エピソード2「激突! 立ちはだかる壁」
scene1 事故
1
駅前を走るので、通称「駅前街道」。
駅前街道は東西に走っていて、東上線とは並行している。この駅前街道が東京外環自動車道を越える辺りでちょっと下り坂になっており、信号のちょっと先、児童公園があるあたりで、自動車事故が起きていた。ついさっきのことらしい。
警察車両が二台止まり、制服警官が実況見分の最中。黄色いテープは貼られていないが、雰囲気的に立ち入り禁止だ。何人かの野次馬が見物しているが、朝の時間帯で、ほとんどの人が駅へ急いでいるため、興味深げに事故現場を覗きこみながら、足早に去ってゆく。
現場は、細かいガラスの破片が道路に飛び散り、フロントをぐしゃぐしゃに潰した黄色いタクシーが道路の真ん中に見捨てられたように放置されている。
タクシーのフロントは何かに激突したように激しく破損しているが、何にぶつかったかは不明。運転手はすでに救急車で搬送されたあとであり、ストレッチャーに乗せられる段階で意識がはっきりしていたから命には別条ない模様。
道路は児童公園と低層マンションの駐車場に挟まれた見通しのいい場所。ただ一台だけ大破して片側車線をふさいだ事故車を避けて通るため、いまは警察官が交通整理をして車両を交互に通行させている。
赤穂士郎はすこし離れた場所に通学用のママチャリを止め、腕組みしながら事故現場を睨みつけていた。
「よお、赤穂。ずいぶん早いな」背後の歩道でタイヤを軋らせながら停止した自転車の上から黒田武史が声をかけた。
武史の乗った自転車は、大学の自転車部が使う競技用車両みたいなハンドルがくねっとドロップしたロード車で、乗っている当人も手にグラブを嵌め、頭には自転車用ヘルメットを被っている。一見して、ツールドフランスにでも出る気かよという出で立ちだ。
士郎は武史のその装束を頭の上から足の先まで見回した上で、言葉を返した。
「あのよ、黒田。おれがゲーマーだからって毎朝遅くて遅刻ぎりぎりに教室に飛び込んでいるって思ってんなら、それは偏見ってもんだぜ。たしかに朝は弱いけどさ」
「なんだ、そうなのか」興味なさそうなリアクションを返して、武史は自転車から降りると、士郎の隣に立った。「派手な事故だな。このタクシー、何にぶつかったんだ?」
「わかんね」士郎は肩をすくめた。「ママチャリで歩道を走ってたら、後ろで、どでかい衝突音がしてさ。ばぁーんって凄い音だった。すぐに事故だってわかって振り返ったが、このタクシーがぶつかった相手はいなかった。正面衝突したみたいな壊れ方してるけど、おれが振り返ったときには周囲に車はおろか、猫の子いっぴきいなかったぜ。見ていた人の話だと、なんか見えない壁に衝突したみたいだったとよ。見えない壁だぜ」
「見えない壁?」黒田は眉をしかめた。「妖怪っぽいな」
「なにを思い出す? 天狗の隠れ蓑か? はたまた巨大なだいだらぼっち?」分かっていて士郎はわざと違う例をあげる。
黒田は小さく肩をすくめて答える。
「そりゃ、やっぱ
「だよな。しかも朝っぱらから堂々と」
士郎は見えない敵を探すように、左右に視線を泳がせる。
腕組みした黒田は、唇を噛んで一歩前に出て、おなじように左右を見渡すが、見えない壁、すなわち塗壁の姿はもちろんその影さえ捉えられない。
「この近くにはもういないみたいだな」黒田はガードレールに立てかけてあるロード車のところにもどった。「ぐずぐずしていると遅刻するぞ。このことは一応田島先生に報告しておこう。もし妖怪だとすると、放ってはおけない」
「ああ、確かにな」うなずいた士郎もママチャリのところにもどる。「きのう陽介たちからも見えない壁の噂は聞かされてるんだ。これと似たような事故がこのあたりですでに三件、起きているらしい。なんにしろ授業が終わったら調べてみる必要がありそうだ」
二人はならんで自転車をゆっくりと走らせ始めた。なんとなく気の重い一日の始まりだった。
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