エピソード4「母、乱入!」

scene1 本物なわけないでしょ


   1


 ザァーっという音を立てて雨が降っている。さっきより少し激しくなったようだ。

 笹目街道沿いにあるアース・セレモニーホールはこの辺りでは唯一の、そして最大の葬儀場である。駐車場も大きく三百台以上が停められるスペースがあるが、平日である今夜はその半分も埋まっていない。がらんとした駐車場には水銀灯がぽつりぽつりと点っている。そんな駐車場の中央に、その車は止まっていた。

 めらめらとオレンジ色の炎を放って燃え上がる一台の黒い車。

 地を這うような低い車高のスーパーカー。吊り上った猫の目のようなヘッドライトが青白い光をビームのように投げかけ、すぐ下で戦闘機みたいな給気口が四角い口をあけている。フロントガラスは濃いサングラスになっていて中はのぞけない。もっとも、のぞけたとしても、そこに運転者の姿があるとは思えなかった。立ち上る炎のなかで、黒いスーパーカーは野太いエンジン音を立てている。

「うわっ、すごーい。ランボルギーニですね」キナ子が素っ頓狂な声をあげる。「カウンタックでしょうか」

「いや、アヴェンタドールだな」士郎は訂正した。「本物なら日本に四台しかないスーパーマシンだ」

「うわっ、すげっ。本物ですかね」キナ子が興奮する。レアものに興奮しているようだ。

「本物なわけないでしょ」あづち姫が呆れたような声をだす。「燃えてるじゃない。これは妖怪『火車』。妖怪が化けているの。本物じゃないわよ」

「しかし、最近の妖怪はランボルギーニに化けるのか」黒田が不服そうな声をたてる。「イタリア車だぞ。化けるなら、国産車にするべきだ」

「まあ、なんにしろ成敗いたしましょう」帯に差した大太刀の柄をぐいと突き出して、キナ子が一歩前に出た。「また死体を盗まれたら、やっかいですから」

 キナ子の戦闘態勢に反応したように、ランボルギーニが吠えるようなエンジン音をあげた。後輪が水煙を跳ね上げ、車体が撃ちだされた砲弾のように急発進する。

 キナ子が一瞬抜刀しかけ、間に合わないと判断して横っ跳びに逃れる。一番右にいたレッドムサシが上に跳躍し、隣にいたブラックジュウベエが横に飛んだため、ふたりは空中で絡まって落下する。

「わぷっ」

「ちょっ、このアホ」

 無様に落ちたムサシとジュウベエだが、火車の突進が早すぎたため、二人はランボルギーニに轢かれることなく、高速で駆け抜けるスーパーカーの屋根に弾かれて、雨に塗れる地面の上に投げ出される。

「ちょっと、なにやってんのよ」ピンクガラシャがガーランドを膝撃ちの姿勢で構えながら地上でまだ絡まっている二人を叱責する。事実、ガラシャとジンスケはきれいに横に跳んで火車の正面から離脱していた。

 水しぶきをあげて走り抜けていった火車が、駐車場の奥で赤いブレーキランプを光らせて急減速し、そこから勢いを殺さずにスピンターンしてこちらへヘッドライトの青い光を投げてくる。

 ガラシャは銃口をあげると狙いを定め、火車の黒いフロントガラスに銃弾を撃ち込んだ。

 亜音速で走った緑色の光弾は、狙い過たず火車のフロントガラスに命中したが、低い車高と鋭角的なボディによって跳弾し、妖怪の身体にダメージを与えることなく後方へ弾け飛んで行った。

「くそっ」ちいさく毒づきながら、ガラシャは再度トリガーを引く。二発、三発と射撃するが、そのすべてがランボルギーニのボディに疵をつけることなく、銃弾を弾いてしまう。レーシングカーみたいなエンジン音を響かせて突進してくるランボルギーニに対して、ピンクガラシャの隣で大太刀の柄に手をかけ、居合抜きの体勢で控えていたイエロージンスケは、ガラシャを守るように前に出るが、猛烈な速度で突進しくてるランボルギーニに対して抜刀を再びためらい、後方のガラシャが離脱するのに合わせて、火車の正面から横に跳躍して自身も逃れる。

「無理すんな、キナ子」やっと立ち上がったレッドムサシが、ブラックジュウベエを引き連れて合流してくる。「抜き打ちを当てても、あのスピードじゃあ跳ね飛ばされるぞ」

「しかし、速すぎて、側面や背後からは斬れないだろう」あたりまえのことをジュウベエが言う。

 走り抜けたランボルギーニは車列を抜けてつぎの角を高速で旋回し、さらにエンジン音を高めて加速する。逃げる気はないようだ。吠えるようなエンジン音が駐車場を大きく一周して、再びムサシたちのいる走路に入ってくる。青いライトの光芒が、闇を裂く。

 距離は五十メートル弱。この間合いだと、最高性能のスポーツカーなら、ボクサーのパンチなみの速度で迫ってくることになる。青い光芒が、ブゲイジャーたちの姿を雨滴とともに浮かび上がらせる。一時停止したランボルギーニは、一瞬の溜めのあと、吠えるようなエンジン音をあげてフル加速を開始した。

「あたしがやるわ」ピンクガラシャが、大型のカービン銃ガラシャ・ガーランドの弾倉を交換しながらふたたび膝撃ちの姿勢をとった。突進してくるランボルギーニのフロントに銃口を向ける。

「任せた」

 レッドムサシたちはすばやく左右に散る。

「今度の弾は特別よ」ガラシャはフロントサイトでランボルギーニのノーズをポイントしてトリガーに指をかける。「ガラシャ・ガーランド、マグナム・モード!」

 腹に響くような銃声をあげて、赤色の光弾が走る。突進してくるランボルギーニのボンネットを削った赤色弾は、そのままフロントガラスに突き刺さり、斜めに歪んだ蜘蛛の巣状のヒビを入れた。

「ふぎゃぁぁぁぁぁぁー!」

 ケダモノのような叫びをあげてランボルギーニがスピンする。半回転して停止したスーパーカーは一瞬、そのボディを包むオレンジ色の炎を激しく立ち上らせると、まるでそれが目くらましであったかのように、忽然と姿を消した。

「やったか?」

 ガラシャの隣に素早く駆け寄ったジュウベエが、ランボルギーニの居た辺りを見回す。

「いいえ」ガラシャは首を横に振った。「逃げられたみたいね。でも、つぎは必ず仕留めるわ」



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