(2)



 *


「なんだかおかしいんだにゃ」

「なにがですか?」


 文さんは龍之介さんと耳を寄せ合って話している。

 しかし今、神経を尖らせている私たちに――少なくとも私に――聞こえないものはなかった。


「めぐみの今まで平原だった胸が、膨らんでいるんだにゃ」

「おお、確かに」


 ちょっと、そこ。納得しないで。


「ねえ、東雲さん」

「はい、なんでしょう緑川さん」


 こちらでは笑顔の交戦がなお続いておりました。

 が、それを先に破ったのは彼女の方だった。


「私、龍之介さんのことが、好きでございまして」

「っ!」


 ――ああ、そうですか、でも――


「私も、ですの」


 おっと、間違えて語尾がおかしくなってしまった。

 しかし、嘘ではないので、あえて訂正しない。

 私はすぅっ、と息を吸い込んで爽やかな笑顔で告げた。


「私も、龍之介さんが好きですよ」


 だが緑川ボイン嬢、なかなか手ごわく微笑みは揺るがなかった。


「そうでしたか。私、てっきり東雲さんは蘭丸さんのことがお好きなのかと」

「は、はあ?」


 思わず素っ頓狂な声が漏れる。


「な、なぜ蘭丸の名前がここに出るの?」

「なぜ? だって昨晩、同衾なさったのでしょう?」


 ざわっ――。

 たった四人しかいないこの部屋で、しかしざわつくのが感じ取れた。

 主に男性二人の方向から。


「なんと。めぐみさんは蘭丸が好きだったのですねー」

「蘭丸もやるにゃ。しかし悪趣味だにゃあ」


 ……そう来るのか、お主。

 私は取り乱すことなく、告げた。


「蘭丸は九太郎の代わりに給仕をしてくれているだけです。そう言う関係ではないです」

「そう言う関係、とは?」


 ……覚えていろ、緑川姫香。

 二人っきりになったら絶対絶対、見るも無残にしてやるんだから。

 と、心で思っても顔に出さない。

 さすが私、と自信を取り戻そうと再び深呼吸した。


 そう、自信だ――。


 私はちらり、と己の胸を見る。

 うむ、まだしぼんでない。

 重さも柔らかさも健在。

 ちらり、と今度は緑川嬢を見る。

 確かに、彼女は大きい。が、今の私にはわずかに敵わないだろう。


(よし、いくぞ)


 緑川が微かな物音に視線を逸らした隙を、私は見逃さなかった――。


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