ライヴシフト・トランスレイション

ムノニアJ

Prologue. ~ 1.

Prologue.


 わかっているのだ、このオートマトンがいかなる仕打ちを受けるか。

 わかっているのだ、このオートマトンに待ち受ける宿命を、結末を。



 日が明ける。

 日が暮れる。

 それでも、べつに、なにもない。



 ルーメンス・ライヴシフトが、狂ったように古びた暗渠のようなレンタル・ガレージの端で、がちゃがちゃと騒々しい音を鳴らしながら、自らのハンドメイド・オートマトンの白い腹を開き、その内部機構をいじくりまわしている。

 彼は、それが、とても好きなはずなのに。

 煤と油と培養触媒に穢れた、その面持ちは。

 何故か、嘆かわしいような、何故か、困っているような、何故か――己が人生における致命的な過ちを、それが言わば浮遊するガスであるにもかかわらず、耐熱グローブに包まれた両手で、掴み取ろうとして、当然のごとくの失敗を繰り返しているような――奇怪なる悲嘆に満ち満ちていた。

 彼は、それが、とても好きなはずなのに。

 好きだったはずなのに。



1.



 朝。

 白の擬似漆喰の壁に囲まれた、ひとつの部屋。

 ささやかな夢の残滓は、義務と責務と空腹から芽生えた、小さな突風の中に消え去って。

 落葉すべしともがく両の目をしばたたき、全身の自律神経系のあまねく叫びを大いに聞き取りながら、自己増殖的炭水化物と合成蛋白とモリー由来の脂肪分のPFC等間隔的塊にプラスティッキィ・フォークを刺し、黙念と口腔に放り入れる、あるいはルーメンス・ライヴシフトは、その味覚を背にしながら束の間に夢想してしまう――あるいは、蝶に紡がれた赤い糸、あるいは死の恩寵、幽かに灯るランタン、美麗なる海底の燐光、力尽きた旅人と灰色の大地、宗教的血痕、そして――奇妙なオブジェクトたちは半ば自動的に彼の表層意識に湧き上がり――。

 頭を振る。

 なにもかも、自動人形とは無関係なヴィジョン。

 訳の分からない夢想を始めてしまう――最近は特に。ルーメンス自身にさえ疑問だった。

 スポア系食物繊維と微小生物粉砕ミネラルと神経機能補完製剤を溶かしこんだ液体を一挙に喉に流し込む。

 息をつく。口をぬぐう。時計を見る。

 部屋の小さな窓から、乾いた陽光が差し込んでいた。サンライト・ベージュのカーテンが僅かに揺れる。

 再び時計を見る。

 今日が、とっくに始まっている。ルーメンスは粛々と立ち上がる。



 ルーメンス・ライヴシフトはオートマトン構築が生来から好きで、やはりティアサイド・オートマトン・ミュージアムにて開催される月例展覧会への出品を目前として、自らのオートマトンを構築し、それを予定通りの完成へと向かわせつつあった。そして彼はオートマトン構築が生来から好きで、日々の余暇を落とし込みレンタル・ガレージ内でのそれに独りで精を出している。そして彼はオートマトン構築が生来から好きだったが、それを生業に落とし込めるほどの自負と才覚にはどうやら恵まれなかった。

 それにしても。

 果たして、彼はオートマトン構築が生来から好きだったのだろうか。

 本当に、そう言えるのだろうか。

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