シゾイドロイド2173

名無し

拾った女

 荒涼と広がるステップ気候の砂漠は、加速主義に基づいた自己疎外と搾取の成果です。それはアポロ11号が月面着陸を成し遂げたことに匹敵します。人類はあらゆるものを征服し、支配してきました。火で闇夜を、道具で自然を。集落や共同体によって武器や暴力を用い他の生物を侵略し……やがて国境を、性別ジェンダーを、生殖セックスを、そして【死】を。ヒトは、そのようにして外部化Entfremdungしたものによってのみ自身の存在を規定できます。あちこち霧散するの形を、外堀から構造主義ストラクチャするという理屈です。

 他者あなたの存在で私は私を規定できます。最小単位の原子アトムはそこからです。話もそこから始めましょうか。今世紀始めに起きた核戦争のもたらした結果は、人口の減少という観点から言えば世界人口の数パーセントという微々たるものでした(あくまで、割合の上では)。人間は既に生殖セックスを外部化し、人工子宮によって製造されることで、その数もまた管理されているのですから。

 放射線がもたらしたのは被曝による先天性障害の頻発です。四肢の欠損や畸形、各種五感や内臓の機能障害など……。それらは機械をオーグメントしたりクローン技術の応用で治療ないし補填することができます。ただしお金も掛かります。先天的障害児童として生まれた子供は、生まれつきサイバネ義肢や生体部品を与えられ、そのコストを負債として弁済リクヮデイションしなくてはなりません。

 生まれつき借金シュルトを背負わされていると言い換えてもいいでしょう。とにかく世界は放射性物質で汚染され、一部の人間はシェルターに避難しつつも、経済中心トレードセンターである摩天楼のそびえ立つメガ・シティと、その外部たる不毛の砂漠地帯とに、世界は二分されています。

「そこで何をしている」

エジプトを脱出したモーゼが海を割ったように、タイヤで砂煙を巻き上げながら接近してくるバイクの音に気付かなかったわけではありません。このような物騒な地域ではじめに声をかけてくるのは優しいほうです。それでもホルスターから護身用の短銃を取り出してはいましたが。防塵用のゴーグルをかけたまま、浅黒い肌とウルフカットをしたその狼人ローニンの方はバイクから降りると私に接近しつつ、しかし罠を警戒して一定の距離を保っていました。

「何のつもりだ」

「四肢を外してスクラップのフリをしようとしていました」

「冗談だろ?」

野盗バンディットに出くわした場合は死んだフリが最も効果的だと学びました。これはPCゲームで得た知識です」

「単に運が良かっただけだろ」

「私は北部から来たのです。深い雪の中ではスクラップの機械部品より食糧品や燃料のほうが優先されます」

人造人間アンドロイドだな?」

機械人形オートマタ労働機械ロボットか、あるいは人間の部分が残っているサイボーグか生体部品を使用したバイオロイドなのか判断に迷ったのでしょう。

「はい。ヒューマノイドやガイノイドと呼ぶ場合もありますが」

生殖行為と出産役割が外部化され肉体的性差が意味を失った現代では男女オスメスの区分は無意味なものです。人工子宮の存在は人間を出産役割から解放し、個人主義的価値観における性自認ジェンダー・アイデンティティの選択可能性を実現しています。

「職業はハウスキーパーか?」

私の着用するメイド服からそう類推したのでしょう。私は首を横に振って答えました。

「半分は正解です。もう半分の私の本来の役割は――、」

ずごごごごご、と何だか重い音を立てて砂の中から展開する巨大な檻。私はその人工物に捕食される形で会話が中断されました。ウルフカットの狼人ローニンの方は咄嗟に後ろに飛び退くと同時に、右手に切り詰められた突撃短銃アサルトピストルを、左手には高周波を流すことで切断力と靭性の強化されたマチェットを逆手に構えておりました。

 なんだか緊張しますね。

 さて。

 巻き上げられた砂煙に紛れて登場した三人の野盗が放浪者を囲んでいます。その肌は日に焦がされ、手には鉈やクロスボウ、それから猟銃などを持ち武装しています。ボロの衣服の上に、鉄板などを加工した手製の防具も装備しています。威嚇のためかバイカーのようなトゲやスパイクも付けられています。よく世紀末ものの映画とかマンガで見るアレです。

「女だ。悪かねえぜ」

「オッパイ・ダンスをやれ」

「子宮は所有してるんだろうな?」

私を生体の女性と誤認したのなら、それは私の開発者が喜ぶことでしょう! 彼らは私(たち)の生殖器が目的であると私は推測します。砂漠地帯では原始的生殖行為の文化が失われておらず、一夫多妻制ポリガミーが推奨されています。それは妊娠と出産が、都市部のように完全には機械化・外部化オートメーションされていないからです(死体の子宮が再利用リサイクルされたり、動物のものが転用されたりもします)。女性と子供は宝であり、未来であり、資産です。都会人はそれを野蛮と呼びますが。古今東西、人類はあらゆる形態のを競い合ってきました。

 この世界は、はてしない戦争Die unendliche Kriegsführung状態にあります。都市に住む【外在派】と砂漠に暮らす【内在派】。それはを巡る争いです。記憶や魂は脳の神経配置の操作や記憶移植技術によって複製可能であると考える【外在派】は、ある種【死】を克服したと言えます。

「何でもいい。さっさとやっちまえ」

「どうせ同じ肉になるなら殺したほうが好都合だ」

…………ん?

 どうも、生殖行為が目的ではなさそうです。そもそも彼らが【内在派】というのも私の推測に過ぎません。単なる無派閥ノンポリの、唯物論者の無法者アウトローかも。

「頭から吹き飛ばせばいい。中古の脳は売れない臓器だ」

なるほど。

 都市部では延命治療として幹細胞技術を利用した人工臓器が使用されます。またクローン技術によって複製体が作られ、脳を移植したり、あるいは器質的に限界である場合白紙の脳タブラ・ラサ記憶移殖トランスプランテーションしたりします。

 記憶移殖を受けたクローン体には法人格が与えられ自然人と同じく主体としてのが与えられます。

 問題となるのはです。

 既得権益や以前の肉体からのを保持しておきたい【外在派शाश्वतदृष्टि】は、魂すなわち人格は仮想世界アルテルモンドなどの追体験による記憶移殖トランスプランテーション技術によってであるとし、対する【内在派उच्छेददृष्टि】は魂とは固有の内的体験であり、個人の視点たるクオリアは継承不可能と主張しています。

 これが現在まで続く、はてしない戦争Die unendliche Kriegsführungの争点です。

 支配層である【外在派】の法案はまだ可決していません。莫大な資産価値を持つ【外在派】の富豪たちは脳死状態で生かされ続け、国家の発行する貨幣よりも信頼の置ける【生体通貨Biocurrency】として投機の対象にすらなっています。

 【外在派】が回避したいのは相続税の徴収です。以前の肉体からクローン体の法人格に資産アセットを相続する場合そこに課税されますが、もし【外在派】が主張するようにクローン体が自己同一性の連続すると認められれば、そこに徴税は発生しません。

 【内在派】はテロやハッキングなど、あらゆる手段で妨害しています。しかしある種【死】を克服した【外在派】は、企業の管理する生体情報と保存セーブされた記憶がある限り何度でもことができます(企業に定額料金サブスクリプションを払い続けている限り)。

 砂漠の民である【内在派】は支配層ほど高度な技術を持っていません。しかし肉体の修理にパーツは必要になります。そのために死体は解体され、血液リキッドは貯蔵され、臓器は低温保存される必要があります。彼らにとって死体は資源の宝庫なのです。

 むろん都市部の【外在派】は、肉体を資源とみなす【内在派】のことを野蛮だとか搾取構造の肯定、持続可能性が低い、反ヴィーガン、自己疎外であるなどと言って非難します。【外在派】にとって幹細胞技術とクローン体、培養された生体部品などは文明社会の到達した頂点であり、そこに搾取構造は存在しないと信じているからです。この争いが永遠に終わらない所以ゆえんのひとつです。

 ……何の話でしたっけ……。

 ああ、つまり彼らは死体を売る解体屋スカベンジャーでした。それも自ら死体を作るタイプの。難儀ですね。

「そいつは労働機械ロボットだ。愛玩用の機械人形オートマタだとしても、シリコン製の内臓モツなんて食えた味じゃないぜ」

狼人ローニンの方がそう言うと、解体屋スカベンジャーの一人が怪訝そうに訊きました。

「あんた、何もんだ?」

「面倒はゴメンだ。そいつは私と関係ない。お前らともな。煮るなり焼くなり好きにすりゃあいい」

狼人ローニンの方が銃をホルスターにしまい踵を返すと、猟銃を持った一人が言いました。

「待ちな」

「あんた、死体を運んでるだろう。にしてバイクに積んでる。クセェ血の臭いがプンプンしてやがる。そいつを俺たちに寄越しな」

銃口が向けられました。それはまさに狩人と狼の関係性です。イタリアン・マフィアは切り詰められた散弾銃のことを、『狼のためのルパラ』と呼びました。

「脅しのつもりか?」

ガイガー・カウンターがジリジリと鳴っています。種無しの唐草タンブルウィードも無為に転がっています。

 まさに西部劇ですね。

 先に散弾を撃ったのは解体屋スカベンジャーでした。狼人ローニンはそれを目視して最小限の動作でかわしました。と同時にクロスボウの矢が放たれて、逆手のマチェットで軌道を逸らしながら、砂を蹴って接近しました。

 切断。

 生体の目には、ほとんど認識できない速度でしょう。胴体が真っ二つになり内臓が溢れました。続けてニ発目の散弾が放たれます。離れたクロスボウは次の矢を装填動作中です。

 散弾が皮膚を掠りました。と同時に猟銃の銃床ごと腕が落ちました。それから馘首クビも飛びました。やっとこさクロスボウの装填が終わって、それを相手に向けました。

 狼人ローニンはMC51Kと刻印された突撃短銃アサルトピストルを抜きました。

 銃口はぴたりと据えられ微動だにしません。引き金が絞られます。

 薬室のフルートの痕が爪のように刻まれた空薬莢が排出されます。短い銃身は目の眩むような火球をり出し、勢いよく飛び出した弾丸は縦回転し脳天に鍵穴キーホールを空けます。驚くべきはその反動制御です。狼人ローニンは片腕の力のみで銃の跳ね上がりを抑え込んでいるようでした。

 穴だらけになった肉はたおれました。狼人ローニンは私に近づくと、高周波マチェットによって巨大な檻の蝶番を切断し、訊かれるでもなく言いました。

「私は戦闘用サイボーグだ」

檻は真ん中から開いて、私は外に出ることが出来ました。

「なるほど、」

私は彼女の姿を一瞥して言いました。

「だから女性型なのですね」

するとその方は「む」と言って口を尖らせ不服そうにしました。

「私は別に自分が女性役割だとは自認していない。人工子宮も搭載していないしな。戦闘時に目標を視認した際、女・子供の容姿は生存可能性サヴァイヴァビリティを高め小柄な体躯は被弾面積を下げるために有効性が認められるのは確かだが……」

「無論その点は理解しています。私の発言は軽率でした」

男性型のサイボーグが人間の男性と認識される外見を保っているのは稀です。エディプス複合的に増強された肉体や装甲は、四肢の配置を除いて人間の形状をしていることすら珍しくあります。人間としての外見が求められる機械人形オートマタとしての身体は、人との触れ合いや社交性が求められる環境において構築されます。

 狼人ローニンは掠り傷に修復スプレーを塗布し、応急処置しておりました。

「私は運び屋ヴェクターだ。物だけじゃなく、死体も運ぶ。奴らの言ったこの死体には指名手配が出てる」

「私の製品番号はAIS-905です。ご主人さまマスターにはアリスと呼ばれておりました」

「はぐれロボか」

「はい。三十九年前の核戦争の混乱で、私は自らの所有者のを見失ってしまいました」

「もう死んでるんじゃないのか」

「死体は発見されていません。ということは、生存の可能性はゼロではありません。人間の平均寿命は前世紀に比べ飛躍的に伸びています。手続きプロトコル上、私は現在登録されているご主人さまマスターを探す必要があります」

狼人ローニンの方は新鮮な死体から使えそうなものを漁っていました。銃床の落ちた散弾銃ルパラとか、クロスボウだとか。屍肉や内臓は他の解体屋スカベンジャーに残しておくのでしょう。あるいは自然のカラスやハイエナ、コヨーテに。

「あなたの事を、何とお呼びすればよいでしょうか?」

「私はこれから街にこの死体の配達だ。じゃあな」

裸のネイキッドバイクに跨り、今まさにエンジンをかけつつある狼人ローニンの方を私は呼び止めました。

「お待ち下さい、“これから街にこの死体の配達”さま」

すると彼女はずっこけて(マンガ的表現です)、呆れたように私を見ました。

「あのな……お前わざとやってるのか?」

「文法構造は理解しているはずです」

彼女は頭をかきながら、「やれやれ」とでも言いたげに面倒くさそうに答えました。

「私は匿名者アノニマだ。いつからか、そう呼ばれてる。これで満足か?」

「アノニマさま。私も街へ連れて行って下さいませんか?」

「それは仕事の依頼という意味か? 何か払うアテでも?」

「私は持ち合わせがありません。私は原子力電池および補助的に太陽光発電で作動しているため、食事等の消費行動は基本的に不要です。ゆえに商取引のための資産を持ち合わせていません」

「つまり?」

「そのため、報酬は身体で払います」

「スクラップ屋にでも身売りするつもりか? 冗談はよせ」

「いいえ、冗談ではありません。言いそびれましたが、私の本来の役割は……」

メイド服のスカートが揺れました。可愛らしくデザインされたフリルのひとつひとつが風を受けるのを感じます。

 肉体には価値があります。人間も労働者も……また奴隷や家畜であってもその点は変わりません。消費される肉そのもの――また肉体の動作に需要があります。その売買契約が経済構造エコ・システムを生みます。地上の水の循環や動植物がそうであるように、あらゆる構造は生産・消費・分解のサイクルを持っています。

「私は、性玩具人形セクサロイドなのです」

我々は自分たちの持つ資産価値を売って生きています。生命活動とは、すなわちエコ・システムの循環に加担することそのものです。

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