第2話 生贄の少女と天の方舟


《――――!!》

「ひゃっ!?」

 唐突に、声が大音量で響き、思わずティルは飛び上がった。

 だが、すぐにティルはそれが目の前の巨人から発せられたものだと悟る。

 それは巨人――すなわち天の御遣いが、自分へ何かを語りかけようとしていると理解し、

 ティルは、自身が尻餅をついたまま、振り返るように巨人の御姿を見上げていた事に気づいた。

 ……わ、私はなんて格好を!

 大慌てで正面に向き直り、地面に膝をついて頭を下げる。

 それから巫女装束に土がついたままであることに遅れて気付き、

 ……あああやってしまいました。怒られるでしょうか。機嫌を損ねてしまわれるでしょうか。でも、いまさら土をはたくなんてことも――

 グルグルと思い悩みながら、結局は姿勢を崩すこともできずに最敬礼のまま静止する。

 同時に、次の言葉は聞き逃すまいと、耳は声に集中する。しばらくしてまた大音量の声が響いた。

《あ、あ――聞こえていますか?》

 先程よりボリュームは下がったものの、不明瞭で聞き取りづらい声。

 けれども、巨人は確かにティルに理解できる言葉を発した。

「はい、確かに聞こえております!」

《驚かせてごめんなさい。……――顔を上げていただけますか?》

「は、はい……」

 ……男の人の、声?

 その低い声は、ティルが想像していたよりも妙に丁寧な口ぶりだった。

 どんな方なのだろう、と不思議に思いながら、おそるおそる礼を解いて顔を上げると、そこには相変わらず表情の見えない巨人。

 だが、動きはあり、その身は風に流されぬようにフワリ、フワリと浮かんでいるように揺れていた。

《目の前の危険は排除しましたが、そこは危険です。私達の船に来ますか?》

 言ってから、巨人はゆっくり振り向き、その手で沖合を指さす。

 その先には、空から落ちてきたあの黒い柱のようなものが浮かんでいた。

 ……やっぱり!

 そのことにティルは歓喜を覚えた。

 間違いなくあれは天の御遣いのものだった。その事実に心躍らせて、

「はい!」 

 是非もなく即答する。ティルはそのためにここまで来たのだから。

 その言葉に、わずかな間を置いて、

《それでは、こちらに。手のひらに乗ってください》

 言いながら巨人が手を差し出す。

「で、では失礼致します……」

 ティルはゆっくりと立ち上がり、足を踏み出す。緊張で両手がこわばり、握った儀仗がシャランと震えて音をたてた。

 ……つ、ついに御遣いのもとへ召されるのですね!

 緊張と畏怖、感動と高揚感が入りまじり、混然とした心のまま黒鉄色の手のひらに飛び乗る。

「わ……わわ!?」

 すると、ティルは手のひらの上に載せられたままゆっくりと持ち上げられた。

 巨人の腹、ちょうどみぞおちに当たるだろう部分まで運ばれると、

 ……な、な、何なんですかあれ!?

 続いてそこが大きく口を開けるように開いた。

 ティルは自分の目を疑うも、しかし改めて見てもその光景に違いはない。

“巨人の腹にポッカリと穴が空いている”。

 ……な、何なんでしょうか、あれは……

 空洞の中を見れば、その中には大人一人がなんとか収まるような椅子が置いてある。

 ……え、えっと……

 そこからどうすればいいのか迷っていると、《中に入ってください》と促す声。

 ……だ、大丈夫なんでしょうか?

 お腹壊したりしないんでしょうか。それとも自分を食べるつもり? などとティルが考え悩んでいると、さらに促すように声が告げる。

《大丈夫です。あなたを守るためですから》

「では……入ります、ね……?」

 その言葉を信じて、ティルは恐る恐る中へ踏み入った。

 入り口は狭く、小柄なティルですら少し頭を下げて入らなければならないような空間。

 儀仗が入口で引っかからないように持ち替えながら入れば、

「わ……!?」

 自分が宙に浮いている……そう錯覚してしまう光景。

 天井いっぱい、足元にすら周囲の風景がそのまま透けて見えている。

 ……これは、私が作った術、みたいなものなのかな?

 どうして巨人のお腹の中がそうなっているのかティルには理解ができなかった。

 だが、さらに理解不能なことに、ただひとつ透明になっていない場所がある。そこは、

 ……なんで、こんなところに椅子があるんでしょう?

 入るときにも見えていた椅子。その周囲にはどうしてそんな形をしているのか、皆目見当の付かない装飾や、光る板などが取り付けられていた。

 ますます訳がわからなくなるティルだったが、

《その椅子に座って、帯を身に着けてください》

「は、はい」

 お腹の中から同じ声が次の行動を指示したので、素直に従うことにした。

 椅子に座り、さらに飛んできた指示に従って“帯”で自分の体を固定する。

「で、できました」

《では、次に持ち手を握ってください》

 ……持ち手――は、これでしょうか。

 両脇に備え付けられた、二本の棒。

 黒く、軸の部分が波打っており、先端には赤い突起のようなものがいくつか飛び出している。

 それを握ってみれば、軸の波打ちが不思議なほど指によく馴染んだ。

 ……不思議です。

 椅子に、身体を固定する帯のようなもの、持ち手……と、こうしてみると巨人の腹の中なのに、まるで人間を乗せるための空間にも思えてくる。

 もしかして、生贄のための空間なのだろうか。

「握りました」

《では、動きます。揺れるので、口を閉じて、持ち手をしっかり握って離さないでください》

 言葉がすると、入ってきた場所が音を立てて閉まる。

 …………!

 その光景に、ほんとうにもう戻れなくなるんだ……という一抹の思いがよぎるも、

 ……行くって決めたんです。迷うな、わたし!

 深呼吸ともに迷いを振りきって再び前を見据える。

 閉じられた入り口にも風景の一部が映しだされ、椅子に座ったまま宙に浮かんでいるような錯覚に襲われる。

 直後、

「ひゃわぁっ!?」

 意思とは関係なく、力をかけて持ち上げられる感覚に、ティルの背にゾクッと寒気が走った。

 だが、すぐに「口を開くな」という言葉を思い出し、歯を食いしばって違和感に耐える。

“持ち手”を力いっぱいに握りながら、周囲を見れば、

 ……空を、飛んでいます!

 足元、月明かりを反射した海面が、速度をもって流れていく。

 あたかも椅子だけが空を飛んでいるように見えるが、実際は巨人が空を飛んでいるのだろう。

 ティルはその風景を、透明な壁越しに追体験しているだけにすぎない。

 やがて、巨人が向かう先にある“船”の姿が、徐々に大きく見え始める。

 暗闇の中、輪郭が強調されるように壁に映されるそれは“船”と呼べないこともない見た目。

 けれども、帆やマストの類は見当たらず、代わりに城のような建造物が中央に鎮座している。

 どちらが前かはぱっと見では理解できなかったが、片方の甲板には砲台らしきものが二つあり、反対の片側は奇妙なまでに真っ平らだ。

 さらなる速度とともに近づいて解るのは、

 ……大き――いや……大きいなんてものじゃない!!

 近づくたびにどんどんその大きさを増していく船。遠近感がつかめない洋上であるので、そう見えるだけだろうが、一体どれだけの大きさなのか想像もつかない。

 まるで、本当に城や街ほどの規模にも見えるそれは、

 ……でも、そうだ。この巨人の船だから――

 なら、大きくてもしかたがないのだろう。そのことに思い至り、ティルは少し安堵し、心を落ち着ける。

 ようやく小島ほどのサイズに見える距離まで近づいて、流れる風景は減速を始める。

 平らな側の甲板――どうやら木製ではないらしい――に描かれた文様がはっきり見える距離までに近づき、その上空で静止。その後、ゆっくりと高度を落とし、

「……っ!」

《到着しましたよ》

 ズシン、と身を揺らす振動とともに声は告げる。

《ようこそ私達の船“アケボシ”へ。私達はあなたを歓迎します》



 再び巨人に腹が開き、手のひらに載せられて降りた場所には、たくさんの人影が立っていた。

 巨人が真昼のような強烈な灯りを照らすと、その出で立ちが見て取れたが――それは奇妙の一言。

 全身が同じような、白いもこもことした服を着こみ、そして何より、皆一様に頭に兜のような物をかぶっていた。

 そして見えづらいが、透明な部分からは、人間と同じような顔が見えていて――

 ……彼らが、“天の御遣い”様なのでしょうか……?

 てっきり、迎えの巨人と同じサイズの存在がたくさんいる場所だと考えていたティルにとっては、さらに予想外の出来事。

 さらに混乱する頭をよそに、ひとまず礼を失してはいけないと、ティルはすぐさま地に膝をつけ、頭を下げる。

「お目にかかることができまして至上の幸いに存じます。私は、僭越ながら第十五代“献身の巫女”を務めさせて頂いております、ティルヴィシェーナ・カンネ・ユーディアリアと申します。

 此度は、我らが帝国の危機に馳せ参じて頂き、誠に感謝の念に絶えません。生贄の身ながら、謹んで御礼申し上げます」

 予め頭のなかで用意していた一文を読み上げ、噛まずに言えたことに心底安心する。

 すると、

《あ、え、えと、頭を上げて!》

 またも礼を解くようにという言葉。今度は先ほどの男性よりやや砕けた口調。

 そして聞こえた声は、女性の声……というよりも、

 ……女の子?

 どこか幼さを感じたその声は、ティルと変わらない年代であるように思わせる。

「は、はい。失礼致します……」

 無礼のないようにゆっくりと頭をあげると、人影のうち一人が胸に手を当て、自身を示すような身振りをしている。

《改めまして、ようこそ“アケボシ”へ。私は通訳を務めるアカリ・フシハラです。どうぞよろしくおねがいします》

 言葉とともに、帝国式の従者礼を示す人影。

「こ、こちらこそ!」

 その行為に自身のほうが身分が上として扱われたと感じて思わず恐縮してしまうティル。

 ……騎士に仕える人間が王族などに取る礼……なぜ、神々の遣いたる彼らが、そんな礼を……?

《早速ですが、まずは、私達の代表から一言挨拶を差し上げたく思います》

 “アカリ”と名乗った人影は、言葉とともに手で中央に立つ別の人影を示す。

 続けて別の人影が動き、ティルの前へと歩み出る。

 自分より頭ひとつ背の高い人影。透明な被り物の向こうに見える顔は、初老の男性に見えた。

 続いて口に出されたのは、

《――――――――。――――――》

 ティルには全く理解の及ばない言葉。述べ終わると人影は帝国の貴族式の礼を為し、

《私は、チキュウの大使を務めているシュンスケ・サンジョウです。どうぞよろしく。巫女様》

 続いて“アカリ”がティルの理解できる言葉を述べる。それが通訳なのだと理解したティルは、

「え、ええ。よろしくお願いします。シュンスケ、様」

 すこしぎこちなく、最敬礼を返す。

 続く言葉も、

《―――――――――――――――。――――――――――――――――――》

《では、船の中にご案内しましょう。準備が不足しているために、移動に少しご不便をお掛けしますが、どうかご理解をお願いします》

 理解できない言葉。

 けれども、アカリの声が追ってそれを理解できるものとしてティルに伝えてくれる。

 それは、どうやら、ティルはこれから船の中に案内されるらしい、ということを述べる言葉だ。

 ……船の中――この巨大な船の中は一体どうなっているんでしょうか。

「は、はい。では、お願いします……」

 緊張と、わずかな好奇心が入り混じりながら返答。

 すると、今まで無言で周囲に控えていた人間が何事かを言い交わしながら動き出した。

 初老の男性の側に控えていた“アカリ”もこちらに歩み寄り、

《こちらへ》

 指し示されるまま歩くと、彼らの側に備えてあったモノの前へと連れられた。

 不可思議な形をしている部分もあるが、

《ここに寝てください》

 ……寝台?

 その指示からすると、寝台のようなものなのだろうか。色は白、布を被せた部分は縦長で、確かに長辺は人を載せることを想定したような長さだ。

 言われてみれば、小ぢんまりとしたベッドのような印象も受ける“それ”。案内されるままそこに寝ると――

 ……え、ちょっ――

 透明な殻が、静かに降りてきて、

 ……え、ええ!?

 ティルはその寝台の中に完全に閉じ込められた。

 その状態は、あたかも透明な棺に閉じ込められたようでもある。

 ……巨人のお腹と言い、狭くて透明な箱に入れて運ぶのが、彼らの流儀なのでしょうか?

 しかし、「不便をかける」とも言っていたので、多分これは仕方のない処置なのだろう、とティルはひとまず納得しておくことにした。

 ティルを透明な棺に閉じ込めると、周囲の人影は葬列のように彼女を入れた棺に寄り添い、歩きはじめる。

 なすがまま、運ばれるままのティルは周囲を見るしかすることはなく、あちこち見回していると、

 ……あ、あの巨人様――

 彼(?)はお腹を再び閉じ、翼を広げて立ち上がったところだった。

 見ていれば、彼はゆっくりと甲板を歩き、やがて甲板の端に着くと、翼をたたみ、伏せるように膝をついた。

 そのままゆっくりと全身が甲板の下に隠れるように下がっていき、やがて見えなくなった。

 ……彼は、何者だったのでしょうか。

 あの巨人こそが“天の御遣い”なのか。それとも彼は従者で、今自分を運んでいる者達こそが“天の御遣い”なのか――

 ……わかりません。さっぱりわかりません。

 悩んでいるうち、いつの間にかティルを運ぶ列も甲板の端まで辿り着いていた。

 平たい甲板の脇、そこに小さく設置してある階段のような場所から、列はぞろぞろと中へ入っていく。

 ティルを載せた棺も、アカリを含めた数人の付き人と一緒に階段を降り(不思議なことに寝台は斜めにならなかった)、扉をくぐる。するとなにか狭い小部屋に入った。

 しばらくの時間、ティルたちは二つの扉があるだけの、狭い空間に閉じ込められていた。だが、しばらく経ってようやく二つ目の扉をくぐると、

 ……明るい……?

 白い光に満たされた空間。あまり広くはないが、夜の、しかも屋内ではありえない光量だ。

 ……すごい。全て魔法光なのでしょうか?

 これが神々の技なのか、と感嘆しながら、ふと自分に付き添っていた白い装束たちを見ると、その身に着けていた、奇怪な装束を取り外し始めた。

 ……あれって、取り外せるものなんですか。

 兜を取る。奇怪で大仰なそれを取った頭は、形。

 白装束を脱ぐ。ブクブクに膨れていたと思わしき姿は全て装束のもので、一様に見慣れたスラリとした手足が姿を見せる。

 新たに船内から合流した者がそれを引き取り、回収していけば、そこに残った姿はまぎれもない、見慣れた姿形。

 伝説のようなその背に翼はなく、背丈が異常に大きなこともない。

 髪や肌の色、服装や顔つきこそ、見たことのないものだが、

 ……にん、げん?

 ティルと同じ、人間そのものだった。



 ティルが船内を運ばれ、透明な棺から降ろされ出たのは、白い部屋。

 一面が白い壁に囲まれた白い空間だ。

 出入口は二重の扉で閉じられており、部屋の中にはそこには机と椅子、それに寝台が備え付けられていた。

 壁の一方は、これもまた透明になっており、その向こう側にも何らかの部屋があることが見て取れる。

《お疲れ様でした。つらい思いをさせてごめんなさい》 

 ふと声が響く。先ほどの女性――“アカリ”の声だ。

 見回せば、透明な壁の向こうに、ひらひらと手を振る女性の姿が見えた。

 ……あ。

 それは他の“人間たち”と同様に、黒を基調とした服を着た姿。

 先ほどの妙な白い不格好な装束とは打って変わって、動きやすそうなシンプルな服。

 しかしそのデザインは地味過ぎない程度に各所に異なる色の布が装飾として施されているようで、洗練された印象を与えていた。

《お互いに病気にかかったら大変だから、こんな処置を取らせてもらいました。戸惑わせてしまいましたよね》 

 そう言う女性の顔は、先ほどの透明な兜越しに見えた“アカリ”と同じ。

 幼げな少女の面影を残した顔立ちで、その髪は暗い土色。

 両脇に薄い赤みがかった紐のような髪飾りを着けて、小さなしっぽのような房が両脇に下がっている。

 ……本当に、同い年ぐらいのような。

 立場上、同年代の子どもと遊べるようなことも殆どなく、遊び相手といえば幼少の頃の姉や姉のような侍従たちばかりだったティルにとって、“同年代”とは、本当に喉から手が出るほど魅力的な存在。

 ゆえに、少しそちらへ気を取られすぎて、

《……あれ、聞こえてます?》

「あ……は、はいっ! 聞こえております!」

 ……いけません。ぼんやりしていては。

 そもそも自身は生贄の身で、彼女は“天の御遣い”の従者(?)だ。身分が違う以上仲良く会話など望むべくもない。

 少しばかり親しみやすい話し方で、親近感を覚えるような身振りをしていても、だ。

《改めまして、私の名前はアカリ・フシハラです。帝国の皆さんと、私達の間の通訳を担当しています。アカリって呼んでくださいね――そして、こちらは私の兄の》

《カズキ・フシハラ。貴国との交渉や対話を任じられています。どうぞよろしくお願いします。ティルヴィシェーナ様》

 カズキ、と名乗ったのは男性の声。

 横に立つ女性と同様の黒の服装に身を包み、黒髪に黒い目の短髪。

 線の細そうな青年であるが、その声もまた、ティルには記憶があった。

「その声は、先ほどの巨人の――」

《ええ。私です。あなた方の言葉を話せる人間は限られていますので、あの時、手近にいた私が間に立って言葉をお伝えしました》

 ……えっと?

「では、あの巨人様の声は、カズキ様のもので――」

《はい。船の中から、声が遠くまで届く術を使ってお話をさせていただきました。彼女と同じく、通訳をしていたとお考えくだされば結構です》

 ……なるほど。

 少なくとも彼が巨人に変化していた(あるいはその逆)というわけではないようだった。

 男は続けて言う。

《お疲れでしょうから、まずはゆっくりお休みください。それから、ティルヴィシェーナ様がよろしければ、お互いのことについて話し合いましょう。貴女様も混乱されているかと思いますので、事情を説明させていただきたく存じます》

 その、存外に丁重な扱われ方に、少しばかりティルは不安を感じる。

 ……“生贄”が、そんなに丁寧に扱われていてよいのでしょうか。

 少しでもお役に立てるよう、彼らの望みを叶えられるように動かなくては。そう思い直すと、

「お気遣い感謝します。ですが、ご心配は不要です。差し支えなければ――」

 ――今からでもお話を聞かせては頂けませんでしょうか。そうティルが口に出そうとした時だった。


「ひゃ――ッ!?」


 真下から突き上げられるような、強烈な揺れ。


 壁の向こうの男女も驚きよろけているのを見て、これは船全体が揺れているのだ――と、ティルが理解した直後。

 感じたのは、敵意。

 五感を超えた、巫女として研ぎ澄ましてきた感覚に直接突き刺さるそれは、途方もない大きさの敵意だ。

 …………まさか、これは!?

 その正体は、ティルにはすぐに解った。

 

 ここは船上――帝都近くの海の上だ。

 

 そこに何がいるのか、ティルはよく知っている。


 それがために、一体どれだけの人間の命が失われ、苦しめられたのかも。


 海の悪魔、伝説の再来。数多の船を食らい、帝都の海路を封じた元凶。


「魔竜――エシャ・クァヴァルラ!」

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