6.ドミノの地獄/惜春鳥

 

 君はここに来るはずじゃなかった。ああ、ずっと過去の回想に浸っていれば良かったのに。青春の残滓を惨めに啜っていれば良かったのに。それも永遠に。君の人生が終わるまで。

(早く記号に戻るダル・セーニョんだ)

(どの記号シーニュ?)

言葉だらけだ。過去の一点セーニョ一点セーニョ一点セーニョを回想し、繰り返し┃|:  :|┃、人生は物語はいずれ終わっていく。僕らは蹄の割れていない過去を反芻する穢れた四つ足です。

(とにかく、冒頭カーポに戻って演奏を続けろ! そして前章の終わりで、繰り返せ! それもだ! それが楽譜の指示なんだ)

<da Capo perpétuel>

君の人生が終わった後も。僕の人生が終わった後も。この曲は演奏され続ける事だろう。それが再現芸術としての小説と音楽。君という主体・演者プレイヤーがこの楽譜のページをめくり続ける限りにおいて……。

(前の空白ページに火を点けてごらんよ。炙り出しになっていて、きっと文字が浮かんでくるからさ。――何を躊躇ためらってる? ! !)

<accendere un fuoco>

ハートに火をつけて。灰は灰に。塵は塵に。燃えて出来た灰は海に持っていって撒いておくれ。それがいずれ蒸発し雨となって君たちに降り注ぐ事だろう。

(楽譜は絶対なんだ。音符や休符、作曲者の意図や指示には、従わなくてはならない。演奏者の解釈はあるにせよ……それを無視するなんて、曲の改変だ! 間違った解釈だ!)

実験小説なんて、流行らない。グイド・アンセルミを演ずるマルチェロ・マストロヤンニはそう言った。同じように純文学も、何もかも。作者の気持ちなんて皆どうでもよいのだ。作者は死んでしまったのだから。楽しければ! そこに快楽があれば。手淫のように手軽に、ファルス的享楽に耽溺できれば。。嘘の無い物語が書きたかった。君たちが呆れていつでも読書を止められるように、フェルマータを配置したりもした(そういえばフィーネおしまいもあったな)。ドミノ牌の同じ数字を繋げていくようなものだ。要は、単なる、言葉遊び。こんな小説未満が、読まれる事なんて無いのだから。される事もなければ、される事もありえない……。

<dimentica di me e vivi la tua vita>

“人生はお祭りだ。僕と共に生きよう!” とグイドが言った。

<dimentica di me e vivi la tua vita>

すると芋虫のジョーは言った――僕を見世物にして世界中を行脚するのだ。お金を払わせ、奴らを面白がらせろ! そして僕をして「戦争競争社会が作る最後の真の人間だ」と言わしめるのだ! を見た後では誰も戦争競争などしたくはならないのだから。奇形の肉塊は神によって作られた存在だがは墓場たる小説は墓碑銘たる言葉は人間によって、戦争競争によって作られた存在だ。さあ旗を掲げよ! その軍旗は兵隊が振るものである、そしてこそが最後の兵隊となる物である。謝肉祭カーニバルに連れ出してくれ、人食い人種カニバリストども! もしそうしてくれないのならば、…―――…

…―――…殺してくれ。

<uccidimi>


 SOS 助けてくれ…―――…

 SOS 助けてくれ…―――…

 SOS 助けてくれ…―――…

<m’aider>


(絶筆)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る