未だ見ぬ彼方へ ~上にもなく、下にもなく~
despair
?
――
――どこかから、声が聞こえる。音が聞こえる。だけど声の主はどこにもいない。
彼は何かを探すように体を動かすが、それを見つけ出すことは叶わない。
暗く閉ざされた小さな空間。その中に容れられた液体の中に彼はいた。体には一本の細い管が繋がっているが、そんなものお構いなしに彼は動き回る。手を動かし、足を動かし、全身を動かし。壁へ体を圧しつけると、ビクりと壁が震えて、しばらくしてからさすられるように壁が凹んだり、でっぱったりする。
そのような空間で彼が生活を始めて幾週間、変化が訪れた。体が下へ下へゆっくりと落ちていくのだ。今までよりも狭苦しい空間から元の広間へと戻ろうとするが、彼の体にそのような力が備わっている訳もなく、彼の体は、何かに引きずられるように下っていったのだ。
それから幾時間。彼の目に、今までいた場所とは違う、産まれて初めて見る、真っ白な光景が広がる。ここが出口なのだろう。彼の体はぬるい液体とともに外へ放り出される。
彼は即座に気付く。「息苦しい」ということに。彼は体をめいっぱいに使い息を吸い込み、吐き出した。吐き出すとともに、声が出る。大きな声が。
――目を見開く先に広がる、真っ白な光景。何かが分かるわけではないが、それは言葉では言い表せないものだった。
白を基調とした配色を施した一室の中、小ぢんまりとしたベッドの上で、小さな小さな生命の息吹の音がする。彼らは産まれて数日と経たぬ、いわば新生児だ。同じ時期に生まれた者は、みな一ヶ所に集められ、係りの者によって保育される。担当者は、定められた時刻を迎えると新生児にとって栄養となる白濁した液体が詰められた半透明なビンを所定位置へ移し、そして『摩訶不思議な力』で新生児の口元へ注ぎ込む。そうやって新生児たちは生命を維持しているのだ。
「本日も異常ありません」
一連の流れを見届けた看護師は、特殊な無線を用いてどこかへと告げ知らせた。責務を果たした看護師は背伸びをすると、瞬く間にその場から消え去った。
真っ暗な空間。気付けば体はそこにあった。人の姿は見えない。しかし密室になっているのか、誰かに何かを話している音が、反響して耳の中へ入ってくる。その声は妙に馴れ馴れしく、しかし聞き覚えのある声だ。
――『摩訶不思議な力』。人々には『魔法』と呼ばれ、古くから伝わる、親しみ深い存在である。ほぼ全ての青少年が、第二次性徴を迎えると『魔力』と『一つの魔法』を発現、習得する。
『魔力』は、魔法を使う為の力。魔力を消費して、魔法を使うことが可能だ。だが魔力は無尽蔵に溜まるものではない。人によってまちまちではあるが、年齢に応じて一定量しか溜まらない。まるで『ゲームでレベルを上げないと、最大値が上昇しない』ようにね。
次に『魔法』だ。森羅万象、無限大に存在する魔法の内の一つを、第二次性徴を迎えたときに無条件で習得できる。例として挙げるなら『手の平から、小さな火の玉を生み出す』、『水や液体を、手を使わずに持ち上げる』、『目からビーム』だろうか。
いま説明したものは、いわば『よく発現する魔法』。正確には『超能力』として片付けることが可能な魔法だ。だが生存数こそ少ないものの、そのような力を凌駕する、本当の『魔法』を所持するものもいる。『天候を自在に変える』、『物質を転換させる』、『仲介者を呼び出し、電波を受信する』などといった具合に――。
どのような場合に於いても言えることは、『使用者は自らが発現した魔法を用いる上で、必要分の魔力以外は一切の準備をする必要がない』ということだ。曰くつきの道具も魔法陣も必要ない。必要なのは『魔力』のみだ。『魔力』は『魔法』を使えば使うほど減っていく。だが回復手段は存在する。この場で説明しなくとも、じきにキミは知ることとなるだろう。
これくらいの説明で良いだろう。あとはキミの魂が知っている。知っているからこそ、説明は不要だ。
――さあ少年よ。これでお別れだ。キミとはもう二度と会うことはないだろう。しかし魂はいつだって一つ。いずれまた出会うことになるだろう。
パチンと小気味好い音が響くと、一変してしんと静まり返る。最初からその場には誰もいなかったように。最初からそんな空間はなかったかのように。
「今のは、なんだったのだろう。真っ暗なのに、声だけが聞こえた。魂って、なんだろう。あれ、だんだん、意識が――――」
少年はふと違和感に気付く。深く深く、少年は自らの体が沈んでいく感触だ。少年はどうにかして抗おうとするが、目に見えない力は圧倒的に強かった。
――少年の意識は、煙のように霧散した。
未だ見ぬ彼方へ ~上にもなく、下にもなく~ despair @despair
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