第4話 日常のささやかな抵抗
ひろみちゃんに職員室へ呼び出された俺は、差し出された書類に目を通す。
まぁ、俺の『名前以外』が記入された婚姻届だったので破っておいた。
16等分したところで、ひろみちゃんのアイアンクローが俺の頭に炸裂したが、振りほどいて逃げてきた。
なんていうか、必死すぎるだろ。
「しなみょん!」
教室に戻るとゆうこが俺を見つけ駆け寄ってくる。
なんていうかこう、朝っぱらから見せつけてくれますねという、クラスメイトの生暖かい視線が痛い。
「ゆうこ。変なあだ名は止めろって。それか統一しろ」
ゆうこが顎に指を当てて悩む。そしてひらめいたという顔をして、
「じゃぁ、ダーリン」
「却下」
俺はダーリンになった覚えは無いし、そういう関係でも無い。
即座に却下されると思わなかったのか、ゆうこが驚いた表情をしてまた考え込む。
むむむ、と唸って出た答えが。
「それなら、あ・な・た」
「拒否する」
さっきと何処が変わったのか小一時間問い詰めることにするが、きっとコイツは覚えていない。
きっと『私は明日に生きる女なの』とか、前向きに見当違いな方向で返してくるだろう。
俺がお仕置きプランを検討していると、再び唸っていたゆうこの目が輝いた。
「なら志那乃様?」
「何時代だ」
「殿様?」
「だから何時代だ!」
「上様!」
「江戸か!」
……江戸かっ! てなんだ。
自分の突っ込みに、いまいちピンと来ないことに首をひねっていると、ゆうこが「じゃぁ」と不穏な前振りをし、
「ご主人様!」
不適当な発言をした。
マジで止めて欲しい。
俺がそういうプレイみたいなことをしているっぽくなるじゃないか!
「お前みたいなペットを飼った覚えは無い!」
その時、クラスがざわついた。
何か変なことを言っただろうか?
俺が耳を澄ますと、
「……波戸くん、ゆうこちゃんを飼った、ですって」
「えぇ、やっぱり自覚あったのね」
「っていうかご主人様で何を想像したのかしら?」
「きっと犬よ」
「いいや、猫だわ」
などという声が聞こえてくる。っていうかむしろ猿だと思うぞ、コイツは。
……何故だろう。クラスの連中から生暖かい目で見られているような。
「えぇい、離れろぉ!」
「っきゃ」
全く触れていないし、むしろ後ずさりしたのだが、ゆうこが俺の声に反応しその場に尻餅をついた。
状況だけ見れば、まるで俺が突き飛ばしたかのように。
そして、クラスのざわつきがぴたっと収まる。
……ナニコレ気持ち悪い。
「ご、ごめんなさい先生」
床に手をつき、ゆうこがしなを作っている。
女の子座りでスカートを絶妙にはだけさせ、太ももをあらわにする。
いつか『ニーソって好きかなぁ?』と聞かれたことがあり、キライでは無いと答えてから毎日履くようになったニーソとの絶対領域があざとい。
そして口元に手を当て涙を浮かべ、涙をぬぐう仕草。
めんどくせぇ……。
なにがって、この後の展開が。
「まぁ、家庭内暴力よ」
「まって、此所は家庭じゃ無いわ。単なる暴力よ」
「いや、もしかしたらそういうプレイかもしれないわ!」
「きゃー、いやらしいー」
いやらしいーじゃねぇ!
「しなにょ。責任、とって、ね?」
「いや何の話だ!」
突っ込みだけが、俺のささやかな抵抗だった。
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