第2話 町医者クールビューティーとロリ女児いたずらっ娘

 俺が担ぎ込まれた家は、非常にシンプルな家具の配置をしてある家だった。後に知ったところによれば、あの鼻眼鏡をかけたクールビューティの言葉が似合う美人医者の――チャックという医者の家だった。

 チャックは俺を小綺麗なベッドの上へ寝かせるよう他の二人の河童に指示を出すと、その間に奥の棚から水差しを一つ持ってきた。それから何か透明な水薬を水差しから直接に俺の口へ注ぎ込む。

 しかし真面目なチャックの治療とは裏腹に俺は水差しの口をあてがってくれるチャックのある部分に目線を釘付けにしていた。彼女のシャツはあまりにもボタンが大きく開いている。

 そのため前かがみになると、控えめながら確かに存在を強調した胸が顔を出す。見た目は中学生ぐらいにしか見えないチャックにはちょうどいい大きさである。

 「ずいぶんと元気があるみたいですね。この様子ならもう治療も看護もいらないかな?」

 俺の目線を察してか、チャックが開いていた服の第一ボタンと第二ボタンを閉めだす。顔がほのかに赤くなっている。

 しかし顔が赤くなっている以外には表情の変化はなく、思考がいまいち読み取り辛かった。

 さすがにヤバいと思った俺はすかさず話題を換えにかかった。

 「あ、ありがとう。ここは河童の国・・・、でいいのか?状況がよく分かってないんだが」

 まだ胸元をみられたことが落ち着かないのか、彼女は不満そうな顔をしながら胸のボタンの辺りをギュッと握っていた。


 「そうですね。河童の国ですよここは。あまり人は落ちてこないからあなたの事で今は街中大騒ぎです。いまならどこに行っても女の子に囲まれるでしょう」

 「なんてこった。まさか本当に河童の国なんてもんがあるなんて・・・」

 あまりの出来事に頭が追いついてこないが、それでも俺は日本と変わらない家や町の風景に、もしかしたらドッキリでした~という展開もあるのではないかと疑いを持っていた。

 しかしながら彼女が近づいてきて、頭に生えた皿を見せてきたことでその疑念も消えることとなった。

 「これが河童の皿。河童が河童である証拠です。どうでしょう、肌から直に生えてませんか」

 皿は確かに頭皮と一体化をしている。触ってみると固く、確かに皿という表現が適切であることが分かった。

 彼女がただの人間でないことは疑いようもなかった。


 「もうあなたたちは帰っていい。ご苦労だった」

 チャックが担架を運んできた二匹の河童にそう指示を出すと、彼女らは深くお辞儀をしてから家を去って行った。

 彼女らが出て行ったドアがしまるのを確認すると、チャックは鼻眼鏡の位置を直してこちらを見る。

 「河童というものがどういう生物か。それはおいおいご自分の目と耳で確かめるといいでしょう。それよりもあなたが知るべきなのは身の振り方と法律です」

 そういうと彼女はベッドの横にある机に一冊の本を置いた。そこには「猿でも分かる!河童法全書」と書かれていた。

 「分からないことがあったら何でも聞くといいですよ。人間のお客さんは貴重ですからね。この国では「特別保護住民」の対象となります」

 「特別保護住民?」

 机の上の河童法全書を取ろうとした俺に、チャックは「まだ動かないでください」と注意して服を脱がせにかかった。

 俺はベッドの上に横たわってじっと、チャックのするままになっていた。実際のこと俺の体はろくに身動きもできないほど、節々が痛んでいた。


 彼女が言うところによると、河童は我々人間が河童の事を知っているよりもはるかに人間の事を知っているようだった。それは我々人間が河童を捕獲することよりもずっと河童が人間を捕獲することが多いためであろう。捕獲というのは当たらないまでも、我々人間は俺の前にも度々河童の国へ来ているらしい。

 のみならず一生河童の国に住んでいた者も多かったそうだ。なぜというのも簡単だ。俺らはただ河童でない、人間であるという特権のためにこの国では働かずに食っていられるのだ。

 現にある若い道路工夫などはやはり偶然この国へ来た後、メスの河童を妻に娶り、死ぬまで住んでいたという話だ。

 何ていい話なのだろうか。こんな桃源郷のようなうまい話は最後の最後にじいさんにされたり、持ち帰ったつづらに幽霊をしこたま入れられたりと散々な結末を迎える事が多い。

 だが現実に戻ってもどうだ?不況で実質賃金は毎年減り、国内雇用は減少しているらしい。タダで飯が食える環境をくれると言ってるのにもらわない阿呆なんてぶん殴られてしかるべきだ。


 あまりの高待遇に頭の意識の部分をハッピーセットにしていると、突然ドアが開いて小さな少女が飛び込んできた。

 俺が山で追い回していた小学生女児だ。実際に小学生かどうかは知らないし、小学校があるのかも知らないが身長などから小学生のようにしか見えなかった。

 「チャックさん!人間が目を覚ましたって聞いたけどどうなりました!?」

 大声を出して尋ねる少女に挨拶をしようと体を起こそうと努力したが、ミジンコが入るスペースほども体が持ち上がる気配はなかった。思ったよりもダメージは深刻なようだ。

 「こらバッグ。患者の前だ。静かにしろ」

 バッグと呼ばれる少女はチャックに注意を受けると、慌てて口を閉じる。そして視界の端に移った俺を見るなり、ずんずんと近づいてきた。

 俺の肝はすっかりと冷えていた。山の中で追い回した事を今さらになってヤバいと感じ始めたからだ。さすがに小学生女児を追い回すのは犯罪だ。


 「どうも!すみませんでした旦那ぁあ!」


 突然、少女が土下座をかましてきた。土下座をしたことはあってもされたことは初めてのことだった。土下座をしたのは去年に同級生の不良群団にニーチェの伝奇小説を取られたときが最後だ。結局その時ニーチェは破り捨てられて川に放られた。

 俺は予想外の出来事に目蓋をカスタネットのように叩く。なぜ少女の方が謝っているのか分からなかった。

 「せっかくの久々の客人になってくださった旦那を穴に突き落としてしまうとは申し訳ないです。てっきり痴漢暴漢の類だと勘違いしてしまいまして・・・。」

 「ああ、いやアレは俺が急に追いかけたのが悪かった。こっちもしつこく追いかけたし、いや君が穴に落ちなかったのが幸いだったよ」

 俺は盛大に土下座をして謝る少女に逆に申し訳なさがこみ上げてきてしまった。河童と美少女の合わさった物珍しさから追いかけてしまったこちらに落ち度があるのは明白だ。

 だがどうやら客として、この国では認識されている俺は本当に特別らしい。

 「旦那ぁ。そう言っていただけるとありがたい。いや久々に気骨のある方だと思いましたが、まさにその通りだったようで」

 彼女が頭を上げると涙ぐんだ目が俺を逆に攻め立てる。さすがにこれ以上は心のダムが決壊してしまいそうだった。

 小学生に土下座とか体罰で訴えられてもおかしくない。ニュースの一面に自分の名前が乗っているのを想像した。

 「もういいだろ、バッグ。まだ相手は病人だ」

 「あ、はい。チャック先生、旦那の容態はどうなんですか?頭とかは打ってないですか」

 「安心しろ。彼は打ち身がひどいだけだ二日もすればどこも痛くなくなるよ」

 彼女は「そうですか。安心しやした」と一言呟くと、またこちらの方に向き直る。まるで鳥のように忙しい少女だと俺は思った。鳥を飼ったこともないけれども。

 「もしあたしにできることがあったら何でも言ってくだせぇ。しばらくは仕事の方もないんで」

 そういうと少女は「それでは、お大事にしてくだせぇ」と言って去っていった。


 バッグが去っていくと、チャックは俺の診察をもう一度始めた。彼女は先ほどのバッグの様子がおかしかったのかクツクツと笑っている。

 「彼女を許してやってくださいな。あの年で漁師として海に出て、家族を立派に養ってやってるもんですから」

 「いや、別に俺もどうこうしようなどとは思ってないよ。むしろあの土下座の後では申し訳なさすら感じている」

 「そう言っていただけるとありがたい。こちらは飲み薬。食後に飲むものです。この後あなたには診療所の方に移ってもらって、その後もしこの国に住まれるならあなたの家を用意します。そちらでも食後に必ず飲んでください」

 「家?家まで用意してもらえるってのか。何だってそんな待遇を・・・。」

 

 これを聞いて、一瞬チャックはぽかんとした顔をこちらの方に向けてきた。そして次第に顔面の筋肉を緩ませると、我慢も耐えきれなくなったのか、これまでのクールビューティの表情とはまったく異なる大笑いをして見せた。

 声を上げてお腹を抑えながら笑う美少女河童の様子に、俺は何かおかしな事を言ったかとただ体を寝て待つ。

 「あ・・、あなた達は・・・くふっぅ!ちょ、ちょっとまっ・・・、まってください。お・・・お腹が・・・!」

 大爆笑の言葉を体現したかのようなチャックの様子。彼女は2分ほど大笑いをしたのちに落ち着きを徐々に取り戻した。俺の頭の中ではクエスチョンマークが踊っていた。

 「し、失礼しました。先ほどの問いですが、私どもにとってはそれは当然の事なんですよ。あなた方だって犬やら猫やら愛玩動物というものに家を与えてやるでしょう。それと同じなのですよ。犬も人間も私どもからすれば変わりはない。さすれば人には人相応の暮らしができるように家を与えてやるというのにも納得がいくというものでしょう」

 収まったといえ、彼女はいまだに表情筋がヒクヒクとして唇の端が持ち上がっていた。後から理解したことだが、河童は笑いのセンスが人間とはまったく異質だ。どこで笑うのかは河童の国で長年過ごした俺でもまだ把握しきれないところがある。

 とりあえず俺は家がもらえる件などについては質問や意見をすることを今は控える事とした。まだこの国には来たばかりである。俺には分からない仕組みなどもあるのかもしれない。

 「とりあえず、明日明後日、動けるようになり次第に役所に向かって特別保護住民の申請をします。何か質問等ありますか」


 俺は10秒ほど黙って他に今どうしても聞きたい質問はないか考えた。そして口を開いて紡いだ言葉を放つ。

 「河童には何で美少女しかいないんだ?」



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 その後はチャックは1日に2、3度はかならず俺を診察に来た。また3日に一度位はバッグも尋ねてきた。

 モテない冴えない酬われないの学生生活を送っていた身分からは想像する事もできない環境の変化だ。毎日のように美少女が俺を尋ねてくるのだ。

 さすがに中学生にしか見えないチャックはまだギリギリとして、小学生にしか見えないバッグに手を出すことは犯罪的ではあるからためらわれるものの、それでも女の子との接点を持てたことは天にも登る気持ちであった。

 その後、一週間ほどたつと、この国の法律の定めるところにより、「特別保護住民」としてチャックの隣に住むこととなった。俺の家は小さい割に以下にも瀟洒な出来上がりであった。

 もちろんこの国の文明は我々人間の国の文明――少なくとも日本の文明などと余り大差はない。往来に面した客間の隅には小さいピアノが一台あり、それからまた壁には額縁へ入れたエッチングなども掛かっていた。

 ただ肝心の家を初め、テーブルや椅子の寸法も河童の身長に合わせているため、少々小さいように感じたのでそれだけは不便に思った。

 

 俺はいつも日暮れになると、この部屋にチャックやバッグを迎え、河童の言葉を習った。いや彼女らだけではない。特別保護住民だった俺に誰も皆、好奇心を持っていたので、毎日血圧を調べて貰いにわざわざチャックを呼び寄せるゲエルというガラス会社の社長などもやはりこの部屋へ顔を出したものだ。しかし最初の半月ほどの間に一番俺と親しくしたのはやはりあのバッグという漁師の女児だった。


 ある生温かい日の暮れ、俺はこの部屋にバッグを呼び、テーブルを挟んで向かい合っていた。するとバッグはどう思ったか、急に黙ってしまった上、大きい目を一層大きくしてジッと俺を見つめた。

 もちろん二人きりで一つの部屋にいるだけでも何かあるのではないかとピンクの妄想をしてしまう思春期である。相手が女児とはいえ、彼女のクリクリとした目に見つめられれば心は嵐の海のように大きく荒れ狂う。

 俺は「Quax, Bag, quo quel quan?」と言った。これは日本語に翻訳すれば「おい、バッグ、どうしたんだ?」ということだ。

 が、バッグは返事をしなかった。

 のみならずいきなり立ち上がると、ベロリとしたを出したなり、丁度カエルの跳ねるように飛びかかる気色さえ示した。

 俺はいよいよ「これはもしや河童の繁殖行動なのではないか」という河童童貞丸出しの発想をしていたが、さすがに小学生の容姿のバッグと不純異性交遊を致すのはどうかと考えて椅子から立ち上がった。

「う~。わお~んわおーん!」

 バッグはそう吠えてから俺をロケットのような勢いで押し倒すと、そのまま馬乗りの体制で見下ろしてくる。

 

 と、丁度そこへ顔を出したのは幸いにも医者のチャックだった。

「こら、バッグ、何をしているのだ?」

 チャックは鼻眼鏡をかけたまま、バッグと俺を睨みつけた。するとバッグは恐れいったとみえ、何度も頭へ手をやりながら、こういってチャックに謝った。

「どうもまことにすみません。実はこの旦那の気味悪がるのが面白かったものですから、つい調子に乗っていたずらを・・・。どうか旦那も堪忍してください」

 彼女がそう言いながらどく瞬間に、俺は彼女のミニスカートの隙間から見えるパンツの色を確認するのを怠らなかった。

 赤と青のしましまだった。



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