scene13 正体

「こっちもあとは、最後の『カラミティー・ブレイク』が一発しかないわ。ぎりぎりまで引きつけて使うから、それまで通常弾で狙撃する。あなたたちもタイミングを合わせてソードの攻撃を挟んでちょうだい」

 マグナム弾発射の反動に激しく身体をのけぞらせながら、ガラシャが早口にまくしたてる。

「こんな硬いやつ、本当に倒せるのかよ」ムサシが吐き捨てるようにつぶやくが、ジュウベエが、「集中しろ」と低くたしなめる。

 ガラシャがマグナム五発を撃ちきった段階で、距離は三メートル。たった三メートルの距離で身長四メートルの塗壁の巨体は圧倒的だが、ガラシャは一歩たりとも退く気配すらみせず、銃床を肩にあてた長銃の狙いを一点に定め、トリガーを引く。マグナム弾より軽い通常弾をセミオートで連射し、リズミカルに着弾を集めていく。合間に左右から、ムサシとジュウベエがそれぞれ左右からの袈裟切りを浴びせ、攻撃を加えるが塗壁の前進は止まらない。本当に止められるのか、この巨大な壁を。この壁に突き当たったブゲイジャーは、このまま押し切られてしまうのか。疑念が心をよぎるが、いまは集中するしかない。

 二メートル、一メートル。塗壁が前進する。五十センチ、三十センチ。

「決めるわよ!」ガラシャが叫んで、目の前の塗壁の腹にガラシャ・ガーランドの銃口を突きつけた。

「ガラシャ・ガーランド、カラミティー・ブレイク! ゼロ距離モード!」

 ぱっとバック転を決めたムサシとジュウベエがガラシャの背後に立って両肩を後ろから支える。

「くらえぇい!」

 ガラシャがトリガーを引き、巨大な銃弾が目の前で炸裂した。発射の反動でガラシャたち三人が後ろへノックバックする。と、同時に塗壁の巨体が、後ろへ下がり、たたらを踏むように腰が砕け、巨大な体が尻もちをついた。腹の中央からぴきりという音を立てて、全身へ細かいヒビが走る。すかさずムサシが飛び込んで、ヒビの中央に一太刀浴びせた。

 どぉぉぉん!という、巨大なガラスの壁が崩壊するような衝撃音を放って、一瞬のうちに塗壁の巨体が雪崩をうつように流れ落ちた。

「きしゃぁぁぁぁぁーー!」

 数メートル前方で、獣の叫び声が響き、突然に姿を現した妖怪が額を押さえて苦しんでいる。

 焦げ茶色の毛皮に身を包んだ小柄な妖怪は、身長一メートルそこそこ。簡単な具足に身をつつみ、腰帯には短い刀を差し、丸い耳と小さい牙をもち、目の周りだけ毛色が黒かった。

「狸か?」

 ムサシが首をかしげる。

「ああぁぁぁぁっっ!」額を両手で押さえた狸の妖怪は、憎悪に燃える目でガラシャを睨みながら、「よくも、よくもぉ、おれの目をぉぉ」と怨念のこもった声音を絞り出す。

 額を押さえた狸の指の間からは血が滴り、ゆっくりと手を離してさらされた傷口には、ばっくりと割れて失われた第三の目の、裂けて潰れた痕跡が残っていた。

「なるほどね」ガラシャは、放熱パーツを展開して蒸気を放っているガーランドを肩に担ぐと、納得したようにうなずいた。「あんたが、塗壁の正体ってわけか。その額の目の力によって作り出された障壁、絶対破壊不能のバリアこそが、塗壁というわけだ」

「きさまらぁ、許さんぞぉぉぉ」狸の妖怪は、腰の刀を抜き放つ。

「それはこっちのセリフよ」ガラシャは銃弾の尽きたガーランドを構え直し、銃身に装着された銃剣をがしゃりと使用状態にした。「いくわよ、みんな」

「おう」ジュウベエがブゲイソードを八双に構える。

「成敗!」ムサシが突き出した親指をぐっと下に向けるや否や飛び出した。

 突進するムサシの剣に、打ち合わせようと狸が抜き放った刀を振るが、ムサシは付き合わず地面に飛び込み前転。

 後ろに控えていたジュウベエが「え!」と驚きつつも、阿吽の呼吸で入れ違いに狸の胸を切り裂く。

「ぎゃぁぁ!」と悲鳴と血煙をあげた狸へ、トドメとばかりに踏み込んだガラシャがナギナタ・モードのガーランドを揮って斜め下から狸の胴体を斬りあげる。

「ごふっ!」と血を吐いて咳き込む化け狸の胸に刃を埋めたまま、ガラシャが問う。

「あんた、なんで、車を破壊したの?」

「車を破壊?」化け狸は口元を歪める。「知らないね。おれは三百年前から毎晩、この寺の裏山から下の用水路まで水を飲みに下って行っていただけさ。ただ最近、急に強い力を得ただけでね。見えない壁を作り出せるようになった、それだけさ」

 ガラシャは無言で、ナギナタ・モードのガーランドを振り抜いた。

 血しぶきを上げながら、きりりと半回転した狸の胴体に、立ち上がって踏み込んだムサシが袈裟からの一刀をお見舞いした。

「ああぁーっ」

 断末魔の叫びを上げて、肩から脇腹まで斬り裂かれた狸は仰向けに倒れ、そのまま細かい光の砕片となって砕け散った。

 トドメを刺したムサシは、無言で刀を血ぶるいすると、するりと鞘に納める。

「壁を失くした塗壁なんて、所詮はこんなもんか」

 ガーランドのナギナタ・モードを矛伏せに構えたガラシャが、消滅する狸の妖怪の光る砕片を眺めながら、ぽつりとつぶやく。

「塗壁をつくっていた今の狸の妖怪。本当に殺さなきゃならないほど、悪いやつだったのかな?」

「当たり前だろ」ムサシがすかさず答える。「事故で何人もの犠牲者が出てるんだ」

「そうだ」ジュウベエが背中を向けたまま、つぶやくように言う。「妖怪を滅するのが、われらブゲイジャーの使命だ。感傷は不要だ」

 ガラシャは答えなかった。

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