scene6 ゲーム機です

 赤穂士郎は、混乱していた。

 まずは上級妖怪を自称するアミキリの登場。そして衆人環視のなかで剣豪チェンジした黒田。さらには、その黒田が一瞬でアミキリに倒されたこと。いまも黒田はこめかみから血を垂らして冷たい床の上に倒れている。その安否も気になるところだ。タフな黒田のことだから、死んではいないとは思うが。

 そして、アミキリが臣従していると思しき、ショウという男。外見は人間だが、中身はどうなのだろう? 彼はさきほど、指を弾く動作ひとつで遠くの書類ケースを破壊した。その衝撃力は、銃弾を凌ぐほどのものであった。さらに、銃を持った迷彩服の男たちをヒトガタと呼んでいた。いま人質に銃をつきつけ、一人ひとり身体検査をしながら所持している携帯電話等の通信端末を没収する作業を遂行しているのは、ヒトガタの二号と三号。こいつらの正体は、なにかの術をかけられた紙の人形である。つまり、陰陽道や道教の秘儀によって作り出された、式神の一種だと思う。とすると、そういった魔術を扱える人間あるいは妖怪が敵側にいることになる。が、ショウもアミキリも、失われたヒトガタ一号を復活させようとしないところを見ると、それはこいつら以外のだれかということになるのか。

 そもそもこの妖怪チームはなんなんだ? なぜ剣豪戦隊ブゲイジャーの存在を知っている。妖怪は妖怪どうしでコミュニケーションや情報交換しているということか。

「おい、つぎはおまえだ」

 士郎はサブマシンガンの銃口を向けられて、両手をあげた。

 人型二号だか三号だかが手を伸ばし、士郎のポケットを探る。変なところをまさぐられたくないので、ズボンのポケットは空にしてある。ヒトガタは制服のブレザーのポケットから印籠フォンを取り出して没収すると、足元のカゴに放り込んだ。さらに士郎のスポーツバッグを探り、入っていた携帯ゲーム機をみつける。

「これは、なんだ?」

「ゲーム機です」

 素直に答えると、「そうか」といってバッグにもどし、そのままバッグごと返してきた。士郎は密かにほっと息をついて、列の先頭から、通信端末没収済みの人質集団へと合流して壁際に立った。

 携帯ゲーム機は没収されなかった。こいつがネットに繋がることをトヒガタは知らないらしい。さらに、絶対に奪われたくないツバチェンジャーは、スニーカーの中に隠してある。とにかく、隙をみて但馬守に連絡、外からの救援を待って戦うしかないだろう。それが士郎の出した結論だった。

 壁際に集められた人質たちは、十人ほど。イスに腰を下ろした妊婦やお年寄りもいるが、立っている人も多い。まだ没収の列に並んでいる信用金庫の従業員を合わせると、全員で二十四人。結構な数だ。

 士郎が一番奥の壁際に背中をあずけると、あのゴスロリ少女が近づいてきた。

「お友達、だいじょうぶかしら?」

 黒田のことを言っているのだろう。

「たぶん、だいじょうぶだと思うけど」

「あの人、変身したわね。お友達のあなたも、変身できるの?」

「いいえ。あいつは変身ヒーローだけど、おれはちがう」士郎はとぼけた。「いうなれば、おれは、変身ヒーローの、『よき理解者』、かな」自分で言って、自分でちょっと笑ってしまった。「おれは、赤穂士郎。きみは?」

「あたしは、ユリア」ぼそっと、彼女は答える。「あたしたち、助かるかしら?」

「きっと、助かるよ」士郎は安心させようとしたが、かといってブゲイジャーのことをここで詳しく話すわけにもいかない。「安心していい」

 通信機器没収の列が進み、信用金庫の従業員の番が回ってきていた。先頭の青木さんがスマートフォンを没収されてこちらに歩いてくる。士郎は妖怪たちにばれない様にそっと目配せして、自分の前のイスに座るよう、目で合図した。青木さんは、ほんの一ミリほど頭を縦に振って、士郎の前のイスへ、こちらに背を向けて腰を下ろした。士郎は疲れた振りをして腰を下ろし、ヒトガタたちの死角から青木さんに低い声でそっと囁きかけた。

「すこしの間、壁になっていてください」

 士郎は素早くカバンから気づかれないようにゲーム機を取り出すと、赤塚信用金庫のワイファイに繋ぎ、小声で青木さんに尋ねたパスワードを入力すると、インターネツト・ブラウザを立ち上げた。

 よし、つながった。が、このゲーム機から誰かの印籠フォンへメッセージを送るのは、かなり手間がかかる。よって、そのまま古武道研究会のフェイスブックに繋ぎ、現在の状況を手早く書き込んだ。そう、あの、誰も何もアップしない、誰ひとり見ていない、あの古武道研究会のフェイスブックだ。


『赤塚信用金庫が妖怪にジャックされた。アミキリとショウ。ヒトガタ四体。人質二十四人』 赤穂士郎


 本当はもう少し詳しく状況を書き込みたかったが、すでに携帯電話没収の列は終わり、人質全員が壁際に集められ始めている。ヒトガタの視線もこちらへ向くことが多くなってきた。士郎はゲーム機をしまい、妖怪たちの様子を観察する。

 一人死んだヒトガタは、残り四人。銃を携えて人質を囲むように立っているが、銃口が人質に向いているわけでもない。命令待ちの状態だ。

 アミキリは再びマントとフードで身体を覆い、妖怪の異様な姿を隠していた。

 そして、ショウは、鼻歌を歌いながらカウンターの上に腰をおろし、長い脚を組んで人質たちを楽しそうに見下ろしている。が、壁の時計を一度確認すると立ち上がり、ヒトガタたちと人質全員に向けて指示を与えだした。

 最初に命じられたのが、副支店長による警察への通報。この信用金庫が強盗にジャックされていること。人質が二十四人いること、犯人グループは銃器を持っていることを、固定電話で通報させられた。つぎにやらされたのが、なんと自己紹介。黒田をのぞく人質二十三人全員が名前と年齢を聞かれる。

「で、きみさ」最後にショウは士郎のことを指さして立ち上がらせ、フロアの中央で倒れている黒田を顎でしゃくった。「彼の友達だよね。彼の名前は?」

「あ、はい、黒田武史です」

「同級生?」

「クラスはちがいます」

「オーケー」ショウは座っていいよと手で合図する。「じゃあ、人質は、実質いないも同然の黒田くんを抜かした二十三人ということでいいね」

 ブゲイジャーのことを聞かれるかと思って身構えていた士郎は、そっと息をつきながら、油断なく壁際へ腰を下ろす。

「じゃ、まずは、人質のみなさん」ショウはにこやかに全員を見渡した。「まずは順番にトイレにいきましょう。二人ずつね。で、食事は警察が到着してから。なにか食べたいものがあったら、言いに来てくれ。おれがおごるからさ」

 と、現金の詰まったキャリーバッグをぽんと叩いた。



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