神域のあけぼし

夕凪

第1部 銀髪の巫女と明星の使い

プロローグ 天の鼓動と地の呼び声

  地球から、遠く遠く離れた宇宙の片隅。

 そこに一つの惑星があった。

 地球に似た蒼と、双子の衛星を持った惑星。 

 その惑星と、双子の衛星の間。

 重力安定点ラグランジュポイントに光の群れが浮かんでいた。


 それは、船。

 端々に障害灯や誘導灯を灯した、宇宙船の群れだ。

 群れの中心に位置するのは、飛び抜けて巨大な一隻。

  船体に“ゆりかご”と刻まれたその船の全長は五十キロメートルを越し、小惑星にも匹敵する巨大さで、慣性に任せて惑星の周囲を回る。

 その、大都市をまるごとその身に抱えたような巨大な一隻を中心として、護衛の戦闘艦、あるいは輸送や作業に従事する艦船が、忙しげにその周囲を航行している。


 その群れから一隻、身を離す影があった。

“ゆりかご”周囲の艦船に比べ二回りほど大きなその船は、ゆったりとした加速で、艦群の中から抜け出していく。

 その姿は、一キロメートル近い全長と同様にまた異様。

 上部には中央にそびえ立つ艦橋を境に、前方には二基の砲塔、後方には航空甲板というキメラ的な出で立ち。

 舳先には“あけぼし”とその名が刻まれていた。


 異形の船は、ゆるやかな加速を続け、どんどんと光の群れから距離を開けていく。

 真っ直ぐにその進路の目指す先には、蒼い惑星が、ただ光を湛えてそこにあった。



 惑星の上、双子の月に照らされた夜。

 光の下に、優美に舞う姿があった。 

 それは、少女。

 シャン――

 長く伸ばした銀髪を振りまき、金属を束ねた房を持つ儀杖を振る、少女。

 シャン――シャン――

 月光と僅かな灯火の色に染められた空間で、少女は舞う。

 それは、神へ捧げるための踊り。

 シャン――

 白いマントをドレスの上に羽織り、少女は確たる足取りで舞台を跳ねる。

 シャン――シャン――

 光に自らの影を長く伸ばし、それと戯れるように。

 神々の使いへ歓びをもたらし、その声を得んとして、少女はただ踊りを捧げる。

 シャン!!

 ……声を!

 念じ、ひときわ大きく杖を振り、

 ――――――。

「…………!!」

 果たして声は聞こえた。

 聴覚ではない、精神に直接響くような声なき声。

 舞を続けながらも、少女は意識をその声に集中し――やがて、声は短い一節を少女へと下賜する。

 少女はそれを余すことなくすべて聞き届けた。

 シャン――!

 全て聞き届けた少女は一つ儀仗を鳴らす。そして感謝の念を込め、もう一度大きく舞う。

 左足を軸にした一回転。浮き上がるようにマントとドレスのスカートが大きく翻った。

 カツン、と右足で動きを止めると、それらはまた静かに少女の元へと収束する。

 そして、

 シャン――シャン――シャン!!

 ……最後に三度、大きく儀杖を振り鳴らした。

 あらかじめ決められた、終演の合図を終えると、少女は小さく頭を下げ、ゆっくりと舞台から降りる。

 神域から離れて小さく呼吸を整えると、少女は静かに周囲を見回す。

 そこにいるのは、月光の下、固唾をのみ、物音ひとつ立てずに見守っていた、群衆。

 神託の下賜の場に集まった、あらゆる身分の人間たちに向かい、少女は宣言する。

「神託は、得られた――!」

 群衆はその言葉に、待ち焦がれたと言わんばかりにどよめく。

 身を飾り立てた貴族から、末席で手を合わせる庶民まで。

 この場にいる全ての人間が、待ち遠しさの余りに声を漏らす。

 だが、

「第十五代“献身の巫女”たる、ティルヴィシェーナ・カンネ・ユーディアリアが、大地の遣いに代わり臣民に告げます!」 

 続く言葉と同時に、群衆はすぐにそのどよめきを止める。

 放たれる言葉、その一言をも聞き逃さんとする空気が一瞬にしてその場を支配し、静寂はすぐに訪れる。

 少女は、場が整ったことを肌で感じ、小さく深呼吸。

 託された言葉を正確に思いなぞりながら、もう一度小さく息を吸い込み、

「大いなるもの――」

 よく通る、高い声で、

「まもなく降臨し、その姿を現さん!」

 短い一文を、一字一句違わず詠み上げた。 

 そして、どよめく群衆にもう一度言い聞かせるように、

「大いなるもの、まもなく降臨し、その姿を現さん!」

 もう一度だけ、言葉を繰り返す。

「……これが、此度の神託です」

 少女が結ぶと同時、途端に周囲はざわめき立つ。

「大いなるものとな!」「ついにあの魔竜を打ち破りし救世主が――」「もしや、伝承にある“天の遣い”がようやく――」

 口々に交わされるその言葉は、告げられた神託の解釈。

 それぞれの期待と、推測と、願望の入り混じり、その言葉が何を意味するかが人々の口から漏れ出し、周囲にざわめきを呼ぶ。

“大いなるもの”とは、一体何なのか。“まもなく”とはいつ頃か――

 曖昧な言葉には、解釈も様々。

 故に、これは代々“予言”ではなく、“神託”と言い習わされてきた。

 未来を当てるものではない。それでも、希望や、期待を得られ、人々が困難を突破するきっかけになってきた。

 故に、言葉を受け取った少女自身もまた、“期待”する。

 ……もしも――

 もしも、“大いなる存在”が、神話に記された、天の遣いの再臨であったなら。

 ……私は本当の役割を果たすことができるかもしれない――

 自身の境遇を思い、そして空を見やる。

 双子の満月は、変わらずに二つ並んで夜を静かに照らしていた。


 それは、“彼の者たち”が帝国に降り立つ、ちょうど半月前のこと。

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