(3)



「文さん、こちらですか?」


 閉じられたふすまの向うで少年のような幼い声が聞こえた。


「いるにゃん」


「入ります、よろしいですか?」


「いいぞ」


 するとそこに一匹の狐がやってきた。


「文さん、文さん。聞きましたよ九太郎さんに……って、やや! なにやつ」


「あー……っと」


 まだいるのか、不思議なもの! とか思いつつ私は笑顔で


「東雲めぐみといいます……あ、隣に引っ越してきたものです」


 とあいさつした。


 しゃべる猫、しゃべる河童、そしてしゃべる(小)狐。

 さすがにこうまでして連続で人ならざるものと遭遇すると耐性ができてくる。


「よろしくお願いします」


「そうかそうか! 長い間、隣が不在だったから、心配していたよ。なに、これで安心だぁ! ではでは、あいさつ代わりに……」


 そう言うと突然、小狐の周りから煙が充満してきた。


「え、なに、火事?」

「蘭丸っ、室内でやるなとあれほど……!」


 文さんとけほけほと煙に咽ているうちにその煙はどこへともなく消えていった。

 そこに残るは小狐……ではなく一人の青年で。


「うっ、い……」


 思わず口を閉ざしたが、心の声はダダ漏れ。


(やば、イケメン! しかも龍之介さんとは別ジャンル!)


 龍之介さんも相当にイケメンだったけど、こっちも負けず劣らずの絶世の美男子だった。

 さき程の龍之介さんがビジュアル系の美形なら、こっちは……。


 例えるなら。

 なんだろう。


 あ、分かった!


 新撰組系日本男児イケメンだ。

 着物に刀を差したら、文句なし。


「そう? じゃあそうしてあげよう……くくっ」


 私の心の声が聞こえたのか、彼は目を細めて笑うと途端に煙をまき散らした。


「ちっ、蘭丸てめえ……」


 文さんがけほけほと絶えず咳き込む。

 私は何となく察しており、とっさにお菓子包みの風呂敷で口元を押えていた。


 ドキドキ。ワクワク。


 煙がそれがすーっと消えていく頃にはそこに和装美男子が


「ひええ」


 驚いた。心に思い浮かんだとおりの格好をしている。


 イケメン+和装+刀。

 文句なし。


 二次元感というか、コスプレ感も漂うが、イケメンには変わりない。

 目がただただ彼に注がれていく。


「すごいです。お見事」


「狐だからな。変化はお手の物だ……。そうだ、申し遅れたな。私は狐塚蘭丸という。さて、もう一興」


 そしてまた煙が室内を充満していった。

 これは虚を突かれたために私も文さんともに咽る。

 部屋中に響くけほっけほっという咳の音。

 文さんはだんだん落ち着く咳の合間にめんどくさそうに説明する。


「蘭丸は……けほっ……ほかにも女に化けられるし、老人も可能だ。……けほっ……むろん、赤ん坊も……けほっ……そしてこうしてモノにも化けられる」


「なるほど……けほっ……って、え、モノ?」


 ――そうだ。今度は何に化けたと思う?


 部屋のどこからか……あるいはどこかしこから先の狐の声が聞こえてきた。


 ――答えられたら褒美をやろう


 咳もだいぶ落ち着く私。

 気持ちが落ち着けば今度は勝負心に火が付いた。

 何より褒美という言葉に釣られたといえよう。


「すう……はあ……」


 私は一つ深呼吸をすると部屋中を見まわした。

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