水月 その2


覆面の四人は見事な連携がとれている。

これは、事前によほど作戦を練り、演習をしているようだ。

鬼神のように強い小野次郎右衛門でも、多数で連携してかかれば倒せると踏んだのか。


ところで、一対多の戦いというのは武道の永遠の研究テーマの一つであろう。

壁を背にする、橋の上のような一本道で戦う、とにかく囲まれない事が肝要だ。

「さて、どうしたものか?」


今、敵とは三間は離れてはいるが、囲まれている。

振り払おうとしても、四人は次郎右衛門を中心に移動する。

そして、わずかずつ間合いを詰めてくる。

十分な間合いまで詰まったところで、一斉に刀を振り下ろせば……逃げるすべはあるまい。

いや、たいていの剣客ならばそこでお終いのはずだ。


むしろ次郎右衛門は、四人に足止めされているうちに弓矢や鉄砲で撃たれる事を警戒していた。

しかし、様子をうかがいながらしばらく刺客達の相手をしている間に、敵にそのような意図はないらしいと判断した。

それによくよく思案してみれば、敵はあくまで次郎右衛門に『刀で切られて』死んでもらわねば困るのである。


なにしろ、弓矢や鉄砲で次郎衛門が死んだとあっては、『闇討ちにて利益の上がる者』に嫌疑が集中してしまう。

なによりも『剣術指南』になりたいのに、『飛び道具』で相手を倒したとあっては、腕に自信がなかったのか? などと揶揄されかねない。


ところが逆に、次郎衛門が何者かに『刀で闇討ちにあい、切られた』とすればどうであろう?

おめおめ闇討ちで切られるような者には『指南役たる資格がなかった』、とされかねない。


『敵に飛び道具がないなら、さっさと片付けるか』

全くもって、めんどうな事である。

次郎衛門は四人のうち、自分の正面に刀を構える敵にスタスタと無造作に近づいた。

四人はあわてて間合いを詰め、一斉に切りかかろうとする。

その刹那、次郎衛門は跳躍した。

正面の敵の青眼に構えた刀の背に足をかけるとさらに跳躍!

一瞬で敵を飛び越え、囲みの外に出た。


四人は何が起きたか理解できなかった。

ハッと気がつき、あわてて向き直ろうとするがすでに一人、切られていた。

早い、声も出せない。

四人の間を次郎衛門が縫うように駆け抜けた後、四人は折り重なるように倒れた。


次郎衛門はなおも離れた闇の一角を見据え、刀を構えたまま怒鳴った。

「おい、出てこい。それとも尻尾をまいて逃げるか?」


次郎衛門の呼びかけに応えて現われたのは、大柄な武士であった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る