scene12 母には敵わない


 翌日の放課後。

 先日と同様、古武道研究会の四人は木刀による素振りをするために集まっていた。本日は典善先生が来ない日であるため、四人だけの自主トレになる。一応三百本の素振りが終わったところで一休みしていたのだが、そこへ桃山あづちの母、伏見が姿を現した。

 前回同様きっちりとスーツを着こなした威厳のある美人は、武道場のドアをくぐると一礼して、スリッパを履いた足で優雅に中に入ってきた。

 大声をあげて切り返し稽古をどたばたとしている剣道部の脇を抜けて、古武道研究会の四人がいる場所までくると、あづちに指で合図して壁際へつれてゆく。

 離れているが、声が聞こえないこともない距離。残された士郎と黒田、キナ子の三人は息を殺して耳を澄ませた。

「お母さん、予備の弾丸のことは、ありがとう。あたし、あの子猫が妖怪だなんて全然気づかなくて……」

「お母さんはこう見えて、子どものころに猫を飼っていたことがあってね」厳しい表情を崩さず伏見は口を開いた。「ひと目見て、あの子猫が異常だときづいたわ。猫ってね、あんなに人間に注目したりしないのよ。あなたもまだまだ、物事を見る目が甘いわね」

 そう言って、ふっと目じりに皺を寄せて笑った。

「お母さん」あづちが母の笑みに流されず、厳しい表情で顔をあげる。「ブゲイジャーのことなんだけど、たしかにとても危険が伴う活動だと思うけど、これだけはどうしても許して欲しいの。あたしだって、伊達や酔狂でやっているわけじゃないわ。真剣に考えて、ちゃんと、いろいろと吟味した上で決断したの。あたしがやるべきことだって。たしかにうちの車は壊しちゃったし、きのうだって銃弾ばら撒いて一般車のボディに穴開けたりもしたけど、でも、これは必要なことだと思うの。あたしはたしかにお母さんに心配かけて、危険なことをしていると思います。でも! この前は十五人以上の幼稚園児の命だって助けたんだよ。そのまえは土蜘蛛に捉えられた小学生たちだって助けたんだから。誰かがやらなきゃならないことなの。だったら! あたしがやりたいの。誰かにやってもらうんじゃなくて、あたし自身の手でやりたいの。これだけは、お願い。やらせて、ください。あたしにブゲイジャーを、ピンクガラシャをやらせて下さい」

 あづちは、深々と頭を下げた。

 黙って娘のことを見下ろす伏見は、しばらく厳しい表情を崩さずにいたが、やがて重々しく口を開いた。

「わかりました。許可しましょう。いいえ、あづち、あたしからお願いするわ。これからもわたしや、わたしの周囲の人たちの生活を守ってください。みんなの幸福と平和を、あなたに託します。お願いね、あづち」

 ぱっと顔をあげたあづちの顔は、幼子のように無邪気な笑みを浮かべていた。

「お母さん……」

 目じりを下げてにっこりと笑う。ああいう笑顔は、母親そっくりだった。

 すこし離れた場所で母娘を眺めていた水戸キナ子が、「母は偉大ですねえ」と小さくつぶやく。

「そうだな」士郎も小さい声でつぶやいた。「そして、おまえの母ちゃんも、偉大だな」

 キナ子はうなずく。

「あたし、母には、まだまだかないません」

「杏さんは、もう姿を現さないのかな。もっといろいろ教えてらいたかったのに」黒田が残念そうな声をもらす。

「遺体を盗むという火車に引かれて、遺体の出なかった母が姿を現したんです。火車がすでに成敗された今となってはもう、母が姿を現すことはないでしょう。きっと、あたしの前にも……」

 桃山伏見が、娘あづちの肩をそっと叩き、ひとこと言葉をかける。

「牧島が言っていましたよ。『姑獲鳥のバスを止めたときの、あづちお嬢様はとても凛々しかったです』と。あなたはあなたらしく、誇りをもって戦いなさい」

 伏見はあづちにうなずくと、すこし離れて見守っている士郎たちに向き直り、深々と頭を下げた。さらに武道場の奥にも向き直ると、そちらにも一礼して立ち去った。

 なんとなく伏見が最後に一礼した方向へ顔を向けた士郎たちは、ちいさくコケた。

 そこには道着に身を包んだ水戸杏が薙刀を肩に担いで立っていたからだ。



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