第3話

三山みやま崩し』


負けたら、死。

南條さんは、冗談でも、冗談を言う人ではない。

かつて、「まだ完璧に理解したとは言えない」という理由で、必修の試験を棄権し、自主留年をしたというのは、有名な話だ。

(ちなみに、基本的に試験は満点らしい。)


残念ながら、この南條さんは、「こころちゃん言うな!」と言わないし、超電磁砲レールガンも撃た(わ)ないし、ハラショーと褒めてもくれない。


堅物な怪物。

それが、南條さんだ。


とは言え、本気で命を取ることはしないだろう。

なんだかんだで、俺が勝てるようにしてくれるはずだ。


「それで、南條さん、そのゲームってのは、どういうものなんだ?」

「待機。たった今、彼らを呼んだ、っち。もうすぐ到着すると推測、アル。」


彼ら?

と、その瞬間、俺は、俺たちは、謎の黒子たちに周囲を囲われた。


「お待たせいたしました。数戟管理委員会より馳せ参じました、数戟管理委員の平等院 命題と申します。」


なんだこいつは。

2メートル超はありそうな身長の、全身を白の布で覆った男が、学食のテーブルの上で起立して、俺たちを見下ろしている。

いや、よく見ると、目も白い包帯で隠れているので、見られているのかは分からない。


「お見受けしますは、こちらから、南條体さま、群城すずさま、本条圭介さまでございますね?この度は、不公正のないよう、平等に無礼に、机上からご挨拶をさせていただきました。」


今にも、群城がこいつを殴りそうだ。

その空気を察したのか、平等院命題は、テーブルから降りて、俺から見て右に、向かいの南條さんから見て左に、俺たち二人からの距離がちょうど均等になるように、食卓横に立った。


「それでは、南條さま、この度の数戟の概要説明をお願いいたします。」

「了解。であります。」

「ちょ、ちょっと待て、数戟だと!?」


平等院命題のインパクトに負けて、聞き逃していたが、確かにこの男は、「数戟管理委員会」と自己紹介していたのだ。


「適当。私たちがこれから始めるのは、数戟。ぜよ。」

「数戟ってあの数戟か!?」

「疑問。他にどの数戟が存在。でさァ。」


まずいぞ、まずい。


「ご安心ください。本条さま。勝負決着の際には、我々、数戟管理委員会が、平等に、公正に、公平に、報酬を回収いたします。」


それは、「命」も例外ではない。


「確認。報酬は、勝者が敗者から欲しいもの、でやんす。私の場合は、本条氏の命。」

「承知いたしました。それでは、本条さまはいかがなさいますか?」

「えーと……って、ちょ、ちょっと待ってくれ!なんで俺は、命まで賭けなきゃならないんだ!?」


そうだ、そもそも、なんでデスゲームが前提なんだ。

本場の◯戟だって、命までは賭けないぞ!


「自明。あなたが持っているもので、かつ私が欲しいものが、命しかない故。以上。」


えー。

そうだ、群城だ。

こんな無茶な提案、群城にお願いして、数管ごとぶっ飛ばしてもらおう。


「おい、圭介……ぐだぐだ言ってねえで、覚悟決めろよっ!男だろっ!!」


ええー。

いやいやいや。


「とにかく!命を賭けるしてもだ!何のゲームか説明してもらわないと!」

「なるほど。それも、そうでございますね。南條さま、ゲームの内容は、もうお決まりでございますか?」


忘れそうになったが、そもそもこれはブール環の具体例を知るためのマスハラゲームだったはずだ。


「如何にも。私が提案するゲームは、『三山崩し』。だぴょん。」


みやまくずし…?


「説明。三山崩しとは、三つの山から、ある条件のもと、互いに石を取り合って、取れなくなった人が負け、というゲーム。なのれす。」

「なるほど。確か、欧米だと、ニムって呼ばれるゲームだよなあ、ココロ?」

「適当。なのです。」

「……俺は知らないんだが…」

「解説。今から、群城氏と私で、実際にやってみる。」


そう言って、南條さんは、机の上に置いてあった、湯のみ茶碗から6つほど選んで、


◯◯◯

◯◯


というように、3つ山に分けて置いた。


「便宜上。これらを、A、B、Cの山と呼ぶことにする。なの〜。」


A:◯◯◯

B:◯◯

C:◯


「ルール。これらを今から群城氏と交互に取り合っていく。どす。一回のターンに何個でも湯のみはとってもいい。でプ。ただし、」

「取れるのは、一つの山からだけ、だよな?」

「適当。」


一つの山からだけ…?


「では。群城氏と三山崩しを始める。ケロ。」

「じゃあ、アタシから。」


A:◯◯◯

B:◯◯

C:◯


群城は、Aの山から、2個取った。


A:◯

B:◯◯

C:◯


「次番。私のターン。ッス。」


A:◯

B:◯◯

C:


南條さんは、Cの山から、1個湯のみを取った。

残ってるのは、2つの山だ。


「…なるほどな。アタシの番。」


A:◯

B:◯

C:


群城は、Bの山から、1個取った。

必然的に、次は、AかBのどちらから1個取るかということになる。


「私番。でガス。」


A:

B:◯

C:


南條さんは、Aを選んだ。


「じゃあ、最後に!」


A:

B:

C:


これで、山が、すべてなくなった。

次の番の南條さんは、もう取れない。


「故に。この勝負は、私の負けで、群城氏の勝利。でち。」

「やったぜ!運が良かった!」


なるほど。

取れなくなった方が、負け、ということは、逆を言えば、というわけか。

どういう風に石を取れば、勝てるか、戦略のゲームというわけだ。

これなら、相手が南條さんとはいえ、俺でも勝てるかもしれない。


「補足。今回は、これを4つの山にした『四山崩し』で勝負。ですわ。5回勝負で、勝ち数が多い方が勝利。ですの。先攻は、その前の回の敗者。チョピー。」

「わかった。この勝負、受けよう。」


必ず、このゲームには、数学的な『からくり』があるはずだ。

それを5回のうちに解き明かせば、負けることはない。


「それでは、本条さま、勝利した際の報酬は何になさいますか?」


報酬か……。

こっちは、命を賭けるんだ。

それ相応のものをもらわなければ、割に合わない。


「……もし、俺が買ったら、南條、お前の『笑顔』をもらうぜ!死ぬ気で、幸せに笑ってもらう!」

「……………………了解。」


南條は、顔色も一つ変えず、しかし、確かに俺を見ながら頷いた。


「ゲーム。ルール。条件。報酬。すべてが揃いました!これより、数戟を開始いたします!」


平等院命題が、コインを空中に大きく投げた。

手のひらで、勢いよく受け止める。


「ご覧下さい!コインが、表を向けて、均等に、真っ二つに割れました!南條体さまの先攻でございます!」


A:◯◯◯◯◯

B:◯◯◯◯

C:◯◯◯

D:◯◯


テーブルの上に、湯のみが並べられる。

南條の提案で、5、4、3、2の4つの山が作られた。

さあ、どうくるか。


「私番。Bから4個を取る。だもんよ。」


A:◯◯◯◯◯

B:

C:◯◯◯

D:◯◯


なんてこった。

一気に、1つの山がなくなった。

取った数は、関係ないのだが、こっちも負けてられない。


「俺は、Aから4つを取る。」


A:◯

B:

C:◯◯◯

D:◯◯


これで、残りは、3山、6個。


「私番。Cから3個。だぎゃ。」


A:◯

B:

C:

D:◯◯


わずか、3ターンで、残り3個となった。

ここで、俺が、Aから1個取れば、次に南條が、Dから2個取って、俺が取れず、俺の負け。

逆に、俺が、Dから1個取れば…


A:◯

B:

C:

D:◯


俺は、Dから1個取った。


「私番。Aから1個。ウラ。」


A:

B:

C:

D:◯


「俺の番。Dから1個。」


A:

B:

C:

D:


「第一回戦、南條さまはこれ以上、湯のみを取ることができないため、本条さまの勝利でございます!」


やった!勝った!

なんだ、簡単じゃないか。


「それでは、続いて第二回戦、敗者の南條さまからの先攻です。」


A:◯◯◯◯◯

B:◯◯◯◯

C:◯◯◯

D:◯◯


「Bから、3個。んじぇ。」


A:◯◯◯◯◯

B:◯

C:◯◯◯

D:◯◯


今度は、取り方を変えてきた。

ならば、一気に攻める。


「俺は、Aから、5個。」


A:

B:◯

C:◯◯◯

D:◯◯


「Dから1個。ヘイヘイ。」


A:

B:◯

C:◯◯◯

D:◯


「……俺は、Cから3個。」


A:

B:◯

C:

D:◯


「Bから1個。ドゥー。」


A:

B:

C:

D:◯


「Dから1個。」


A:

B:

C:

D:


「第二回戦、またもや、本条さまの勝利です!」


よしよしよし。

これで、2連勝だ。

だいたいコツが見えてきたぞ。2山で一個ずつ、つまり、

A:◯

B:◯

の形に持っていけば、いいんだ。

そうすれば、相手が取って、最後に俺が取って勝てる。

勝てる!あと1勝で勝ちだ!


「第三回戦、敗者の南條さまからです!」


A:◯◯◯◯◯

B:◯◯◯◯

C:◯◯◯

D:◯◯


「Dから2個。」


A:◯◯◯◯◯

B:◯◯◯◯

C:◯◯◯

D:


「じゃあ、俺は、Cから3個。」


A:◯◯◯◯◯

B:◯◯◯◯

C:

D:


このとき、南條の口元が微かに動いたことに、俺は気がつかなかった。


「Aから1個。ギョン。」


A:◯◯◯◯

B:◯◯◯◯

C:

D:


「じゃあ、Bから1個。」


A:◯◯◯◯

B:◯◯◯

C:

D:


「Aから1個。だす。」


A:◯◯◯

B:◯◯◯

C:

D:


「……Bから1個。」



A:◯◯◯

B:◯◯

C:

D:


「Aから1個。ココ。」


A:◯◯

B:◯◯

C:

D:


なんだこれは。

取っても、取っても、山を均等にされる。

……そうか、1個じゃなく、一気に2個取れば!


「Bから2個!」


A:◯◯

B:

C:

D:


「Aから2個。」


A:

B:

C:

D:


南條が、残っていた2個の茶碗をすべて掻っ攫った。


しまった


「第三回戦、本条さまはこれ以上、湯のみを取ることができないため、南條さまの勝利でございます!」


負けた負けた負けた負けた負けた

負けた負けた負けた負けた

負けた負けた負けた

負けた負けた


湯のみを持つ手に、汗が滲み出てくる。

ああ落ち着け。まだ2勝1敗。まだ勝ってるんだ。

まだ南條さんに勝ってるんだ。


「それでは、第4回戦、敗者の、本条さまからです!」


そうだ。今度はこっちが先攻だ。

決定権がある分こっちが有利。ゲームを支配できる。


「じゃあ、Aから1つ。」


コロン、コロン、コロン。


広い食堂に、乾いた音が鳴り響く。

あれ。

何の音だ。

下を見ると、持ってたはずの湯のみが、床に転がっている。

そうか、右手で、持って、持ったけど、右手から、滑り落ちたんだ。


拾わなきゃ。


椅子から降り、体をかがめ、床に膝をつける。

湯のみは、誰かの足元にあった。

ひんやりとした地面の感触が、手から体全体に伝わる。

見上げると、平等院命題。


「本条さま、もう一度、確認いたしますが、あなたが負けた場合、あなたは死ぬわけではありません。」


はは。そうだ。やっぱり嘘だったんだ。

人を殺すなんて、非現実的だ。


「私たち、数戟管理委員会が、、あなたの命を回収するだけでございます。その点をしっかりと理解した上で、冷静にお考えくださいませ。」


ギロチン。

俺は、一年の春を思い出した。

あれは、東数の新入生ゼミ。

南條さんと同じ、代数ゼミにいた。


当時から、南條さんは優秀で、優秀であるが故に、ツッコミも厳しかった。

俺が発表しているとき、少しでも曖昧な表現があれば、その発言の意味は何か君は頭を使っていない行間も埋められないのかなどと、精神攻撃マスハラを受けた。


そのとき、チョークを持つ手の、目の前にある、上下に動く黒板が、確かに処刑台のギロチンに見えたんだ。


南條さんには、どうやっても敵わない。

はは、ははは。







「おい、圭介。起きてるか?」


気がつくと、群城が前にいた。

湯のみを拾おうとしてから、だいぶ時間が経った気がしたが、実際には、2、3分も経っていないらしい。


「……ああ……起きてるよ。」

「大丈夫か?」

「……大丈夫さ。」


バシっ!

背中に激痛が走る。


「ごほおお!!」


俺は思わず咳き込む。

平手で思い切り叩かれたらしい。


「なにすんだよ!!」

「アタシの知ってるお前は、こんなところで終わらないだろ!?……5、4、3、2!」


バシっ!

もう一度、背中を平手打ちされる。


「だから、やめろって!」

「………………ほら、これ。」


そう言って、落ちてた湯のみを渡された。


「お、おう…」


俺は、床から立ち上がった。


「群城さま!非参加者の数戟者との接触はご遠慮願います!」

「まあ、いいじゃねえか。ヒントを言ったわけでもあるまいし。」


そう言って、群城は、黒子の囲いの外に移動した。

去り際、「頑張れよ。」と口が動いた気がした。


ありがとう、群城。

あいつには、なんだかんだ、いつも助けられる。


こうなったら、死ぬ気で、死なないように戦うしかない。


俺は、すーーっ!と深呼吸をした。

ふぅ。。。。。

なるべく使いたくはなかったが、背に腹は、命に命は変えられない。

それに、南條さんに、南條に、俺が唯一勝てる可能性があるとしたら……

これしかない。


凡人たる俺の、非凡なる能力スキル

発動せよ。


数楽者イマジン・ラヴァー

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