scene14 始動

 アプリケーションが起動し、パソコン画面に学校周辺の地図が無事表示された瞬間、脇からのぞきこんでいた三人が「おー」という感嘆の声を上げて小さく拍手した。

「へっへっへっ、これが妖怪サーチャーよ」パソコンの前に座った田島先生が自慢げに士郎たち三人を振り返る。「こいつが起動していれば、この周辺に妖怪が出現すると画面の地図上に表示され、誤差数メートル以内で位置を掴むことが出来るんだ。そのデータは印籠フォンに転送することができる。ま、そこは分かってるだろうけど」

「いまは反応ないんですか?」

「ああ」士郎の問いにうなずいた田島先生は、いくつかのキーを叩いて検索をかける。「いま現在アクティブな妖怪はこの周辺にはいない。あいつらは霧みたいに不活性化している状態だと、ほぼ発見不能なんだ。だから強いエネルギーを放つ強活動状態に移行してくれないと、残念ながらこの妖怪サーチャーでは探知できない」

「ほおお」

 妖怪を探知できないという答えにも感心してうなずく士郎。

 ここは、新たに活動再開した古武道研究会の部室。使用許可はすでに教頭から下りているので、さっそく田島先生がパソコンを運び込み、機密アプリケーション『妖怪サーチャー』を起動させたところだ。

「これ、妖怪の反応自体は、どの回線をつかって捉えているんですか?」あづち姫がなんか変に的確な質問をする。やはり優等生はちがう。「衛星からの画像解析とかじゃないですよね?」

「いくらなんでも人工衛星ってことはないなぁ」田島先生は笑いながら、地図画像をあちこち移動している。「この時代で使えるネットワークっていうとやはり携帯電話の基地局しかないだろう。あそこに別バンドの電波を流し込んで、勝手に流用させてもらっているんだ。で、干渉波として返ってきたレスポンスから妖怪の位置を割り出している。仕組みは意外と簡単なんだが、たったそれだけで妖怪の位置を検索できるという優れものさ」

 田島先生は、大きな動作で腕組みすると、満足げにうなずいた。

「とにかく秘密の活動が多いから、こういう部室みたいな場所があると、ほんと助かるよな」士郎は嬉しそうに周囲を見回した。「おれ、昼休みはここで昼寝してようかな」

「なんにしろ、赤穂、黒田、桃山、部室の手配ご苦労だった。これでブゲイジャーの活動も一歩前進だ。これからもよろしくたのむ」

 立ち上がった田島先生は、ポケットから出した鍵をあづち姫に渡す。

「部室の鍵は桃山が管理してくれ。合鍵は教務室とおれが持っているが、部外者はとにかく入れないように。帰りにはきちんと施錠してってくれよ。なにしろ『妖怪サーチャー』は国家機密だからな。あと、妖怪反応があったら教えてくれ。おれはこれで職員室にもどるから、あとはたのむ」

「わかりました」あづち姫がきちんとお辞儀して、田島先生を送り出した。

「いやしかし、いいねえ、部室」士郎は窓に寄って外の景色を眺める。ここは三階の教室なので校庭をまるまる見下ろすことができる。

「一応古武道研究会なんだから、木刀を何本か集めよう」黒田が妙に嬉しそうに提案してくる。サムライオタクはきっと、木刀とか居合刀とかが大好きなんだろう。

「ちょっと、赤穂くん、これ」あづち姫が手に持った部室の鍵を投げてよこした。「ちゃんと鍵かけて帰ってね。あたし、今日はこれから用事あるから」

「え? 鍵はあづち姫が管理してくれって、田島先生が言ってたじゃないかよ」

「平気よ。で、そのカギ、合鍵をふたつ作って、あんたと黒田くんで持ってなさいよ。そうじゃないと、不便でしょうがないわ。あと、印籠フォンのアプリに『妖怪警報』ってのが入ってて、それをこのアプリケーションと連動させれば、妖怪出現を知らせてくれると思うわ。だから、ずうーっとここに詰めている必要ないからね」

「ああ、そう」士郎は納得したような納得しないような顔でうなずく。「でも、合鍵は危なくないか? だってこの妖怪サーチャーは、国家機密だって言ってたぜ」

「バッカ馬鹿しい」あづち姫は大げさに肩をすくめて見せた。「だれもそんなもん盗まないわよ。妖怪探すしか能がないアプリケーションなんて何の役に立つのよ。それに、あんたたち気づいた? 但馬守が口を滑らせたこと」

「は? なんのことだよ」

「もう、これだから……」あづち姫はイラついた声をあげて眉間に皺を寄せた。「あんたたち、疑問に思わないの? ブゲイジャーの装備とか、印籠フォンとか。こんなオーバーテクノロジーがどこから来たかってこと。そして妖怪ってなに? いつからいたの? なんで誅殺しなくちゃならないの? そんなこと考えたこともない?」

「いや、不思議だなぁとは思うけどさ」士郎はもごもごと口ごもって黒田へ視線を送るが、腕組みして口を引き結んだブラックは、士郎の助太刀をしてくれる気は全くないようだった。

「とにかく」ふいにあづち姫が声をひそめた。低く囁くような声で続ける。「油断しないで。そして、但馬守を信用しきらないことよ」

 それだけ言うと、くるりと背中を見せて部室から出て行ってしまった。

 士郎は黒田と目を合わせて、大袈裟な動作で肩をすくめて見せたが、相棒は無言でうつむくだけだった。





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