何もないこの空の下~そして世界は動き出す~
七島さなり
プロローグ 消失と決意と
両親が不仲になり出したのは、
まるでお互いを居ないもののように扱って、それなのにお互いを気にしてピリピリとした雰囲気を漂わせている。
さすがに中学生にもなり子供であるという気持ちが半ば薄れかけていた真実花は、仲良くすれば良いのにとは思っても口に出すことはしなかった。しかし自分を取り巻く環境の悪化に耐えうるだけの意思の強さを持ち合わせて居ないのも確かだった。
徐々に体調を崩す回数が増えた。
そんなある日、脆い彼女の精神をさらに苦しめる出来事が発生する。
真美花の支えでもあった友人の消失、という。
冗談でも何でもなく。ありとあらゆる記述、記録、記憶、全てからその五人はいなくなってしまった。
――真実花だけを残して。
最初、何が起こったのかがまるでわからなかった。
真美花が体調を崩すと必ず見舞いに来てくれていたのに、その姿がないことには疑問を感じていた。まさか風邪をうつしてしまったのかと心配になった程だ。
けれど久しぶりに学校に行ってそんな思いは露と消えた。
待ち合わせの場所にも、それぞれの教室にも、そして家にも、五人の姿がどこにもいなかったのだ。
自分が休んでいる間に何があったのかを調べようにも、彼らについて真美花が尋ねると、誰もが口を揃えてこう返す。
「誰? それ」
少し戸惑いがちな声で。
それはふざけて言っているわけではなかった。本気で、知らないのだ。
もちろん、彼らの家族にも聞いてみた。けれど反応は同じ。
だが不思議なことに彼らの家を訪れた時、家族はしっかりと真美花を知っていた。そこから五人の存在だけが綺麗に抜けていた。
ある家では帰り道によく挨拶を交わしてくれる子。ある家では兄妹の知り合い。間柄はそれぞれ違っていたが、それでもそれぞれに受け入れているようだった。
居るはずのものが居ない、という事実を。
特に疑問に思うでもなくそういうものだと信じているようだった。
そんなものを目の当たりにした真美花は家に帰る頃にはすっかり憔悴しきっていた。
その頃にはもうだいぶ夜も更けてしまっていて、帰宅した真美花を母はひどく叱った。
「学校にも友達にも電話したのにどこにいるか全然わからないから心配したのよ」
その途中。母が愚痴のようにそう零す。
それに真実花はお説教中であることも忘れて思わず声を上げた。
「ねえ、友達って誰に連絡したの?」
もしかしたら、母は覚えているかもしれない。僅かな期待が沈んでいた胸を照らす。
「え? それは……」
しかしその口から出てきたのは真美花があまり遊んだことのないような人達の名前ばかりだった。
それに重い鉛を呑み込んでそのまま海の底に沈んでいくような、そんな気分になる。
息が苦しいのに水面には決して上がれない。このまま死んでしまうかもしれない。
母でさえ五人を忘れている。その事実は真美花にそれほどの衝撃を与えた。
視界が霞み、まずいと思った時にはもう遅い。冷たい滴が頬を伝い、真実花は声を上げることもなく静かに涙を流した。
戸惑った様子の母が
「どうしたの?」
と聞くが、喉が詰まって答えることが出来ない。
そして堰を切って溢れた思いは留まることを知らず、真実花はそのまま母に縋り付いて声を上げて泣いた。
母が困惑したような顔で「きつく怒り過ぎた?」と抱きしめてくれる。真実花は小さく首を横に振ることしかできなかった。
そうして母に宥められ、ようやく部屋に戻った頃には大分気持ちも落ち着いていた。
けれどどれだけ冷静になろうとも、五人が何処にも存在しないという事実を受け入れることは出来そうにない。
そして、一人になって感じたのはそんな世界に対する恐怖だった。
五人もの人間がいきなり消えたのというのにそれを誰も気にしない、というより気にすることが出来ない。そんな世界が堪らなく恐ろしいものに思えた。
どうしてそんなことをするのだろうか。どうして自分だけが五人を覚えているのだろうか。
怖い。そう思ったらもう一歩も動けなくなる。
けれどそんな真美花を支えるのもいつだっていなくなったはずの五人だった。
「よし」
真実花は小さく呟くと座り込んでいたベットから立ち上がる。
五人はきっとどこかにいる。だから五人が帰ってきた時、憶えている私がちゃんとお帰りと言えるようになろう。強くなろう。そう真美花は決意した。
変化を受け入れず、けれど諦めない。
――そうして、五年の歳月が流れた。
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