scene7 三獣士

「おい、桃山、いまどこにいる?」

 田島先生からの通話をうけたとき、あづちは自宅に向かう車の中だった。

「いま、帰るところですけど」ちょっとつっけんどんに答えてしまう。

「妖怪サーチャーに反応がでた。一瞬で消えたんだが、そっちの印籠フォンには履歴が残っているか?」

「いいえ」印籠フォンなら、呼び出し音が鳴った時にチェックしたところだ。「場所はどこですか?」

「ポイントは赤塚信金。それとな、ほぼ同じ場所同じ時間に、黒田が剣豪チェンジしている。が、ブゲイスーツに大ダメージを受けて、変身解除、スーツは自動的に亜空間に収納されている。ラボからの連絡によると、作動に障害のでるほどのダメージだそうだ」

「ラボ?」あづちは眉をしかめる。

「うちの研究施設だ」但馬守がしらっと答える。そんなものがあったのか。「まさかおれ一人でブゲイジャーの装備を全部メンテナンスしてるとでも思ったのかよ」

 この人、こういう言い回し好きよね。あづちは聞こえよがしなため息をついてから、答えた。

「赤塚信金に向かいます」

 運転席の牧島氏に赤塚駅へ向かうよう指示して、あづちは士郎の印籠フォンを呼び出す。コール音はきこえるが、電話にはでない。一応、自分の印籠フォンの妖怪サーチャーを起動してみるが、こちらも反応なし。唇を噛んで目を上げると、ちょうど曲がった先の交差点にパトカーが止まって交通規制をしている光景が見えた。

「なにかしら?」

 あづちが問うと、牧島が、「迂回させられそうですね」と応える。

 牧島は速度を落として車を警官の前で止めながら、窓を下ろして尋ねた。

「どうしました?」

「この先で、立てこもり事件が発生しています。犯人が銃器を所持しているようで、危険ですので迂回してください。駅前ロータリーは現在使用禁止になっています。この先を右折して、指示に従って直進してください。その先で川越街道に……」

 立てこもり事件? こんなときに? ならば、車を降りて徒歩で進むか。いえ、まって。赤塚信用金庫って駅前にあるんじゃなかったっけ。いまたしか、駅前ロータリーは使用禁止とか言っていなかったか。これはどういうこと? 妖怪の反応となにか関係があるのかしら。

 あづちは目で牧島に、行けと伝える。平静を装いながらも、頭はフル回転。

 妖怪と関係があったとして、なぜ警察が動く? が、白昼堂々妖怪が暴れれば、通報を受けるのはやはり警察か消防しかないか。とにかくここは、状況報告しかあるまい。

「但馬守」印籠フォンを耳に当てる。「駅前ロータリーが立ち入り禁止になっていて、赤塚信金に接近が難しいわ。警察が動いているみたいだけど、そちらでなにか情報は得ている?」

「警察が?」但馬守が、首を傾げたような声をあげる。「わかった。とりあえず部室に集合しよう。こっちには水戸も来ているから、すぐに学校にもどってくれ」



 あづちが部室に駆け込んだとき、但馬守とキナ子はパソコンの画面を必死にのぞきこんでいた。

 二人はあづちが入っていくと、一瞬だけこちらを振り返ったが、すぐに画面に集中してしまう。

「どうしたの?」二人の間からパソコンをのぞきこむと、そこにはびっしり並んだ文字のかたまりが動いていて、どうやら大勢の人間が高速で書き込みを行っているチャットルームのようだった。

「これは?」あづちの問いに、但馬守がすばやく答える。

「こいつは、ヴォイス・コンバーターというソフトで、人間の声を文字にして記録するソフトウェアだ。いま警察無線を傍受し、テキストに全部変換して記録している。その上で、おれたちに関係ありそうな語彙を検索しているところだ」

「警察無線?」あづちは、片眉を吊り上げた。「暗号化されてるでしょ」

「されてるね」但馬守はこともなげに答える。つまり、暗号を解読して盗聴しているということだ。

 あづちはそれ以上突っ込まず、ピックアップされた文字列に目を通した。

 それによると、本日十四時四十七分、赤塚信用金庫に銃器を持った複数の容疑者が押し入り、行員を含む二十数人の人質をとって、現在立てこもり中との通報があり。赤塚署は付近駅前ロータリーを含む一角を立ち入り禁止とし、現在犯人グループと交渉に入れるよう準備を整えている。とのこと。

「これ、赤穂くんたちと関係あるの?」あづちは誰にともなくたずねる。

「分からんが、赤穂と黒田の印籠フォンが、赤塚信用金庫の中にあることは間違いない。とすると、銀行強盗に巻き込まれたとみるのが正しいだろう」

「さっき言ってた妖怪の反応は?」

「いまはない。あるいは、妖怪に操られた人間たちが強盗を働いているのかもしれない。それで反応が一瞬だけ、出たと」

 パソコン画面では、さっきからずっと、ひっきりなしに傍受された警察無線の音声が文字に変換され、高速で表示された文章がつぎつぎとスクロールしていっている。そのうちの、われわれに関係ありと判断された文字列が別ウィンドウに集められ、整理保存されている。

「なにか、動きがあったみたいですよ」キナ子が口をはさむ。ウィンドウに新たな文字列が流れ込んでくる。

「要求が来たみたいだな」但馬守が顎をこする。「夕食の要求だ。十八時に、人質二十三人分のカツ丼をもってこい、とのことらしい」

「カツ丼って……」キナ子が舌打ちする。「取調室じゃないんだから」

「カツ丼二十三個って、オーダーになってるわね」あづちは首を傾げる。「犯人は、食べないのかしら」

「取調室では、犯人がカツ丼ですよね」

「いや、そこじゃなくて」あづちは小さく突っ込む。「犯人の分もオーダーがあれば、犯人の人数がわかったから」

「なるほど」キナ子は腕組みして大きくうなずく。「しかし、不思議ですね。中に赤穂くんたちがいるなら、銀行強盗なんてチャチャッと片づけてしまいそうなもんですが」

「そういうわけにも、いかないでしょう」あづちは肩をすくめる。「あたしたちは妖怪退治のスペシャル・チームであるわけだから、おいそれと人間相手に剣豪チェンジすることはできないわ」

「そこは、出会いがしらでチェンジしちゃうんですよ」キナ子は大真面目な顔で言う。「いきなり変身しちゃえば、中の人が誰だったかなんて、みんな覚えてませんって。あ、あるいは、そこのタイミングを外しちゃって、剣豪チェンジできないのかも知れないですね。いまさらチェンジできねえな、的な展開になっているのかも」

「うーん、それ、有り得るなぁ」但馬守が顎をこする。「あの二人じゃなぁ」

「どうします? 但馬守」いつもより真面目な口調できいてみる。「外から助けに行きますか?」

「うーん」但馬守はあごをこすった。「果たして妖怪がからんでいるのか。それともただの銀行強盗なのか。そして赤穂たちの状況もわからない。わからないことだらけだな。ここは少し事件の推移を観察してみるか。とりあえず、教務室に行って、遅くまで教室に残る許可をとってくるわ」

 但馬守がドアの方へ歩き出したあたりで、パソコンが「ピン」という音を立てて、モニターに新しいウィンドウが開く。何かのキーワードが引っかかったらしく、つい十秒ほど前のログが表示された。

「犯人からの要求が来たみたいですね」画面に目を走らせたキナ子が首をかしげる。「なんでしょう、これ? これが、要求なのかな? 桃山さん、知ってます? 赤塚神社って。そこに保存されている、人魚のミイラですって。なんだろうそれ」

「赤塚神社の人魚のミイラ」あづちは首をひねる。「なにそれ」

 が、ドアの辺りでバンっ!という激しい音が廊下まで響いて、あづちとキナ子は振り返った。但馬守が激しくドアを叩きつけて、もどってきていた。速足でパソコンのディスプレイに取りついた彼は、がっしとディスプレイの縁をつかむと、画面の表示を恐ろしい目で睨みつけた。顔からは血の気が引いて、蒼白になっている。目だけがぎらぎらと光り、食い入るように警察無線のログを目で追っていた。

「『人魚のミイラ』だとぅ?」喉から軋るような声が漏れている。「『三種の魔器』じゃねえか。ということは、やつらが動いているのか? 妖怪三獣士がっ!」








                                   つづく


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