わすれごと
(1)
「みなさん……」
戸惑いの表情だった龍之介さんはだんだんと恐ろしいほどすごい剣幕で、しかしとても静かな声で言った。
「忘れていませんか……僕の想い人のことを」
「あ」
「ん?」
私は口を押えて「あ」と言ったが、あとの三人、文さん猫神様姫香はみな首を傾げてきょとんとしていた。
というか、みんなは知らなかったんだね。
「猫神様」
「ん? なんだい、龍之介」
「僕は――」
そうだった。
姫香の登場で忘れていたけれど――。
「――あなたが、猫神様が、好きです」
龍之介さんは猫神様が好きだったのだ。
それなのに本当、姫香が登場するから話がすっごい横道にそれちゃったじゃない。
と、思っても口に出せる状況ではなく。
私はそっと伺うように猫神様の表情をみた。
「ふうん……」
涼し気な表情に驚きも戸惑いも浮かんではいない。
むしろ知っていた、というような余裕の笑みまで浮かんでいる。
「この地にやってきて、最初にであったのが人ではなくあなた様でした。優しく案内してくれた。人も妖も、みなを嫌っていた僕に再び愛する心を授けてくれた。そんな猫神様を、どうして好きにならずにいられましょうか」
そ、そんな経緯があったとは……。
私は胸をぐっと抑えた。
そうしないと「それ以上言わないで、龍之介さん!」と叫んでしまいそうだった。
しかし、現実は残酷だ。
「ありがたいが、龍之介」
「はい……」
猫神様は彼の肩にポンと手を置いて告げる。
「神と人とはどうあがいても別次元の存在だ。どちらかが強く相手を思おうと、添い遂げるのはムリだ」
「はい……」
龍之介さんは項垂れた。
唇をきゅっと噛む様子が長く流れる髪の隙間から見える。
文さんも姫香もこんな場面は想定外だとばかりに口をパクパクさせていた。
そんな中、龍之介さんはうつむいたまま潤んだ声でつぶやいた。
「僕にあんなことまでしたのに……」
あんなことって、なんですか!
状況がこれほどまで暗く重たいものでなければ私は町中に聞こえるほどの大声で叫んでいただろうと後に思った。
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