* * * * * *

「子供ばかりじゃない」

と、彩芽は呆れたふうに言った。思っただけなのかもしれない。言葉が、その意味が、文脈が。誰にも伝わらなければ言わなかったのと同じ事。その発話パロールは、空気の振動は、銃を持った子供たちの喧騒に吸い込まれて消えてしまった。

 オニユリが道化を演じている。ほとんどパニック状態だ。幼稚園や小学校みたいなもので、子供と追いかけっこしたり、隠れん坊をしたり。それぞれの子供の遊びが同時に進行していて、動き回る度に別の子に呼び止められ、はぐらかし、誤魔化し、遅滞させ、次へ進み、それを一人で処理している。子供たちは少なくない数が(現代人が欺瞞と偽善の名の下に……或いは彼らを主体ではなく客体・対象として、の社会を変革させるよりも容易に、彼らを社会から疎外し溶け込ませない為に……)『特別スペシャル』や『傷付きやすいヴァルネラブル』と呼ばれる障碍児ばかりだ。例えば、【ブリキ】は……傷付く事を極度に畏れているのか、自閉の為か……鉄兜の代わりか、金属のバケツを頭に被り、また筋肉は硬直していて上手く動かない。筋ジストロフィーか。【ライオン】は……顔を覆いつくすように幼い顔に髭を生やしている。いつも何かに怯えている。僕は勇気の無いライオン。【カカシ】は……である。しかしカカシの象徴するところである農民や衆愚がそうであるように彼は多数派に属すのか。それは差別表現でしょうか。多数派差別は肯定されますか? あなたは自分は正常だと、(周りの愚かな連中と違って。この愚かな作者と違って)頭が良いのだと、見識と倫理を持ち合せているのだと。障など持っていないのだと。。言い切る事が出来ますか。

――いいえ、あなたはいつも正しい。あなたはいつも正常であり、客体・対象として処理・消費され続けるこそが間違っているのだと。多数派はいつも疎外してきましたね。

――被害者ぶるのもいい加減にしろ。物語を進行しようじゃないか。紅い靴の踵(映画版です)を三回鳴らせば何処へでもける。黄色い道は去年の八月に途切れてしまった。もう金庫で放射能を撒いて価値を下げる必要も無くなったんだ。価値が相対化したんだね。我々の経済は人間の欲に基づいて、価値を産む。女の性が男に売れるようにね。アメリカのドルが絶対じゃあ無くなったってワケ。かと言って、基軸通貨だけど。アメリカ本土は攻撃されないという幻想がこの頃はまだあったんだ。戦争は遠い、地球の裏側の出来事。ヒッピーたちは、ラヴ・アンド・ピースを掲げる聖人たちは、自国の兵隊たちを疎外し、傷付け、排斥する事によって、その自らの純潔性と価値とを高めた。ああそれは、みんなやってる事で。、そう、だから、ほうっておいてくれ。

 言葉なんかなきゃ良かったと常々思う。世界を表現するのに常に不足である言葉は、この頭の中に蠢いて。いずれ、自分の言葉と世界の虚像とが一致していく。まるでそれが真実であるかのように振る舞う。自らの言葉による思考は、その言葉によって客観視されない特徴を持つ。ゆえに、他人を排斥し続ける僕らが必要としているのは、同調でも批判でも、他人の言葉なんであって。連帯したり、侵襲されたり。学びがあります。一生学び続けてろ。一生、になっていろ。僕らChúng taになんてなる言語化する事は出来ないのだから。

 進行すべき物語なんてあるのか? 僕らは出来事を認識する。正義のヒーロー、キャプテン後知恵ハインドサイト。未来も過去も現在も、十字架の名の下に振りかざす理想論えそらごとも、しまっているのに。子供たちは例えば独楽こまやビー玉で遊んでいる。世界各国の由緒正しい銃や、で作った個人用暴力装置で、各々の歪んだ正しさで武装しながら……。背景描写の色と光情報量の交換は、人物キャラクターの機微や動作アクションよりも主題である。――ああ、この世界が言葉うそっぱちで出来ている限り、人間の話をし続けなくちゃならないんだろうな。彩芽は何だかセンチメンタルな気持ちになって、愛されなかった自分の事を思った。と、まずは足りない青インキで、くしゃくしゃの原稿用紙には綴っておこう。

「あんたは、ここで、何してんの」

「遊んでる」

オニユリは上ずった赤ら顔で(それは満更でもなかったのかもしれない)答えた。いい気なもんね。彩芽はゴロワーズに火を点けた。

「もうちょっとマシな一団ギャングを想像してたわ」

「ギャング?」

「あたしたちを守ってくれるくらいのね」

「でも、みんな、かわいいよ。こないだも、オズワルドちゃんに編み物を教えてあげて……」

声変わりもしてない、鼻水も垂れたままの、陰毛も永久歯も生え揃ってないような餓鬼だろうが、ファルスを持った暴力装置には変わりない。男性性とはを持つものであり女性性とはだ。私は象徴と虚構を愛さない。恋愛とは幻想であり、妊娠と出産は自然と現実のメカニズムに過ぎない。女という皮は化粧と服飾、および媚態によって自身を幻想と虚構と象徴のレイヤーに移相させる。

 この餓鬼どものギャングはバックアップだ。父権の象徴たる米軍は撤退するのでしょう? 子供だろうがチンケな銃だろうが、(彩芽は意識には昇らせなかったが、。とここには記述しておこう)何だって利用して生き延びてやる。

「あの、さ、アヤメ」

記号シーニュはゆえに、役割ジェンダーとしての女である。作者とはその意味で常に男性的母親ファリック・マザー(女としての言葉を持つ者)でもある。去勢者カストラート言葉シニフィアンによって世界を補填しようと試みるのも、有栖が母親の為に自身がファルスとなる事を欲望しているのと、同じ事である。

「例の、噂の、事なんだけど」

そのことばが暴発してしまわないか。それだけが心配だ。

「妊娠したのはデイジーよ」

「そうなの?」

、そうなの」

母なる海におけるファルスの象徴たるファリーの肉が供される。銃を、金を、土地を、権力を、そして票を。より多くする者が拡大した闘争領域の競争に打ち勝つ。それが個人主義と資本主義経済、自由恋愛競争の根幹だ。

「あんた、また切ったの?」

彩芽は何の肉だか分からないままそれを食らう。オニユリは気味悪がってそれを口にしない。私は言葉によって幻想の物語を構築しながら同時に、同じく言葉によってその幻想の分析あるいは解体を試みる。なぜならば、

「切っている、間は、安心できる、から」

確認行為だ。それはこの話がベトナムの嬰児殺しの物語であるからだ。無数の桑子は繭を作らずただその肢体から菌糸を伸ばしている。それは冬虫夏草に寄生された蚕たちの群体であった。


* * * * * *


 有栖はその晩夢を見た。未来と過去と現在すべてのついての夢だ。姉がアポロを産んで、戦争は終わり、初めてのデートで色んな映画(有栖は実際にその夢で見た映画の内容もすべて覚えていたのだ)を代わる代わる眺めては、その晩、架空の性器で初めて華子きみと結ばれる。なんたる幸福の幻想だろう。こんな事がただの代償であってたまるか。そうであって欲しくないから、帽子屋にその夢の内容を全部話したのだった。……言葉にする事によって、ただの夢や空想が、何か本當ほんたうだとか現実レアリテに変換される影響アフェクションを期待して……。まだ生まれ落ちていない未来の創作物こどもたちの事を……そして確定する事のない未来の事象を。だが物語が人生と異なって残酷なのはそのエンディングが既に確定されている事だ。

 そして現実が残酷なのは物語幻想が決着を迎えてもその死まで人生は続いていくという事だ。恋愛のエンディングは、決して婚姻や出産では無い。恋愛という幻想は、モノクロームの現実を彩る為の虚飾に過ぎない。結婚や出産は、人間の持つ幻想性によって彩られる物語の決着に過ぎないのであって、現実は退屈に苦痛にその死まで生活が続いていく。人間が神様を創り出したのは、現実という停滞するモノクローム写真があまりにも救いようが無かったから。太陽光は全ての色の要素を含み物体にそれが反射して個別の色として認識される。あるいは分光されて虹として色が分かたれる。

 しかし有栖は色盲だった。『ジョニーは戦場へ行った』の現実がモノクロームで描写され、夢の中は総天然色のカラー映像になるように……。人は、想像しなければ(想像の中でしか)、幻想を持たなければ。現実とはいつまでも灰色のままである。(そして有栖はまだ七二年には存在しないはずの歌曲を唄いはじめる……)


 “この世界は君の想像には狭すぎる

 無限の渇望を抱えた

 君の無垢な瞳にとって


 君は家族の奴隷 両親の

 分かった口を聞く大人たちは

 みんな嘘付きさ


 君は生まれながら狂ったように リュミエールを求め

 王の住まう国を夢想して


 君は夜の牢獄で自問する

 ぼくらは何故生きていてPourquoi tu vis, etそして何処へ行くの où tu vas?


 君には逃げ出す飛行機も船も無く

 沈むイカダを夢想する


 それでも君は心の底から

 この白黒の世界をぶち壊し

 鮮やかな世界で生きたいと


 君は生まれながら狂ったように リュミエールを求め

 王の住まう国を夢想して


 君は夜の牢獄で自問する

 ぼくらは何故生きていてPourquoi tu vis, etそして何処へ行くの où tu vas??”


<D.C.>

<Perpétuel>

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