第33話 火勢は衰えず

 竜人、マガッサ族の族長は、半信半疑で“狩猟地”――人間種帝国領へ赴いていた。

 翼竜会議からの正式な命令のあった威力偵察任務だ。

 族長が率いるのは自身が将軍を務める部族軍に加え、小部族二つを編入した中規模部隊。弱体化した人間エサ共の警戒線を抜けるにはいささか大げさすぎる規模。これも上からの指示だった。

 ……まさか、これほどの数が必要とは。にわかに信じがたいが。

 上級重竜に突撃竜を二頭。快速竜騎兵を二十五騎、それに歩兵二百と猿奴を八十。

 その上、斥候として中央から借り受けた魔狼を二十ほど前方へ放ち、万全の態勢で進軍していた。

 そう、だ。昨今ではまともな軍隊とも評価されていなかった人間軍相手に、である。


 発端は、カルベット族密猟隊の未帰還だった。

 “狩猟地”付近の辺境駐屯地では、密猟が横行しており、それ自体は不思議なことではない。

 人間の魔力貯蔵量は生存に魔力を必要としない生物の中では、ずば抜けて高い。竜人種をはじめとした竜人種や翼人種にとって人間は、自然に中身が増える魔力樽とでもいうべき存在だ。

 人間の保有数はひいては部族の運用できる魔力量となる。魔力とはすなわち武力であり、竜人族にとっては食糧ともなる。

 辺境任務は馬鹿正直に命令を守っていれば出費がかさむだけ。そこでの人間の密猟は、竜人種の間では暗黙の常識となっていた。

 その代わり、密猟者は表立って辺境軍の保護の対象とはならない。あくまで各部族長の“独断”であり、部族単体で動かねばならないのが掟だった。

 そもそも軍令違反である以上、仮に死んでも戦死者遺族への見舞金も出ない。救援も行われず、死体の回収も行われない。

 そのはず、だったのだが。

『密猟隊の捜索、あるいは戦痕の確認、とは。いったいどういう風の吹き回しなのでしょうか。父上?』

 族長の次男、ドーグンが喉を鳴らしながら不可解そうに念話で族長に問いかける。

『あくまで付随任務だ。人間軍と交戦し、情報を持ち帰る。もしこの戦力で勝てるような相手なら、それらも調査してこいという話でな』

 答えながらも、族長は自身もまた息子と同じ疑念を抱いていた。

 議場で軍の上層部を司る翼人たちは、竜人部族の一つや二つなど歯牙にも掛けないのが普通だ。死んでも代わりはいくらでもいる。それが今回は、やけにこの未帰還事件にこだわっているように思える。

 先方の言葉を借りるならば、“未知の戦力の存在”が疑われる、と。

 ……未知の戦力の存在、か。

 それは翼竜会議の“議場”に匹敵する大きさとも言われる、空を飛ぶ島ほどの船であったり。未知の巨人、魔力を持たぬ兵士など。密偵が帝都で実際に見たというそれらが、この辺境に現れたのだと。

 頭から信じるにはいささか荒唐無稽に過ぎる、おとぎ話のような情報。

『族長将軍。まもなく、峠を越えます』

『うむ。警戒を怠るな。奴らは空飛ぶ船を持つという。前や周囲だけでなく、上にも注意を向けておけ』

 だが、族長将軍が馬鹿馬鹿しいと一笑に付すことは決してなかった。

 どれほど僅かな可能性であっても、戦場にあっては常に最悪の事態を想定して行動する。それは長年の部族の戦訓から得られた正しい判断だった。

『ですが、妙です。ここまで来てもまるで敵が動く気配もないというのは……』

 だから、彼らにはまったく落ち度はなかった。

 例え二十キロも離れた高々度から彼らを狙う存在に気づかなかったとしても。

 それを知る術など、彼らは持ち合わせていなかったのだから。



“あけぼし”は、“おおとり”とともに空に在った。

 両艦の接続はすべて解除されていた。無数の仮設通路や、資材用ワイヤーのことごとくは撤去され、二艦は緩やかに距離を離している。

 あけぼしを上に、おおとりを下に空を並走する二艦は、ともに艦を左に傾けていた。

 それはちょうど地上の魔族軍を真左に見据えながら航行するコース。

「おおとりとの距離は?」

 あけぼし艦橋。艦長の村瀬が問えば、即座にレーダー員が答える。

「距離一〇〇〇。双方とも射撃可能位置につきました!」

 あけぼしとおおとり。互いの重力制御、および砲の衝撃波の影響が大きく及ばないだけの距離が確保された、との報告。村瀬は一つうなずく。

「よし。――全艦第一戦闘配備。“あけぼし”及び“おおとり”、電磁加速砲、九四式質量弾装填。目標、地上敵魔族軍。三連射、用意」

 攻撃開始の指令に、二艦の砲は静かに蠢き出す。

 魔竜を貫徹したあけぼしの電磁加速主砲。そして、艤装中ながら既に完成をみているおおとりの主砲――対要塞電磁加速砲が。

 その姿は異様だった。おおとりの艦影は巨大なエイにも近い。その左右に広い翼の下に懸架された砲身は、艦首に対して左へ向いていた。

「質量弾装填。目標、敵魔族軍、騎兵隊! ――あけぼし、電磁加速主砲、照準よし!」

《おおとり、砲身展開完了。質量弾装填、照準よし》

 あけぼしは砲術長の報告。次いで、おおとりを臨時で預かるあけぼし副長の報告。

 艦橋の設備が十分に整っていないおおとりは、あけぼし艦内に臨時で設けられたオペレーションルームからの指示で操艦される。無人のまま、おおとりは淡々とその砲身を展開していた。

「あけぼし、照準修正」

 村瀬は先にあけぼしに向けて一気に指示を送る。

「敵集団中央から敵針前方五〇、一〇〇、一五〇に三連射。弾速、同時着弾制御」

 敵集団戦闘から中央にかけて三発、まんべんなく砲弾が命中するように。そして、それらが“同時に着弾するように”と。

 次いでおおとりにも同様に指示を送る。

「おおとり、同後方、一〇〇、二〇〇、二五〇に三連射。同時着弾制御、あけぼしと同期」

 指示は中央から後方にかけて。前後に長い敵の隊列に、あけぼしと同時に全弾命中するように。

 復唱はすぐに来た。

「照準修正、敵前方五〇、一〇〇、一五〇に同時着弾三斉射、用意。いつでもいけます!」

《おおとり、敵後方一〇〇、二〇〇、二五〇に同時着弾、三斉射。照準修正完了》

 あけぼし、おおとりの砲を預かる二人から復唱、完了報告。――狙いはついた。いつでも撃てるぞ、と。

 村瀬は改めてデータリンクを見る。低軌道ステーション『かきつばた』からの半リアルタイム画像、量子レーダー、無人観測機からの画像、数値情報。

 すべてのデータを瞬時に再確認し、村瀬は確信とともに命令を放った。


「あけぼし、おおとり、――三連射、砲撃はじめ」



 飛んだのはただの砲弾だ。

 何の変哲もない……強いて言うのならば、大気中での飛翔を安定させるための羽を持ち、極超音速の加速と熱と衝撃に耐えうる特殊加工合金であるぐらい。

 だが、それだけで十分すぎた。

 大電力からもたらされた強烈な電磁誘導加速を、長い砲身で存分に得た砲弾は、それだけで運動エネルギーの化け物となる。

 さらにそこに、一つの仕掛けが織り込まれた。

 電磁加速砲は火薬砲とは異なり、投入電力の大きさ次第で初速を自由に制御できる。

 それを利用し、初弾、次弾の発射初速を意図的に下げ、射角を僅かに調整することで最大初速の三発目と前二発を同時に着弾するように設定されたのである。

 あけぼしとおおとり。データリンクで繋がった二艦は、当然のように情報を共有し、同期射撃を行った。

 結果。六発の質量弾が、マッハ八を保ったまま同時に敵部隊に着弾した。



「なんだよ、あれ……」

 境界線付近、上空五百メートルを航行するトビウオ。そこに乗船し、待機していた征伐軍のある一等法官は思わず驚きを口にした。

 はじめに異変を見せたのは視覚。

 それは土煙だった。

 敵が存在するとされた場所。そこから瞬時に巨大な土煙が六本、同時に現れたのだ。

 さらに一拍遅れて、音が来た。

 轟音。空気を震わせ、トビウオの船体を揺らすような空気の波とともに着弾の衝撃音が襲ってきた。

「“あけぼし”だ……」

 法官たちの誰もが呆然としてその光景に見入る中、誰かひとりがぽつりとつぶやいた。

「アケ、ボ、シ? なんだそれは」

 聞きなれない響きに、一人の法官が尋ねる。

 だが、違う法官がその問いに答えた。

「“あけぼし”だよ。知らないのか? 帝都の危機に我らのもとに下され、魔竜を打ち倒した、空飛ぶ鉄船の名だよ」

 彼は言う。

「私は確かに見た。まるで島のような船が、魔竜を真っ二つにした光景を、この目で」

 そう語る男の胸には騎士勲章。聖導騎士団の一員である証を着ける彼は、帝都この場へ増援に来た一人だった。

「へっ。騎士様のいつもの寝言か、と言いてえとこだが、――空飛ぶ船に乗せられて、あんなもんを見せられちゃあ、そうも言えねえな」

 事実、いま乗っているトビウオも、彼の理解を越えた存在だ。その親船がいても、何らおかしくはない。

「アケボシ……“あけぼし”か。どういう意味なんだ、その名は」

「“夜明けの星ソアールム・ニーレ”。彼らの言葉でそういう意だと聞いている」

「大層お綺麗な名前だ。――だが、それらしいな」

 その言葉に周囲の法官からも小さな笑いが漏れる。まさに、まったく。それらが失笑にも近いのは、すっかり信頼を失った神が、ようやっと真なる力を見せたゆえか。

 敗北に次ぐ敗北。人も、帝国も、神々すら信じられずただ惰性で生き残ってきた彼らの、いまさら、という希望への疲れきった反応。

 けれど、同時にその目には小さな火が灯り始めていた。


《大神将である。総員、聞け!》


 そこへ言葉が届いた。征伐軍を率いる大神将。ガイタス・グルム・ゲッファナスの声。

 船内スピーカーより法官の全員に届くそれは、ファドル・リフオン城塞に設けられた通信設備から、作戦中の全法官へ向けられた言葉だ。


《我らが友軍の、かくも強大な鉄槌によって敵は四散、その戦力の大半を喪った!》


 過剰なまでのその勇壮さに、けれども彼らの心は否応なく戦意を高められていく。

 続け様に大神将は限りなく感情的に言葉を叩きつけていく。諦めと疲れに眼を閉じかけた仲間たちをまとめて叩き起こすように。


《残された仕事は、散って弱ったトカゲ共を端から袋叩きにするだけだ! 空船そらふねがそこまで運んでくれる。我々はただ怒りのままに殴ればいい》


 敗北続きで、逃げることしかできなかった征伐軍のベテランたち。

 直近に手酷い敗北を経験し、補充されたばかりのザッフェルバル警衛隊出身の法官たち。

 魔竜に仲間の多くを呑まれ、無力に打ちのめされていた聖導騎士団出身のエリートたち。

 寄せ集めの兵たちが、それでも戦えるのだと。大神将は言う。


《長きに渡る屈辱の日は、今日ここで終わる! 我々はそれを証明する!》


 弱々しい心の火に、油を注ぐように。


《一匹たりとも逃すな! そしてともに勝利を得ようぞ!!》



 兵員の空挺降下は、通常ならヘリや航空機からパラシュートをもって行うのが常だ。

 高度な技術を要求され、装備のトラブルや気象条件など、何か一つを誤れば死が待つ、常に危険を伴う作戦。

 だが、兵員が魔法使いであれば、そういった前提もまたガラリと変わってしまう。

「まさか空から飛び降りるとはな……」

「お前、唱和文はちゃんと暗記したか? 間違えれば死ぬぞ」

「忘れるかよ。だいたい大地の御遣いってのは案外適当だよ。意思が強けりゃちょっとトチったくらい……」

「しっかし残飯処理かね」

「あいつらに一発かましてやれるなら本望だ。仲間の仇。一匹も逃したりしない……!」

「ああ。これまでの借りを全部返してやる」

「おいおいずいぶん安い借りだな。これっぽっちじゃ俺の分は利子にもなりゃしねぇや」

「右に同じだ。今日から気長に返済と行こうぜ」

 間もなく接敵、との報が来てから、法官たちは少しばかり落ち着きをなくし始めた。

 互いに軽口を飛ばし合ったり、独り言を口にしたり、あるいは黙って自身の武器を検めたり。

 だが、そこへついに時が来たと知らせる言葉。トビウオの操縦席に間借りした、通訳の声だ。

《降下位置についた。扉を開くぞ!》

 トビウオの後方、メインハッチが大きく口を開いた。

「降下する! 全員、着地法儀用意!」

 同時に、二番降下班、班長を務める高等法官が声を張り上げた。

 トビウオの後部ハッチから、下に見えるは青々と茂る森。

 それらを前に、法官たちの装備は地上とまったく変わらない。法服と、鈴、鉄冊の付いた剣と槍。

 班長の前に班員たちが整列したのを見て、班長はもう一度大きな声で命じる。

「全員、唱和!」

 彼らはハッチへと向かい、そして一斉に謳を紡ぎはじめた。

尊き地母よヤ・レアルフェ我らと我らが同胞にシェンド・ヘム・スォル・ハーマル空を泳ぐ祝福をワム・リィウ・エム・リィウモール

 各々の武装を揺らして涼音を鳴らし、声とともに大気を震わせる。

 物珍しき言葉に大地の御遣いはすぐさまに耳を寄せ、人間の小さな望みを叶えんと喜んで力を差し出した。

 そして、同様の唱和を二度繰り返した後、

いざ我らはジーネ・リィウ・ディ――」

『――大いなる空を泳ぎハーマル・レスォル大地へ至らんイオ・レアルフェ!』

 班長以下、法官たち八名は唱和とともに大地へ身を投げだした。



 着地は、全員滞りなく終えることが出来た。

 班長はそれを確認すると同時に、すぐに意識を全周に巡らせる。

 ……大神将は三匹と予言されたが、敵は――

 すぐに一匹は見つかった。法官たちの気配を察したのだろう。猛烈な速度で突っ込んで来る。

『キュェ――――!』

 奇怪な鳴き声とともに木々の合間を飛び回り、振るわれる剣は必殺。班長もまたその威力を幾度も目にした生き残りの一人だ。

 だが、その速度は以前に味わったものには程遠い。なにせ“目で追える”。

 ……やはり弱っているな!

 確信とともに「我が身に守りを」、と短文の詠唱と強き念をもって班長は前面へ突撃。剣を揺らして鈴の音を奏でながらあえて敵の突撃を受ける。

 予想通り。力弱いその突撃は軽くいなすことが出来た。

 振り払われた敵はまた木々の合間へと離れていく。再突撃を図るつもりだろう。

 ……やらせない。

「囲め! 大地の御業で動きを止め、貫通の加護をもって仕留めろ!!」

「承知!」「応よ!」「御心のままに!」

 声を張り上げれば、班員たちが即座に指示に反応。次々に法儀を撃ち出す。

 大地が隆起し、木々の枝が一瞬にして敵を捕らえんと変化し襲いかかる。

 敵の術がそれとぶつかり合い、いくつかは相殺される。だが八対一。数で押し切った。動きを鈍らせたところに、一人の班員が突っ込んでいく。

「アジスの、メリーシャのかたき――ッ!!」

 若い二等法官が、怨嗟の言葉とともに法儀を紡ぐ。槍に施されるのは過剰なまでの貫通の加護で、

『クェカ――!?』

 愚直なまでに真正面から。けれども、消耗しきり動きを封じられたトカゲは為す術もなく。

「大地へ還れ、不浄の悪魔――!!」

 彼は爬虫類そのままの不気味な脳髄を、真っ向から槍で貫いた。



「おー、おー。頑張れ頑張れ」

 結城は高度を取った迅雷から、地上の戦闘を眺めていた。

 麾下の無人機には征伐軍降下各班の手が届かない遠方の生き残りの処理を任せ、結城は各降下班の近傍で待機し、援護要請が出ればすぐ動けるように待機していた。

 だが、待てど暮らせど仕事は一向に来なかった。

 それもそのはずで、眼下の戦闘は、お偉方の危惧を裏切るように征伐軍側の奮戦により圧倒的優位で展開していたからだ。

 現在も数的優位を維持した袋叩きが徹底されている。敵も各個撃破に持ち込むほど余裕もないようで、トカゲ人間たちは次々と屠られていった。

 初撃を奇跡的に生き延びた魔族たち、トカゲ型の亜人どもはみな一様に手負いだ。

 直撃を免れたとはいえ、峠が形を変えるほどの衝撃波。下手な爆薬の炸裂よりも威力が高い。生き残りの大半は、ばかばかしいほど高く遠くへ吹き飛んだ。

 そもそも普通の人間が食らったら生き残りなど出るはずもない攻撃。それを防ぎきった死に損ないが二ケタ以上出るのだから魔族とかいう連中は全く度し難い。

 だから、このくらいがちょうどいいのだ。

「安全確実が一番だよな……お、一匹」

 戦闘は危険なもの。だからこそ、目指せる限り安全確実を目指すことを忘れてはいけない。

 それがたとえ降伏も許さぬ一方的な虐殺に見えたとしても、味方の死者が少ないに越したことはないのだから。

「あっちでも二匹。そろそろ終わりか――」

 今日の報告は簡単で済みそうだ、と結城は眼下の修羅場をよそにぼんやりと考えていた。



 火が広がっていく。そんな風に和貴には見えた。

 この総督府執務室にもあるような、古い地図にろうそくの火を落としたように。

 戦火は勢いを落とすことなく、着々とその域を広げていく。

《侵入した魔の者は、トカゲ一匹、猿一匹残さず捻り潰したぞ! ザッフェルバル総督代行。やはり貴殿と組んだのは正解だったな!》

「ええ。ありがとうございます。そのような言葉をいただけて、光栄です」

 大神将とティルの、浮かれたような会話。

 木彫りの古びた執務机に乗った、ホログラフィックモニター。それにマイクとスピーカーを通して、二人は戦勝を喜び合っていた。

 それは、目の前の結果のみを見れば正しい。彼らの職責においても非難されるべきではない反応。

 ……咎められるべきは、僕らだ。

 少しづつ目の前の“人道”に揺り動かされ、ねじ曲がってきた選択が、ついに後戻りできない結果として現れた。

 今回の敵は、明らかに対I.D.E.A.を想定した規模。“ハナから征伐軍は相手にされていない”大規模戦力。

 観測された限り、複数の種類の旗や、前回よりも種族数の多い編成。意図して送り込まれた部隊だ。

 おそらくは、I.D.E.A.の戦力を図るため。

 ……その上、反応が早い。

 恐らく問題となっているのは、念話だ。

 帝国では禁呪中の禁呪のひとつとして念話が挙げられている。

 過去の歴史上、度重なる反乱、謀反に使用されたとして、皇帝ただ一人がその使用を認められ、一方的な呼び掛けへの返答のみが許可される。

 ゆえに、その妨害手段も、傍受手段も、発信手段も、帝国では未発達と言っていい状況だ。

 ティルと大神将、帝国でも有数の高位魔法使いがわざわざ和貴たちが引いた衛星通信ネットワークで連絡を取っているのがいい例だろう。

 だから、魔族が念話で何を話しているのか。どこまでの距離の通話が可能なのかが、十分に把握できていない。

 前回の戦闘時は皇帝の協力を得て、かげつ参戦直後から、後方支援隊に念話の妨害魔法を試験駆動させたが、結局のところどこまで効果があったかは不明。

 今回も筆頭副将を中心としたチームに妨害と傍受を依頼したがどこまで上手くいったかは未知数だ。

 だが、この動きの早さでは、情報は漏れていると考えるべきだろう。

 もはや、征伐軍で対処できる状況ではなくなりつつある。

 協定が土壇場で間に合ったと言うべきか、一歩遅かったと言うべきか。

 ……くそ……。

 魔族――帝国で呼ばれるところの魔の者どもがどういう論理で動いているのかは未だに謎が多い。

 独自の統治機能と多民族国家を築いているらしい、敵。

 その国力は帝国軍とは比ではない。

 領土は大陸の東方三分の二を抑え、種族的には恐らく殆どの構成員が高位魔法使い。

 領土的野心はないらしいが、太古の昔より帝国に侵入し、人を食し、さらい続けてきた不気味な超大国。

 ……どうにか、和平の道を探らなくてはならない。

 ティルの言葉は、魔竜に届いた。ならば、魔族にも届くはずだ。向こう側の言葉も、おそらくは。

 その方向で帝国の高位の法官たちの協力を仰いでいるが、扱う術が術ゆえに、思ったような進捗は得られていない。

 ……もどかしいな、くそ……。

「カズキさん?」

 気がつけば、ティルが席を立ち、和貴を覗き込んでいた。

 大神将との通信は終わったのだろう。どこか不安げな顔。自分はそこまで酷い表情だっただろうかと、慌てて笑顔を取り繕う。

「……あ、はい。何でしょうか」

「難しいお顔をされていましたので……何か、問題でも」

「いえ。なんでもありません。……戦勝、おめでとうございます。これは間違いなくティル様の成果です」

「はい。ありがとうございます。大神将閣下にも、『貴殿の帝国への献身と忠義に感謝する』と改めて言葉を頂いてしまって……えへへ」

 その様子を見て、和貴は少しだけ痛んだ心を押し隠し、笑顔を返す。

 彼女に伝えるのは、もう少しだけ先でいい。

 これは小さな彼女の戦果。大切な成果でもあるのだから。

 どのみちこうならざるを得なかったのであるならば、これは確かな前進でもある。

 ……決戦が避けられないのであれば、立つための足場は必要だから。

 その先に待つ修羅の道は、少しだけ先に置いておこう。

 今だけは、彼女にささやかな笑顔を。



 帝国領、東方。

 あけぼし、おおとりの砲弾が生んだ六つのクレーターからそう遠くない、ある森の洞の中。

 そこから微弱な魔力が境界線の向こうへ飛んでいた。

 そこには二人の男女が旅装のまま座り込んでいる。よく見れば二人の手足には縫い跡のようなものがあり、本物らしい姿をしているそれが、失くなった後に補ったものなのだと解る。

 デニルとメネット――かつてあけぼしへの潜入を試み、手ひどく追い払われた二人だった。

『どうだったデニル。マガッサたちの勇戦は』

 話しかけるのは姿なき声。デニルの近く控える犬のような魔物がその言葉を魔術的に中継し、山脈を挟んで遥か遠くにいる男との会話を成立させていた。

「相手にもなっていませんでした。初手で峠が何らかの手段により突如として爆発。それに吹き飛ばされ部隊の大半は死亡。……あとの生き残りを、征伐軍がなぶり殺しにして回っていました。帝国兵は空船に乗っていましたから、“奴ら”が征伐軍とも組んだのは間違いなさそうです」

『……なるほど。情報は確かに受け取った。確かにそのようだ。――山には、何か仕掛けがあったのか?』

「そこまでは不明です。奴らの力は魔力に依らない。出処の判別は困難です」

『だろうな。それは既にわかっていることだが、まったく厄介だな』

「ええ。……次はどうすれば?」

『もう少し派手にやろうと考えている。上と下と、両方から探ってみるつもりだ』

「わかりました。詳しい指示は?」

『追って連絡する。いましばらくは潜伏を続け、情報収集に励んでくれ。頼むぞ』

 そして、念話は途切れた。魔物は大きくあくびをし、そのまま眠り始めた。どうも疲れたらしい。

 それを見て、話が終わったと察したのか、赤髪の女性――メネットが、青年デニルへ声をかけた。

「どうよ。お上さんの様子は」

「大分参っている様子だな。魔力探知が効かないのと、目視範囲に敵がいないのでは手の打ちようがないと」

「でも、次もまたなんかやるんでしょ? そんだけズンドコ兵隊を出して、あといくつの部族が吹き飛ばされるやら」

「まだ上も頭を捻っているようだが、さてな」

 青年はすっかり寝入ってしまった魔物の腹に頭をあずけ、暗い洞窟の天井に目を向ける。

「糸口はどこに転がっているものか……」

 その視線の先には、まだ見えぬ敵の姿が確かに在った。

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