女体監獄サラダ油地獄変

めきし粉

　狭い部屋であった。外では夏の太陽が照りつけていたが、クーラーからの冷たい風がその閉め切った部屋の中を泳いでいた。部屋には、キョニュースキー伯爵、ドエムプロに丸眼鏡のシリイーナ教授の三人がいる。

　キョニュースキー伯爵は自身が所有している小さなガラステーブルの上に並べられた参考文献を興味深く眺めていた。シリイーナ教授とドエムプロが持参してきたそれらの文献は、三人の知的好奇心とも呼べるものを痛く刺激するものであった。

熱心にページを捲るキョニュースキー伯爵の指先を横目に見てドエムプロが解説する。

「つまり素材が重要なんだな。ラバーであったり濡れた綿生地であったり、皮膚とは異なった素材感というものが重要なのだ」

　一連の資料には、そのことを示すグラフィカルな図案が多数掲載されていた。しかしキョニュースキー伯爵は、その主張に少し納得がいかない様子だった。

「しかし最終的には取り払われるべきものだろう？余分なものだと言えるのではないかい？無駄を廃してこその美ではあるまいか」

「愚かなりキョニュースキー伯爵！ここまで来て計画を反故にするおつもりか」

　シリイーナ教授が強い口調で言う。

三人にはこの所密かに練り上げてきた計画が有った。しかしキョニュースキー伯爵の言葉は、実行直前になって、そもそもの計画の価値に対してが異を唱えた形になっていた。さらに伯爵は言葉を付け加える。

「いや私も過程として、その存在があっても良いと思うのだけれども、それに拘る事は本末転倒ではないかといっているのだ」

「違う」

　シリイーナ教授は即座に否定をした。丸眼鏡の柄を上げながらさらに言葉を続ける。

「かの澁澤（注一）も「ふくらはぎや超しをぴっちり包む黒川のスカートや、スラックスや、ブーツは、支配と服従の性的関係に密接につながった、同性愛やサディズムやマゾヒズムの象徴的、美学的表現であろう」と指摘なされておる」

「いや、そういう話があるのかも知れないのだけれども、その象徴や表現っていうのは、かつて岡本太郎先生（注二）が「八の字文化」としてさげすんだ「惰性的な、実質をぬいた約束ごと、符丁だけで安心している雰囲気は封建日本の絶望的な形式主義」になってやしまいか？だとしたらマネキン人形相手でもいい話だ」

　キョニュースキー伯爵の指摘に対してドエムプロが応える。

「違う違う。符丁というのは単なる記号の読解作業であるけれども、「見る者」と「見られる者」との緊張関係によって生み出されるものこそが、我々が求めているものなのだ」

「その緊張関係というのは、つまりは「見る者」「見られる者」の間にそういう共通認識が暗黙のうちに成立しなくてしはならないでしょう？今回の我々の計画では、一方的に押しつける形になってやしまいか。ともすれば半減どころかその魅力が成立しないのではないのか？」

　それに対してもドエムプロは言葉を返す。

「例えば足穂翁（注三）は「女流水泳家の練習振りを私は未だ見たことがないが、その情景は凡そ想像できる。水着は以前はウール製だった。いまはナイロンなので、その赤、青、黒、白が柔軟硝子さながらに彼女らの濡れた臀部に密着しているはずである。このようなＡＡ'（AV）効果によって、あまねく男性を魅了する代わりに、彼女らは「大悦的天悦」（注四）から締め出されているのではあるまいか？」と言っている。ようするに男性から「見られている」という意識効果によって見られる側もその性質が変化するという事だ。このことはその現場において新たな認識が生まれている事を示唆しており、これは重要だと思う」

「確かに「見られている」という意識は女性を美しくさせると言うなぁ」

「それを踏まえて考えるとだ。我が輩達も見られる側に回ることでより高みに上れる可能性があるのではないかね？」

　ドエムプロがやや興奮気味に言った。

「それは露出効果の事か？いやいや。それは個人の嗜好の問題であろう」

　キョニュースキー伯爵は、ドエムプロの露出願望に対して距離を取ろうとした。

「何も恥ずかしがることは無い。まずは試しに我々からまみれて見られる側に回る事も考えた方が良い」

　そこにシリイーナ教授が割って入る。

「いやいやご同輩。精神医学者のメダルド・ボス（注五）は「フェティシズムが男に多い理由は、典型的に男性的な現存在の世界投企にあたっては、女性の場合より想像力が大きな役割を占めている事にあると思われる」と指摘している。効率性を考えた場合、常に男性が想像力を働かせて「見る」という行為を行う事こそ、効果的に見られる側の意識をも高めることが出来るという事なのだ」

「確かに見る行為というのは見られる行為と密接な関係がある。マン・レイ（注六）の「カザーティ侯爵夫人のポート」などは、「見る側」が「見られている」側からの視線をずらされることで、行為者として立場が揺らいで不安になる」

「写真がぶれて、目が四つに写った奴か」

「作品を見て、カザーティ侯爵夫人（注七）は大変喜んだそうだ。彼女の美的芸術的理解が無ければ、我々は「見る側」と「みられる側」の視線の関係に無自覚なままであったかも知れない」

「そういえば現代風俗を見ても、視線に無自覚なツーショットえろえろチャット（注八）はつまらなくて直ぐに飽きるそうだな」

「でも、相手側に悟られないように盗み見る「覗き」というものは昔から魅力的な行為としてあるだろう。天岩戸だって覗こうとした所を取り押さえられたわけだし（注九）、久米仙人（注十）だって女の白いすねを覗き見しようとしたばかりに空から落ちだ。またゴダイヴァ夫人（注十一）を盗み見た仕立屋トムは視力を失った。いずれも「覗く」という背徳的行為に心を惹かれた人が多かったからこそ、今でも伝わっている話では無いかな」

「盗撮とかは今でも人気があるジャンルかも知れない。しかし今では「覗き部屋」（注十二）でも見せているものの大半は、ショー的な要素になってしまっているらしいぜ」

　そこでドエムプロは膝を打った。

「よし。わかった。ターゲットの足止めを行うのがシリイーナ教授。そして実際に目標に対して使用するのは、キョニュースキー伯爵でよいのではないか」

　ドエムプロの目線の先には、スーパーの袋に入った数本のサラダ油がのボトルがあった。今日のために三人が資金を出し合い用意したものである。

　しかし実際にそれを効果的に使うとなると、様々な困難が予想されており、ターゲットの足止めなどの方策は必要であると思われた。

「お前はどうするんだ？」

「我が輩は偶然をよそおって動画を撮影する」

「なっなんと！」

「見つかると一番やばい立場だ。シリイーナ教授は無関係を装えるし、キョニュースキー伯爵は事故を主張できるので謝罪さえすれば許されるだろうが、我が輩の場合は撮影しているのが見つかれば、そういうわけにはいくまい」

「さすがはドエムプロ！一番危険な仕事を引き受けようとは……」

「しかし発覚した場合、動画も消されてしまうのでは無いか？」

「いや、隙を見て即座にデータを転送する。発覚覚悟でベストショットを狙う」

「それは有り難い」

「では各々の配置を考えようぞ」

　そう言って三人がターゲットを如何に追い込むのかを考え出したその時、下の階から若い女性の声が聞こえた。

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注一　澁澤龍彦のこと。この年代の子達は澁澤か種村なのである。

注二　芸術家。『太陽の塔』などの作品を通して、現日本人の共同美術体験を形成している。縄文土器の芸術的性を見出した。

注三　稲垣足穂のこと。この年代の子達はV感覚に畏怖と憧れを抱いているのである。

注四　大悦とは男色のこと。対して天悦は女色のこと。

注五　精神身体医学的業績の他にも性的倒錯に対してすぐれた実存分析的解釈を残した。

注六　ダダイストとしての活躍し後にシュールリアリズムの主要な人物となる。

注七　カサッティ侯爵夫人とも。1920年代のヨーロッパ社交界で注目を集めた女性。数多くの芸術家や小説家のパトロネスとしても知られる。

注八　インターネット回線を使った動画チャットを性的な目的、またはそれを匂わせることを主眼に置いたサービス。一時流行した。

注九　日本書紀に出てくる天照大神が天野岩戸にこもった時、外の喧噪が気になり岩戸を少し開けて様子をうかがった事。

注十　毛堅仙とも。飛行の仙術のさなか女性に見とれて落下した結果、神通力を失う。その後その女を妻とした。

注十一　夫である領主の悪政に抗議し、裸体で馬に乗り街を回れたら税を下げてやるという提案を呑み、実際に実行した。領民は敬意をあらわし窓を締めてその姿を見ないようにした。ただ一人盗み見をしたピーピング・トムには、目を潰されるという天罰が下ったという伝説がある。高級チョコレートで有名なGODIVAのシンボルマークは彼女をかたどったもの。GODIVAのトリュフを瞼に付けて遊ぶ子供の姿を見る度に、盲いたトムに思いを馳せるのは筆者だけではあるまい。

注十二　マジックミラーごしに女性の姿を観察できるというサービスを提供する風俗。女性は扇情的なポーズなどで観客の性的興奮を促す。低価格で覗くという体験が出来るので一時流行した。