第34話 そこにいたのは

 久方ぶりの完全勝利に、征伐軍の士気はかつてないほど上昇していた。

 出自の違う法官たちは先の一戦ですっかり打ち解け、互いが互いの勇戦を過剰なほど褒め称えあっていた。

 また、I.D.E.A.は準備を進めていた警戒管制システムを予定を早め順次稼働。

 これが征伐軍の歩哨の任務を一部代わったことで、法官たちはいつ以来ぶりかに羽を伸ばせる時間をとることができた。

 戦勝の高揚感もあり、各要塞の食堂は、かつてない大繁盛に目を回したという。

 この日は、ザッフェルバル付近の要塞の征伐軍法官たちと、石塔都市ルタンの法官たちとで宴会が開かれていた。

 ルタンに駐留していたI.D.E.A.の軍人、職員たちも多くが招かれ、上空での任務を終えてルタンに降りてきていた、ライトニング9こと結城遼太少尉も招かれた……のだが。

「うう寒……」

 結城は早々に抜け出し、ルタンの外周、街のはずれ、城壁の上に立っていた。

 前回の“戦勝”以来、結城が参加させられたパーティは三度目か四度目ぐらいになる。この手の催しが苦手な結城は、もういい加減限界だった。

 ザッフェルバルでは、コカインとカフェインの混ざったケルの実の果汁を溶かした飲み物“ケウル”がハレの場で振る舞われるのだが、甘にがい味が結城は苦手だった。

 だいたいそれ違法薬物だろ、と結城はツッコまずにはいられなかったが、文化が違えばということで特例措置として認められていた。成分としてもまあまあ微量なのでとりあえずセーフ……というのがいまのところの共通認識のようだ。 もちろん過度な摂取は控えるようにとの通達は出ていた。じゃあそもそも飲ますなよ、というのが結城の個人的な意見だが。

 そのほかにも豪華な食事の数々が振る舞われていたのだが、栄養バランスもろくに考えられていないだろうメニューをむやみと平らげる気にならなかった。

 なので、一通りのあいさつを済ませると、適量の食事を頂き、ふらりと星でも見ようかとこうして外に出たのだが。

「……くっそ、来るんじゃなかった」

 身体を撫ぜる空気は冷たく、やや湿気ている。快適とは言いがたい。

 管理された艦内でないのだから、当然と言えば当然だが、

 綺麗だから一度は見ておけと言われた光景は悪くはなかった。 そりゃあ綺麗なものは綺麗だ。そこまでケチをつけるほど結城も腐りきってはいないつもりだ。

 だが、寒い。

 そして城壁を一周するかと、半周にも至らないところで飽きた。

 むしろ不快な肌寒さが身に刺さるばかりだ。

 これならば断ってずっとざんげつに居ればよかった。

 とはいえ、付き合いは大切だ。万が一撃墜されて緊急脱出ベイルアウトをする羽目にでもなれば、征伐軍やザッフェルバルの人間に拾われる可能性も十分にある。

 なんだかんだで所帯の少ない航空隊所属の身だ。通常の任務中でも他部署に世話になることは多い。

 こうした場で顔を売っておくのも大切な仕事なのだ。無論、結城はこの手の雑事が死ぬほど嫌いなのだが。

 ……帰りたい。

 宇宙に帰りたい。いや帰れなくてもいいので一か月ぐらい惰眠をむさぼって飽きるまでごろごろだらだらしてから働きたい。

「あー、楽して生きたい……」

 怨嗟のような声色で本音を月に投げていたら、近くで何かが動く気配がした。

 結城は反射的に腰の光学拳銃レーザーガン“レイピアⅢ”に手を添える。だが敵意は感じなかった。抜かずに、ゆっくりと振り返る。

 城壁との昇り降りに使われる階段。月の光の陰に、人の輪郭。それは結城に気づかれたことに驚いたようで、びくりと身をすくませた。

 ……誰だ。

 こんな奇行に走る知り合いは直属の上司ぐらいしか思い当たらない。だが、ということは多分違う。アレはまったくしれっと背後を取ってくるだろうし、そもそも見つかったらすぐに出てくるだろう。

 なら、おそらく知らない相手――ルタンの住民の誰かだろう。

 宴会で通訳のために貸し出された、メガネ型デバイスの自動翻訳機能を有効にしてから人影に問いかける。

「そこにいるのは、誰?」


見つかってしまいましたリィルディ・ラフトゥ ……」


 姿を見せたのは女の子だった。歳はおそらく十四、五くらい。やはりルタンの子のようだ。

 ボサボサで跳ねた赤い癖毛の長い髪。双子月の片割れに照らされた服装は、ルタンの街中でよく見るような質素で使いこまれていたもの。法官のたぐいではないらしい。

「こんな時間に一人でどうしたの? 危ないよ?」

「星のかみさまが、見えたものですから……」

 消え入りそうな声色。風がやんで静かだったのが幸いで、彼女の言葉は翻訳され、結城のグラスに文字として表示された。

 ……星のかみさま、ね。

 そろそろ定着しつつあるその愛称。

 献身の巫女が共にある、超常の力を持つ天の御遣い。

 創世神の遣いとして神話にその名を並べる御遣いもまた、帝国民にとっては“かみさま”である。

「わたし……許されるのでしたら、かみさまと……お話、したくて……」

 一市民にとっては文字通り、天上人のその更に上の存在。

 それがふらふらと町中に現れて、街の警備や買い食いやらを始めたのだから、関心が高まるのも当然のことだろう。

 ……にしても、無警戒なもんだ。

 こんなところをぶらついている男を捕まえて、気弱そうな女の子が話しかけてくるんだから。

「いいよ。何の話?」

 適当に話を合わせてさっさと帰してやろう、と結城は決めて彼女に向き合った。

 一介のパイロットが、立派な神様を演じるなど無理な話だろうけれど、まあ出来る範囲で。

「…………」

 結城の問いに、少女は無言。

 ぼんやりした無表情のようにも、それが少し強張ったようにも見える。

「…………」

 しばらくの無言が続いて、ようやく結城は悟った。

「ひょっとして……考えてなかった?」

「…………はい」

 翻訳機を通さずともわかる、居心地の悪そうな照れ顔。結城は思わずずっこけた。

 ……話してみたかっただけか。

 自分も着任当初、を前に言葉が出なかったことを思い出し、そんなこともあるかと苦笑。

 なら仕方がない。何か話題はあっただろうか、と思いを巡らせ――そして少女と同じように固まる。

 ……共通の話題? 宇宙生まれの自分と、惑星生まれのこの子と?

 引っ込み思案をこじらせたまま大人になった結城には、あまりに重すぎる難題だった。

 それでも会話に向かない頭で必死に話題を探す。ここのところ仕事の話ばかりだったから、と日常の話題を思い返すが、重力、気象……風向き、高高度の気流、と仕事方面でしか思い至らない。

 ゆりかご内での環境維持システムの調子とかデブリ軌道予報の話は今ここでは全く通じるはずもないので却下。同様に本、映画、ゲーム、VRサービスの話題も当然に却下。

 訓練の話、今後の戦況についての意見交換などは検討にも値しない。

 あとなんか、村瀬少佐から振られた女子っぽい話……と上司との会話を思い返して、食堂のメニューの話題があったことを思い出し――苦し紛れに聞いてみた。

「……じゃあ、好きな食べものは?」

 少女は少し考えて。

「……デンドル」

 当然、聞き覚えがなかった。ワンドを出して検索しようとも思ったが、彼女に失礼だろう、と思いとどまり、彼女に重ねて聞いてみる。

「デンドルって、どんな食べ物?」

「……デンドルは、デンドル、なのですけれど……えっと」

 そのあとの彼女の言葉が続かなくなったのを見て、結城は先の気遣いをすっぱり諦めて懐からワンドを取り出して検索する。

 音はディンドゥーとも聞こえたが、グラスデバイスの翻訳はカタカナ四文字の“デンドル”で表示されていた。その四文字を打ち込めば、結果はすぐに引き当てられた。

「果物、か」

 帝国で流通する果物。リンゴに近い、さっぱりした甘みとほのかな酸味が特徴。

 ザッフェルバルでは東部で自生するほか、特産品としてかなり広く栽培されている、とそこの記述にはあった。

「……そ、そうです! 果物、なのです、けれど……?」

 どうしてわかったのか? という疑問の目。

 もしかしてその手にあるものに秘密があるのでしょうか? と興味津々の瞳が言葉以上に語っていた。

「あ、これ見てみる? ワンドっていうんだけど」

 しゃがんで、投影対象を二人に設定。近寄る彼女の瞳をワンドのセンサーが自動認識し、彼女の瞳に自分の見ている映像と同じものが投影される。

「わ……ぁ?」

「この黄色いのが、デンドル、なんだよね?」

 映しているのはザッフェルバルの市場で買える特産物の紹介ページだ。ポインターを出してデンドルだと紹介された画像の周りを囲ってみる。

「はい。そうです。この黄色いのが、デンドル……です……」

 少女は驚きながら自分の視覚に移った像を指差してみせる。

「これは、かみさまの奇跡ですか?」

「あんまりそうびっくりされると困るんだけどな……。道具、だよ。ただの道具」

「かみさまの、道具」

 驚くの彼女の顔が面白くて、もっといろいろ見せてやろう、と結城はリンゴの図鑑ページを開く。

「ちなみに、これはリンゴ、って言って、ぼくらの――世界、でよく食べられてる果物」

「リ、ン、ゴ……赤い、のですね? でも、形は……」

「けっこう似てるよね。木になるところとか一緒だし……緑とか、黄色いリンゴもある」

「黄色は、デンドルそっくりです……!」

 確かに。言われてみればどういういたずらかと言わんばかりに姿が似ている。

 でもまあ、ここにそっくりそのまま人間そのものっぽいのがいるしな。 と自分と少女を見比べて結城は思う。いまさらと言えばいまさらだろうか。

「リンゴを使った料理だと、ぼくはアップルパイが好きなんだけど」

「アップ、ル、パイ?」

 彼女が不思議そうに復唱した。翻訳機が訳しきれなかったらしい。

「パイ、ってこっちにはないっけか……えっと、この写真みたいな食べ物なんだけど」

 画像を写してみる。きれいに映ったアップルパイ。3Dモデルも上がっていたので、それも見せてあげる。

 彼女はまたも「ほわぁ……」と目を丸めて右から見て左から見て、3Dモデルをつつきまわしたりしていたが、

「……エルテクラント、みたいです?」

 彼女の一言に結城はふとどこかで聞いた言葉だと思い出す。

 そういえばここのところの宴会騒ぎでそんなものを食べたような気がする。ナッツっぽい木の実が多めで、リンゴっぽい果物(今思えばあれがデンドルだったのだろう)も混ざっていたタルトのようなパイのようなデザート。

「エルテ、クラント、エルテクラント……あ、そうそう、これこれ」

 検索すればすぐに見つかった。郷土料理の紹介コーナーの一角に画像と解説が上がっていた。

 帝国麦の生地に木の実、果実などを乗せて焼く料理との解説。結城が食べたものもこれに違いない。

「お祝いの時に母が作ってくれるんです。デンドル多めにしてくれて、おいしいのです」

「いいね。ぼくもこの前初めて食べたよ。なかなかおいしかった」

 ほんとですか、と少女の嬉しそうな笑顔。きっと大好きなんだろう。少しだけ結城も頬が緩んだ。

 そこでふと思い出す。

「じゃあきっとリンゴのパイもおいしいと思うよ。領都にうちの連中が開いたカフェがあるんだけど、そこのやつがなかなかおいしくて――」

 ふと、お世辞代わりの冗談にしようと脳裏をよぎった言葉。けれども、彼女相手では冗談じゃ済まないだろうな、と心に仕舞おうとした言葉が。

「――今度、買ってきてあげようか」

 するりと滑って、口をついた。

 ……あ。

 翻訳音声を流す前にデバイスの電源を切るという手もあったはずだが、結城の手は動かなかった。

 マイクは、やはり正確に訳して音声を流したらしい。

「よろしいのですか……!?」

 ぼんやりとした彼女が、おっとりとした口調のまま――これまで見た中で一番に瞳を輝かせていた。

 ……やっちまった。

 いや、ここで逃げれば……と結城はすぐに後ろ向きな思考に走る。

 曖昧な言葉でごまかせばもう会うこともない。向こうは同じ制服を着た僕らの違いなんか判るはずがない。結城自身、おそらく次に人ごみで彼女を見分けることなど出来ないだろうから。

 だから。

「明日の同じぐらいの時間、夜、またここに来れるかな」

「はい……!」

 そんな皮算用も、気が付けばキラキラ輝く瞳にすっかり押し切られていた。



 ……なにやってんだかな。

 貴重な休暇を一日潰し、ルタンと領都ザッフェルバルを往復して、結城はまた夜の城壁の上に来ていた。

 動きやすい私服で来たかったが、彼女がわからなかったら迷惑だろうと、昨日と同じく降下軍航空隊の制服の上に制式コートを着てきていた。

 風はあいかわらず冷たい。昨日に増して冷え込んでいるようだ。

 ……地上ってやつは、面倒くさいな……。

 これがゆりかごの艦内だったら環境制御の担当部署に嵐のようにクレームが入り、お詫びのアナウンスが繰り返し流れる陰で猛然と復旧作業が進められているところだろう。

 だというのにこの惑星は。管理担当部署に一言文句でもつけてやりたい。

 ……いや、そんなのは居やしないだろうけどさ

 知識としてはわかっている。これこそが、本来あるべき自然なのだと。だからこそ地球人類は防寒具などというものを発明して、その末裔たる自分は百年数十年ぶりにそれを着ることになったのだから。

 ……それを考えればそもそもゆりかごの艦内こそ異常な――

 益体のない思考を中断し、結城は月を見上げて息を吐く。

 白い息の向こうに、今日は揃って姿を見せている双子月。その明かりに照らされた夜の町並みと城壁。


 彼女は、未だ現れない。


「……そりゃ、そうか」

 相手の名前も事情も聞かずに勝手に決めた口約束だ。

 都合が悪くなって、あるいは忘れてしまってもおかしくない。

 日時計で叩かれる鐘が鳴らない日没後の時間など、一般市民には月の位置から大雑把にしかわからないだろう。律儀にデジタル時計の時刻を守ってきた自分がバカなのだ。

 ワンドのデジタル時計は、帝都標準時でそろそろ二十二時を指そうとしていた。

 結城がこの場に立ってから、そろそろ二時間。

 ……流石に、もう寝る時間だろう。

 帝国の、あるいはルタンの事情というやつはよくわからない。だが、大人もろくに出歩いている様子もないのに、子どもが出歩くのがおかしいことだということは何となくわかる。

 普通に考えれば親がこんな時間に子どもを出歩かせるのもおかしな話だ。親に見つかり布団に押し込められてそのまま朝までぐっすり、というほうがよほどありそうな話だ。

 だいたい、体よく追い払うつもりだった昨日の自分はどこに行ってしまったのか。

「くっそ寒……」

 帰ろう。こんな寒い中にムダに突っ立っていてどうするのか。

 せっかく買ってきたアップルパイだ。一人で二切れ食えばいい。余裕だ。なんせ甘いものは好きだから。

 ここで約束を破ってしまえば、もう彼女に付きまとわれることもない。二度と会うこともないだろう。

 きっと“かみさま”が気まぐれを起こしたとでも思ってくれる。そうとも。神様と言うやつは残酷なのだ。

 一時間ほど前からそう思っているのに、結城の足は寒さで凍りついたように動かない。

 ワンドで下らない暇つぶしゲームをして、賑やかしいSNSを流して、至極どうでもいいニュースや帝国の文化情報なんかを斜め読みしながら。一体いつまでここで突っ立っているつもりなのだろうか。

 ……ま、いいさ。

 腹が減ったらここで食ってやろうか。手にした保冷バッグを横目に苦笑しながら、さて次はなにをして暇をつぶそうかと、そろそろ電池残量が怪しくなり始めたたワンドをいじり始めたときだった。

「レ……シェン…………ディ……?」

 ぜいぜい、と。息を切らせながら、声が聞こえた。

 異星の言葉。翻訳機は不発で、なんと言ったのかはわからない。

 けれども、その声が呼びかける相手は、自分しかいない。

 ため息とともに、何の言ってやろうか考えて――気の利いた一言も浮かんでこない自分に落胆しながら、思いついたままに言葉を発した。

「ずいぶん遅かったね? 大丈夫?」

 可愛らしい息切れの声とともに、最後の段を登るのもやっとの様子の赤毛の少女の姿が見えた。

 合成音声を聞いた彼女は少しだけバツが悪そうな笑みで、

「ごめんな、さい」

 今度ははっきりと聞き取れる声だった。

「いや、いいよ。待ってた甲斐があった」

 保冷剤はすっかり溶け切っただろうが、外気温がこの調子だからまあ心配はないだろう。

 まずは開けて自慢してやろう。保冷バッグに手をかけた結城に、

「…………これを」

 先に彼女が差し出したのは、不格好な布切れ。

 くすんだ紫色の布を重ねて縫い合わせた分厚い布地に、木らしき意匠が刺繍されていた。

 お世辞にも綺麗とは言いがたいそれは、

 ……お守りだ。

 結城は先日、同じものを受け取っていた。

 何度目かの宴会で、街の人間からと配られたのだ。

 その時に聞いた由来は、

 ……確か『夜明けの紫に、大地の恵みを示す大いなる枝を広げる木を描き、天と大地の祝福あれ――』と。

 少女が差し出したそれは、結城の知っているものよりもはるかに不格好なもの。

「これ、君が……?」

 受け取って問うと、こくりと彼女は頷く。それは地球とこの星とで共通の、肯定を示すジェスチャー。

「かみさまは、戦うかみさまなのだと、母から聞きました。山の向こうに蠢く不吉なものたちと戦い、追い払ってくださるのだと」

「ああ、うん。ぼくも、そうだね。戦ってる」

 この間の事を思い返す。自分が、と言っていいのかどうか。

 確かに降下軍全体から見れば危ない場所にいる方だとは思うが。

 結城が戦うのは、それが仕事だからであって、何かを守るためではない。強いて挙げるなら、自分の生命と、エリートパイロットとしての地位と生活を守りたいという、それだけだ。

 誰のためでもない。ただ自分のために、次から次に投げて寄越される面倒な仕事を、淡々とこなしている。

 その程度、なのに。

「それなのに、今日は“あっぷるぱい”なるものもわたしにお恵みくださると……。なので、わたしも何かお返しをしないと、と思ったのですが……」

 気にしなくていい。これはただの気まぐれだ。そう挟もうと思った口がなぜか動かなかった。

「わたし、あまり上手にできなくて……時間、かかってしまって……」

 恥ずかしげな告白に、勘の鈍い結城はようやく彼女の遅刻の理由を悟った。

 改めて手に取ったものを見てみる。粗末な布、下手くそな刺繍に、ガタガタの縫い目の、不格好なお守り。

「こんなのですが、お守り、です。すこしでも、星のかみさまに、大地のかみさまのお力添えがありますように、と……」

「……ありがとう」

 けれど結城には、以前に受け取った小奇麗なものよりも、はるかに重みを感じられた。

「かみさま……」

 改まって少女は、真剣な目で結城を見る。

「どうか、これからもご無事で。そして、わたしたちをお守りください」

 ぼやんとした彼女から向けられた、けれどもまっすぐに突き刺さる、願い。

 結城はたまらず逃げ出したくなった。こんなものに応えられるほど、自分はできた人間ではない。これはもっと別の、使命感に燃えた人間に送られるべき言葉だ、と。

 ずしり、と重みを増したお守りを握り、結城は少しだけ歯を食いしばる。

 頭をよぎった理屈も衝動も何もかもを押さえつけ、結城は思いつく限りの、精一杯の笑顔と言葉を返した。

「ああ。かみさまに任せとけ」


 その夜、少女と並んで食べたアップルパイの味は、結城にとって忘れられないものとなった。

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