エピソード5「妖怪三獣士」
scene1 ネームド
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「おーう、集まってるか」
特に召集をかけた訳でもないくせに、そんなことを言って部室に田島先生が入ってきたのが、水曜日の放課後だった。天然パーマの頭に、よれよれの白衣。裾の擦り切れたスラックスと、ぼろいサンダル。これじゃあ女子にモテないのも無理はないなぁと、赤穂士郎はいつも思う。体格はいいのだが。
水曜日は古武道研究会の活動日で、しかも典善先生が指導に来てくれる日なので、メンバー全員、稽古の準備をしてこれから武道場へ向かおうかと思っていたところだ。
本日は、典善先生の指導の、記念すべき二回目。前回素振りを教わったので、今日から型に入るという話で、すっかり黒田武史は興奮してしまっているし、桃山あづちもすこし緊張した面持ちである。あづち、いわく、「型稽古ってものは、やったことないから」とのことらしい。
ちなみに士郎を含めた黒田、桃山の三人はジャージ姿、水戸
「待たせたな、やっと届いたよ」田島先生は脇に抱えていた細長いダンボール箱を士郎がゲーム雑誌を広げていたテーブルの上に、ドンと置く。
「ちょっ、と」と慌てて雑誌を避難させる士郎。ダンボール箱は、巨大なカレンダー・ケースに見えなくもない。長さは一メートルほど。宅配便の伝票が貼られたままの箱のガムテープをばりばり剥がしながら、田島先生は「おい、黒田、おまえのだぞ」と嬉しげに声をかける。
「なんでしょうか」と訳がわからず構えていた木刀を納めて黒田がやってくる。部室内での素振りが禁止されたので、最近の黒田はもっぱら、窓ガラスの前でカッコいい構えの練習をしていることが多い。「あれ? もしやっ!」
途中で気づいたらしい黒田は、ジャンプでテーブルに駆け寄ってきた。
「そら、こいつだぞ」田島先生は、得意顔でダンボールの蓋を取る。中にはダンボールと同じサイズの白い木箱。表に「武芸刀」と墨書されている。
「居合刀か?」士郎が横からのぞきこむ。
「ちがうよ」お笑い芸人みたいな突っ込みのジェスチャーをしたあとで、田島先生はおもむろに紐をほどいて、木箱の蓋をとった。
中にはビニールパッキンに固定されて、
『銘 風割一文字』と。
「カゼワリ、イチモンジ?」士郎が首を傾げる。
「ブゲイソードだ」田島先生が、箱ごと黒田の方へ押しやる。「ネームドだ。いわゆる銘刀ってやつよ。標準装備としての通常のブゲイソードではなく、手をかけてカスタマイズされた専用の、プレミアムなブゲイソードだ。注文していたものが、やっと届いた。こいつは、黒田専用のネームド・ブゲイソード、『風割一文字』だ」
「あ、ありがとうございますっ!」黒田は震える手で箱を撫でながら、中に納まった刀剣を涙にうるんだ瞳で見つめている。
「つーか、ブゲイジャーの装備って、宅配便で送られてくるんですか? しかも学校に」
士郎が冷静に突っ込むと、田島先生も冷静に返す。
「だっておれの家に送られても困るだろう。持ってくるの、重いし」
「でもこのブゲイソードって、銃刀法に触れないんですか?」
「おい、赤穂、勘弁してくれよ」田島先生は呆れたように肩をすくめる。「銃刀法に触れもしないような玩具で、妖怪が倒せるか? そんなわけないだろ? 強力な妖怪を殲滅しようと思ったら、それ以上に強力な武器が必要になる。ブゲイソードもガラシャ・ガーランドも銃刀法には触れるよ。思いっ切りレッドゾーンだよ。だから妖怪に効果がある。だから国家機密なんだ。おい、黒田。そういう事情だから、そのブゲイソード、クラスのみんなに見せびらかしたりするなよ」
「御意」変な言葉で重々しくうなずいた黒田が、うやうやしく白鞘の刀を箱から取り出し、ゆっくりと鞘を放つ。
優美に反った刀身が、するりと鞘の中から姿を現す。のたるような波紋、きりっと真っ直ぐに走る鎬、楔型を思わせる切っ先部のエッジ。光にかざすと、霜が降りたような地肌が映え、刀身が決してツルツルの金属面になっていないのがわかる。
横で見ていた士郎は、「ほうっ」とため息をついた。いつ見ても日本刀は美しい。こんなに美しい姿をした刀剣は、他にはないんではないかと思う。そしてこの風割一文字は、その姿といい地肌といい、士郎が装備している無銘のブゲイソードとは一線を画していた。
「黒田、あとでちゃんと印籠フォンから、設定変更しておけよ。今使っているブゲイソードは予備として持ってていいから、風割一文字をメインウェポンとして登録しておけ。でないと、剣豪チェンジしたら、前のブゲイソードが装備された状態で変身しちまうかなら」
「わかりました」と上の空で答えた黒田は、新しいブゲイソードをかざして眺めていたが、やがて手重りを試すために柄を両手で握り、やおらそれを振り上げた。
「だから、部室で素振りはやめろっての!」士郎は叫ぶ。「しかも、今度は真剣かよっ」
テレビの時代劇などで、剣術道場の稽古場面になると、必ず「うぉーっ」とか叫びながら、大勢がめちゃくちゃに木刀で殴り合っているシーンがおなじみだが、あれはまったくの嘘なのだそうだ。むかしの剣術の稽古は、ああいった現代柔道の乱取り風な殴り合いではなく、静謐な型稽古であったのだと典善先生に教えられた。
部室に残された古武道研究会の遺産にはなかった
まずは、典善先生と黒田、キナ子とあづち姫という組み合わせで、稽古することになる。
二人一組。片方が指導する立場の打ち太刀、もう片方が教えられる側の仕太刀。この打ち太刀、仕太刀という関係は、いわゆる漫才で言うところの、ボケとツッコミであり、ボケがぼけて、ツッコミが突っ込むが如く、打ち太刀が打っていって、仕太刀が応じるのである。
互いに向かい合って正座し、袋撓の太刀先を向かい合わせて置き、親指をついて浅く一礼する。両者立ち上がり、打ち太刀正眼につけ、仕太刀は
「仕太刀は車」というのは構えのことであって、左足を前にした一重身にとって太刀を下段におく。打ち太刀がこちらの左肩を斬ってきたら、後にある右足を踏み出して、入れ違いに斬るのである。
たったこれだけの型なのに、またもや黒田は変なことを始めて典善先生を困らせていた。
典善先生の説明だと、仕太刀は斬ってくる打ち太刀の柄中、すなわち撓を握った両手を斬るのだが、なぜか黒田は、打ってくる典善先生の袋撓に、自分の袋撓をぶち当てたがって、型が決まらない。典善先生が何度「斬るのは柄中だよ」と言っても従わず、無理やりに撓の刀身に自分の撓をぶち当てようと必死になっている。
「でも、先生、『一刀両断』はガッシウチの一手ですよね。わたしはそう聞きました」
「いまぼくが教えている『一刀両断』は、すごく古い遣い方だから、柄中でいいんだよ。ガッシは、もっとあとの時代の発明だから、ここでは無しだよ」
「でも、わたしの尊敬する柳生延春先生のDVDでは、ここではガッシウチでした」
「ガッシは今度教えるよ。第一いまの遣い方では、ガッシにはならないよ」
合し撃ちと書いてガッシウチと読むのだそうだが、これは相手の斬撃に合わせて斬りかけ、相打ちに見えて相手ばかりが斬られ、自分は無傷という高等技術らしい。典善先生の説明によると、「合し撃ちは新陰流の大事な技術なので、やらずに済ますというわけにはいかないが、ここではまだ教えるのは早いだろう」とのことであった。
「おい、黒田よう」さすがにイラついてきた士郎は、横から口を挟んだ。「とりあえず俺たち初心者なんだからさぁ、先生に言われたとおりにやれよ。いちいち口答えするなって。おまえ、何様のつもりだよ」
「そうよ、黒田くん。いいかげんにしなさい」反対側からもあづち姫が教育的指導を入れてくる。さすがの黒田も、口をむっと引き結んで黙ったが、すぐに典善先生に向き直ると一礼して、「すみませんでした」と頭を下げた。
あづち姫は謝って当然よという顔で鼻を「ふん」と鳴らしてキナ子との型稽古にもどっていったが、士郎は、黒田が素直に謝罪したことに、ちょっと驚いた。自分だったらあそこで素直に引き下がれずに、反論を続けたかもしれない。黒田はセコいところはあるが、案外心は柔軟なのか?と首をかしげた。
「そもそも合し撃ちは、相手の刀にぶち当てる技じゃないよ」やわらかい調子で典善先生は解説を続ける。「相手の太刀を跳ね飛ばしたり、自分の身を守ろうと刀を振り回してもダメなんだ。自分自身の中心軸を切る。この中心軸を斬る太刀筋を新陰流では『
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