アスク

押尾円分

第1話

【プロローグ】


 まず初めに、私はこういった自分の言葉を他者に伝えるということが苦手だ。だから言葉がぎこちなかったり、文章が乱雑になったりするかもしれない。そういった陳腐さも許容しながら読んでほしい。

 私は昔から自己表現が不得意であり、幼い頃も口数は多くなかった。私を知る人ならばそのことを理解してくれるだろう。

 こういった形で自分の言葉を残すなんて、今まで考えもしなかった。彼女に勧められなければ私は手を動かしていないだろう。

 彼女はよく一日の出来事を書き記す。所謂「日記」というやつだ。私としては何が面白いのかわからなかったが、こうやって自らの言葉を文字にして連ねる今なら、ほんの少しだけだが理解できる気がする。

 しかし残念なことに私には、面白味のある文章を書く能力も、この記録を伝える相手も、これ以上書く時間も、もう無い。

 

 だから、他の誰でもない私自身へメッセージを残したい。


 今、自分に何が出来るのか、何を成すべきか、胸の内に靄がかかっているのなら、それを振り切るまで走り続けろ。最も愚かなのはその場で膝を抱えることだ。

 走り続けた先に、自分にしか見えないものが必ずあるはずだ。少なくとも私はそう信じてきた。だから、そうなのだろう。

 最後になってしまうが、思えば最初に話すべきだったのかもしれない。彼女は孤独だ。彼女が私にしてくれたように、理解し、傍で支えてやるべきだったのだが、今となってはそれも難しい。

だから頼む。彼女を――



 最後の文章を打ち込む瞬間、爆発が男を吹き飛ばす。壁に叩きつけられた男の腹部には黒ずんだ鉄棒と、細かな鉄片が幾つも突き刺さっており、白いシャツを赤黒く染めていく。

 男は重傷を負っているというのに悲鳴一つ上げなかった。ただ呆然と、白濁とした瞳に来訪者を映していた。

 来訪者は鉛色の甲冑に煌々と炎を反射させ、甲冑が擦り合う細かな金属音と、重厚な足音と共に男の元へ近づいてくる。来訪者は倒れている男の喉元に身の丈ほどもある剣を突きつけた。しかしそれでも男が動じる様子はなかった。


 男の白濁とした瞳は全てを許容していた。自らの死ですらも。


「……最後に言い残す事はあるか」


「お前は負ける」


 来訪者は剣を突きつけながら男に問いかけると、男はまるで事実を述べるように淡白に告げた。

 来訪者は男の喉元を貫こうと静かに剣を引く。すると男が「待ってくれ」と雫が落ちるかのようにぽつりと呟く。来訪者は剣を止め、男の言葉を待った。男は緩やかに腕を上げると、ひび割れ、煤に汚れた十二インチほどの画面を指差した。


「あれを、送りたい」


「誰にだ。貴様には誰もいないはずだ」


「……」


 男は答えなかった。来訪者が画面から男に視線を戻すと、男の腕は膝元に落ちていた。その瞳は既に来訪者を映していない。

 来訪者は剣を鞘に収めると男の亡骸から離れる。画面の前に立つとその鋼の鱗に覆われた指で、男の残した最後の言葉を送る。


 男に協力者が居るのならば送り先を見ればその相手の居所は掴めた。

だが最期の時まで、男が真に敗れることはなかった。

だからこそ来訪者は送り先を見なかった。それが同胞と、自身と戦いを繰り広げた好敵手への手向けであった。


 来訪者は踵を返し炎に包まれていくその場を後にする。燃え盛る炎が男の身体を包んでいく。空へと昇ってゆく黒煙が朝焼けを覆い隠していった……。


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