第2話 抜け出したい日常風景

 今朝もヒドイ目覚めだった。それでも今日はまだマシな方だが。

 俺は制服に着替えると、二階の自室から食卓のあるリビングまで降りる。

「おはよう! 朝ご飯、出来てるよ!」

 ゆうこが、母さん自慢のアイランドキッチンで満面の笑みを浮かべていた。

 裸エプロンで。

 目頭が痛い。

 最近こめかみのシワが増えたような気がする。

「さ、食べて、いいよ?」

 照れながら、エプロンの端をきゅっと握る。

 あざといかわいらしさを入れるんじゃねぇ。

「そんな腹を下しそうな朝食いらねぇわ。パンでいい」

「パン……ツはちょっと履いてこなかったなぁ。ごめんね?」

「謝るところそこかよ」

 ……幼なじみの裸エプロンも見慣れてしまった。

 っていうか、パンツくらい履いてこい。

 俺はため息をつくと四人がけのテーブルの椅子を引き、腰を下ろす。

 そこに父さんが朝っぱらから暑苦しいノリで現れた。

「よぅ志那乃。我がマイ、サン!」

「黙れ、口を閉じろ息をするな」

 裸エプロンで。

 気色悪すぎる。

 俺にあしらわれたことがショックだったのだろう。

 父さんが母さんの所へ飛んでいき、

「息子が虐めるよ母さん!」

「あらあらダメよお父さん。近寄らないで?」

 裸エプロンの母さんから、言葉のカウンターを受けた。

「ヒドィ! 昔はあんなに愛してくれたじゃないか」

 母さんは腕を突っ張ると、父さんの額を掴む。

 情けないほどリーチに差があり、父さんは子供のように手をばたつかせていた。

「今は息子にメロメロなの。さぁ、ゆうこちゃんと一緒に、め・し・あ・が・れ」

 父さんを冷蔵庫に保存すると、母さんがエプロンの端をつまみながら言った。

 ……年を考えて欲しい。

「え・ん・りょ・す・る。じゃぁ、俺、学校行くから」

 こんな魔窟、一秒でも早く抜け出したい。

 まぁ『性教育の実習です』なんて言い出さないだけマシなんだが。

 あの時、俺はナイフとランプを鞄に詰め込んで天空の城を探しに行こうとさえした。

 結果、俺の行動を多少は重く見てくれたのか、今は自重してくれているみたいだ。

 ただ「志那乃。天空の城は、無いんだ。飛行石でもロトでも、見つけることは出来ないんだぞ?」と、真顔で諭されたのは心外だった。

「ねぇ、まだ朝食、食べて、な・い・ぞ?」

 ゆうこがエプロンの端をスカート宜しくつまんで腰を膝を軽く曲げる。

 淑女がスカートをつまみお辞儀をするという挨拶に似てはいたが、このタイミングですることじゃぁ無いし、俺に通用すると思っていることも腹立たしい。

「はいはいゴチソウサマ。さっさと着替えてこい。学校行くぞ」

 ゆうこに着替えるよう促すが、どうせ届かないだろう。だから、

「ッキャ。学校で、食べられるのねッ!」

 俺は鞄から教科書と取り出し、くるくると丸めるとゆうこの頭を強めに叩く。

「あいたっ。じゃない、も、もっと優しくして、初め――」

「次は辞書の角かぁ」

「了解。着替えてきまっす!」

 俺が鞄から大辞林を取り出した所で、ゆうこが『自分の部屋』まで走って行く。

 パタパタと楽しそうな足音を立てて。

「なぁ志那乃。たまには、ゆうこちゃんに――」

「甘やかして良いことなんて無いでしょ。だってアイツは――」

「ねー、しなにょん、私のパンツ知らない?」

「呼び方くらい統一しろ!」

 俺が引っ越しするって知った時、俺と同じ進学校を受験して合格した奴だから。それも学年ワーストワンの成績から、血の滲むような努力をして。

 そして『これで堂々と、妻になれるねッ』と家に転がり込んできたわけで。

「だがこれ以上、アイツに俺の領域を浸食されてたまるか……ッ」

 俺に残されたのはもはや貞操のみだった。

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