「バン」からはじまる英雄譚!
@shouko
プロローグ
ガチャガチャと金属と金属が擦り合う音。
ズルズルと物を引きずる音。遠くから聞こえる野太い談笑の声。
もうそんな時間か・・・眠い目をどうにか薄くあけながら
シミのついた、煤ぼけた天井を眺める。
夜が白み始め、そしてまた一日が始まる。
「起きてください!ダイコさん!!」
扉のほうから、若く、少し甲高い声が自分を呼びかける。
体をもぞもぞと動かし、ゆっくりと起こし始めながら
「へいへい。もう目が覚めてますよ。」
「それは失礼しましたっ。早く顔を洗って食卓に来てくださいね!」
「すでに冒険者さんたちが列をなしているんですから。」
まだ眠気の取れない頭を左へ少し振り、窓の方へ向けた。
窓の方からはたくさんの人の気配と、談笑の声が聞こえる。
今日も盛況だな・・・と頭のスイッチを入れる。
「今日もほどほどにがんばりますかね。」
身支度を整え、食卓に向かう。
食卓があるリビングスペースへ入ると挽き立てた豆をお湯で蒸らした苦く、そして深い香りが鼻腔をくすぐる。
黒い豆を砕いてお湯で煮だした黒い飲み物【コーシー】が、朝の定番の飲み物だ。最初はなんだこの黒い飲み物は…本当に飲めるのか?
と思いつつ飲むととても苦い。だけど何か…どこかで飲んだ事あるような気がする懐かしい味。困惑しつつも気持ちはどこか落ち着く自分が不思議だ。
このコーシーはありふれた国民食? 飲み物か。そういう位置づけらしく、今自分が飲んだのはストレートで、本来は砂糖なりいれて甘くして飲むものらしい。
小麦粉を水で練って寝かしてそれを焼いた【バン】なる食べ物と野菜を食べつつ
本日の朝一状況を確認する。
「…というわけで、すでに50人からなる冒険者様達が並んで今や今かと待っています!」
「朝一仕込みの方はどれくらい用意してるの?」
「本日は朝一で100人分を用意してます。」
「100か。」
「す・少ないですか??」
「いや、朝はそんなもんでいいだろ。」
「昨日バラエティ増やしたし、売れ筋は新商品に行くだろうからそこら辺の
品切れだけしないよう数を絶やさず、そして売り場には数を豊富に見せるよう心掛けてくれ」
「バンと具材は十分用意できています!」
「それならいい。予定通り6時に開けてくれ」
「わかりました!」
朝のミーティングを簡単に終わらせ、店内へ向かう。
小さな店内には数人の従業員達が最終的なチェックに追われている。
一週間前とは大違いなこの風景に内心ニヤリとしつつ出入り口へ向かう。
踵を返し、店内を見渡す。従業員達と目が合い、準備OKのサインが送られる。
鍵を開け、扉を開け、朝のまだ明けきれない寒空の中、並んでいたお客様達へ
いつものセリフを大きな声で投げ掛ける。
「おはようございます!それでは本日開店致します!!!」
自分がここ、インダストリー商店に拾われて?から1週間が過ぎた朝の一幕である。
待ってましたとばかりに店内へ殺到するお客様達。
来店するお客様達は、出迎えた自分にわき目も振らずに看板商品である店内奥に位置する部分へ足を急がせる。そうこのインダストリー商店が1週間ほど前に誕生した商品、冒険者界隈でホットな食べ物【サンドビッチ】を我先にと手に入れんがために…
サンドビッチとはバンとバンを具材で挟んだ食べ物であり、それ自体は近しいものはこの世界にもあった。だがその近しい食べ物と決定的に違う部分が2つあった。
まずバン。この世界のバンは柔らかく弾力性のあるゴムみたいな触感があるものが
一般的であった。というかバンはこの種類でしかなかった。
ここに新種が加わったのがインダストリー商店のバンである。ふんわりとしてそれでいて噛むと優しくちぎれる食感がこの世界では未知なる食感であった。
それでいてほのかに甘く、食べ飽きることのないこのバンはまさしく革命と呼ぶにふさわしいものであった。
ここまででもすごい革命、いや発明なのにもう一つの発明があった。
それは 【マヨネーゼ】 である。
作り方はいたってシンプル。卵と油と酢、塩を少々加えたお手軽ソースである。
だがこのマヨネーゼはシンプルながら味はとても複雑であった。初めて食べる奥の深い味。病み付きになりそうな病的なソースは、単品でもこれだけの魅力がありながら、他の具材と合わせることによりより具材の味を引き出し輝きを増すのだ。
そして本日は新しいサンドビッチの【ボテトサラダ味】が販売される日でもある。数日前から告知・並びに試食を行ったところ、この未知なる味に冒険者達はすぐにでも出してほしいと懇願され、2日後の本日発売される事となった。
沸き立つ店内、会計場所は開店してから幾許もたっていないのに大混雑である。
サンドビッチボテトサラダ味は即棚から消え、買いそびれた冒険者達はもっとないのか!
すぐ作ってくれの大合唱。もちろん予見して補充のための商品は作ってあるのだが並べた瞬間に棚から消えて行き、ストックはそれから10分後に無くなりそれ以降は9時まで材料ある限り作っては手渡しで消えていく大混雑となっていった。
冒険者たちはダンジョンへ向かう9時頃にようやく列は切れ、店内にはようやく秩序がやってくるのである。
「ふへぇぇぇ…」
「なにこの混雑…店内の商品ほぼないじゃない」
従業員達は一斉にうなだれそしてようやく一息をつく。
「とりあえず店内に商品ほぼないから一旦店閉めるぞ」
「今日一日のお仕事終ったってかんじ・・・」
「何言ってんだ。お昼に向けて急ピッチで仕込むぞ。休んでる暇なんかないし」
「ひぃぃぃ!!! あんたは悪魔ですか! 鬼ですか」
「はいはいみんな厨房に行くわよー。お父さん一人で手が回ってないから」
「メイシャ、リズ ほらさっさといくわよ!」
足取りを重くしつつ三人は厨房へむかった。
このインダストリー商店は店主のロイ、娘のグランジーナで営む中央圏にある中央街で小さな雑貨商店であり、1週間前までは主にダンジョンからの戦利品や買い取りを生業としている商店であった。ダイコが来るまでは。
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