ、吊り橋を渡り始めた。

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