俺、ストーカーやってます。

のんぺん

第1話 ストーカー発見


 目の前にターゲットを捉えた。


 予測するに、身長は160センチほどだ。道路脇にある自動販売機の高さが、一般的に183センチ。頭が悠に一つ入りそうなところに頭のてっぺんがくることを確認したのだから、まず間違いないであろう。

 いや、待てよ、あの人はワイシャツにタイトスカートという会社員スタイル。ということは、彼女は高確率でヒールを履いている。ということは実際は2、3センチは低くなるということだな。

 この目でどんな靴を履いているか確認したいところであるが、通勤時間帯と丸被りな今は、彼女の周りを多くの人が取り囲んでしまって、顔をあっちへこっちへ動かしても足元だけは確認できない。悔しいこと極まりない。


 それにしても、ポニーテールを左右に揺らして、歩くあの女性。少し汗ばんだうなじと、7分丈の袖からはみ出した細い手首。

 

 そ・し・て、

 極めつけは全体的に細いラインでありながらも、さらにキュッと引き締まっているあのくびれ。


 ああ、なんてお美しいのでしょうか。後姿だけでそんなにも目を惹いてしまうほどのお姿なのに、正面から見たらきっと、失神してしまうほどの美貌を兼ね備えているのだろう。


 お近づきになりたいのだが、駅前を歩く彼女と俺の間には、何人ものサラリーマンが入れ替わり立ち代り押し寄せて来て、3メートルほどの距離をなかなかつめることが出来ない。


 彼女は、周りの男たちをものともせず、わが道を貫くように颯爽と歩いた。そして、そのまま。吸い込まれるように。駅へと入っていく。


 彼女の後頭部を夢中で追いかけるが、太ももにあたった軽い衝撃で我に帰る。改札口が閉じて、俺を制止したのだ。


「ああ、待ってくれー」

 

 その声も虚しく、遠のく彼女は、人ごみに紛れて姿を消してしまった。


「ちょっと、邪魔」


 後ろを振り返ると、スーツを着たお兄さん、お姉さん達が、皆揃って俺を睨み付けていた。俺はこの時確信した。せっかちな日本人は、24時間のうち、この通勤時間がもっともピリピリしているということを。


 すみませんと何度も言いながら、やっとの思いで人の波から逃れると、手に握り締めていた、ピンク色のハンカチに目を移した。


「はあ、渡せなかったな」

 

 一度ため息を吐くと、それをポケットにしまって、なるべく人が少ない道を通りながら、もと来た道を戻っていく。


「ハンカチごときで、何で追いかけたんだろ」


 道を選んではいるが、駅に押し寄せる人ばかりで、逆方向に進むのは至難のわざ。きっと行きの3倍の時間がかかるぞと、予想を立てまがら、なんとか前へと進んだ。


 やっとの思いで、人ごみを抜け出すと、案の定、行きの3倍の時間がかかっていた。やったね。正解。おめでとうなんてなるわけも無く、疲労感だけをやたらと感じた。


「帰るか」


 だいたい、俺が何でこんなにも面倒なことをする羽目になったかというと、それは、30分前に遡る。


 俺、的内光まとうちひかるは、大学一年生。現在は夏休みで、大変有意義な生活をおくっている。目を覚ますのは、温度が幾分過ごしやすくなった夕方。そこから大抵は一晩中ゲームをして、明け方に眠りにつく。どうだ? この生活? 有意義で羨ましいであろう。

 家を出るとしたら、コンビにで食料を調達するか、ゲームを買いに行くか、DVDを借りにいくことくらいだ。


 昨日の夜から今朝にかけて、ゲームをしていた俺。飯を忘れるほどに夢中になっていたのだが、流石に6時ごろに腹が限界を迎えてしまった。


 仕方なく、駅前のコンビにに出向き、おにぎりを2つ買う。別にエコのためとかでは無いのだが、袋を断って、直接鞄へとしまった。

 さあ、準備は整った。外に出て、さあ帰ろうと意気込むと、女性が俺の目の前でハンカチを落としたではないか。


「落としましたよ」


 ひきこもりの人間を侮ってはならない。人はしばらく会話をしないと声の出し方を忘れてしまうのだ。一応声を出したものの、それは蚊の鳴き声ほど。そんなものが届くわけも無く、女性の後を追いかける羽目になってしまったのだ。結局、それも無駄足だったのだが。


「ハンカチ一枚ごときどうってことないよな」


 布切れのことなんざ頭から抹消しようと、先ほど買ったおにぎりのことを考え始めた時、「あれー? ストーカー止めちゃったの」という声がどこからか聞こえてきた。


 誰に言っているのだろうかと、一応振り向いてみると、その声の主と思われる中年の男は、俺の服に穴が開くんじゃないかと思うくらい、こちらを凝視していた。

 辺りを見回してみても、その男と俺以外は特に誰も居ない。


 ということはだよ、この人、俺に話しかけてるの?!


「おーい。君だよ! 2君だよ! さっき女の人をストーカーしてたでしょ?」


 男は、さわやかな朝にふさわしい優しい笑顔でこちらに手を振っている。俺も振り返したいのはやまやまなのだが、ちょっと待って、あの人、今、俺を、ストーカーって、言った?


「か、勘違いです! ストーカーなんてしてません。ほら見て、ハンカチ。これをあの人に届けようとしてたんです」


 まずい状況を把握した俺は、ポケットに入っていたハンカチを旗のように大きく振った。

 いくら、ひきこもりで社会に置いていかれがちな俺でも分かる。俺は今、犯罪者に仕立て上げられようとしているということを。


「えー? ハンカチ? 嘘っぽいな? 本当はくびれに見とれてたくせに」


 全力で否定したいのだが、そうなのですよ。俺が拾ったのはハンカチ。それを拾って届けるという漫画でありがちな設定。我ながら嘘っぽいよねー。せめて、財布ならさ、リアリティーありましたよねー。

 

 そして、


 このままだと本当に警察に突き出される。考えるんだ。的内光。いくら脳みそが空っぽだからって、人間追い込まれた時には本当の力を発揮するものらしいぞ。


「ん? ちょっと待てよ」


 どうしてあの人は、俺が女の人の後をついていったことを知っているのだろうか。だって、あんなに人が多い中で可笑しくないか?

 それに、俺は確かにおにぎりを2つ買ったが、それは鞄の中にある。どうして俺の買ったものを正確に把握しているんだ。


 も、もしかして......


「お前! おにぎりの数までを把握しているってことは、!」

 

 決めてやるぜと言わんばかりに、勢いよく人差し指を突きつけた。


「ハハハハ」


 男は大口を開けて笑い出した。


「な、何が可笑しいんだ」


 ああ、このやり取り絶対なんかのアニメに出てくるやつだよ。本当にリアリティが無い。


「何で、私が君をストーカーしなきゃいけないんだよ。君面白いな」


 もはや涙を流すほど爆笑している彼を見ると、自分が言ったことに全く自信が無くなる。なんだか恥ずかしくなって、静かに腕を下げた。確かに、ひきこもりなんかをストーカーしても何のメリットも無いよな。


「私は、じゃなくて、してたんだよ。ハハハ」


 いさぎよいほどに男が笑い狂っているため、自分まで笑いがこみ上げてくる。なるほどね。ストーカーじゃなくて尾行ね。人の後をつけるという意味のね。それなら全然いいよねって


「全然良くない!! それ、ストーカーと一緒だわ!!」

「ハハハ、その鋭い突っ込み最高だよ」


 この男は一体これまでのどの行動で、こんなにもツボに入っているんだ。地面を転げまわるのではないかと思うくらい、爆笑している彼に、とりあえず軽蔑の目を向ける。


 それにしても全く気づかなかった。一体こいつはどこからストーカーをしていたのだろうか。家を出たところか? それともコンビ二に潜んでいたのか?


「ど、どこからしてたんだよ」

「それは難しい質問だね。昨日の夜に、君がいかがわしいDVDを借りた所は、目撃したとだけ言っておこうか」


 あっ、なるほど、昨日からねって、そこから?! 日をまたいじゃうの?!


「というか、いかがわしいの借りてないから!!」


 男は俺の反応を楽しんでいるようで、ニヤニヤが止まらないといった様子である。


「い、一体何が目的だ」

「そ・れ・は・ねー」


 男の顔はまた一段と、口角が上がった。男が男をストーカーする。それで思い当たる目的なんて一つしかないじゃないか。もはや恐ろしすぎて考えたくも無い。。

 

 きっと、あいつはゲイでんだ。


 ああ、年齢=彼女居ない歴の俺の初めての相手が、まさか男とはね。女の子に沢山夢を抱いていたんだけどな。純粋だったんだけどな。俺はあの男にぐっちゃぐっちゃにされちまうんだ。

 あの男。30代後半くらいかな。よく見れば、その年代にしてはイケメンかもしれない。どうせ、俺なんか絶世の美女となんか付き合えないのだから、いっそ、顔が良い奴と付き合えて、良かったんじゃないか。


 男は、俺の方に歩みを進めていた。きっと、俺は今からハグされるんだ。いや、もしかしたら、キスかもしれない。

 俺は覚悟を決めて目を閉じた。


「的内君! ぜひうちで、働いてくれないかい?」

「え?」


 目を開けると、目と鼻の先には、男の顔があった。しかし、どうやらキスはされていないらしい。


「実は私こういうものでして」


 男は、無理やりに俺の右手に小さな紙を握らせた。


追川おいかわ何でも屋(ストーカー専門)。代表、追川浩二おいかわこうじ?」


 渡されたのは、名刺で確かにそう書いてあった。そうなのだが、何このって。謎すぎることばかりだが、一つだけ確信したことがある。


!!


 とにかく逃げよう。怪しい人にはついていかない。幼い頃、親に散々言われたことがこの歳になって役立つとは。

 男に背を向け、歩き出すと、異様な言葉の波が押し寄せてきた。


「的内光、19歳。明示大学に通う1年生。身長171㎝。体重63㎏。好きな食べ物はイカの塩辛。嫌いな食べ物はチョコミントアイス。一ヶ月前にバイトを辞めて、夏休みの今は引きこもりのような生活をしている。交際経験は生涯で一度も......」

「はい! ストップ、ストップ! もういいです。何でもしますから、勘弁してください!」


 どうして俺の個人情報が漏れているんだ。もうおしまいだ、俺はこいつの言いなりになって、臓器売買とかにきっと使われるんだ。 


「お話聞いてくれるかな?」

「もちろん......」

 やけに笑顔なその男が今は悪魔にしか見えない。


「的内様。これまでのご無礼失礼いたしました。私は猛烈に感動しているのです」

 男は俺の手を壊れ物でも扱うように握り締めると、態度を一変させて、丁寧な言葉を使い始めた。

 いや、でも、俺は騙されないぞ。


「あなたがハンカチを届けるお姿を見て、確信いたしました。あなたはうちのエースになれると」


 何を言っているのだろうこの人は、やっぱり怪しい人だ。


「はあ。すいません。全然状況が理解できないんですけど」

「あなたには、お仕事として、をしていただきたいんですよ」

「仕事で!?」


 俺はこの時決心したのだ。ハンカチなんて絶対拾わんと!!



<次回予告>

 結局ストーカーと尾行どっちなんじゃい!






































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