5.サカナの王/王国の崩壊

 去年公開された岡本喜八監督の『激動の昭和史 沖縄決戦』という映画のラストシーンですよ。お婆オバー亀甲墓カーミナクーバカの前で唐船ドーイに合わせながらカチャーシーを踊っている。ゆっくりと迫る米軍の戦車の砲塔。それはM41ブルドッグだったか。果たして有栖が見つけたのは洞窟の中で少し錆びながら放置されているシャーマン戦車であった。砲身は途中から白く菱形に迷彩塗装されていてその長さを擬装していた。あざなは【ホタル】。砲弾や弾薬の箱も近くに散らばっていた。蚕場と同じように放棄されたものだろうか。

「こいつをなおすのは高く付くぜ」

と、帽子屋が言った。エンジンに履帯キャタピラ、動かすだけならまだしも砲身なんかも整備しなくては。

「どのくらいかかる」

「総動員して、四、五ヶ月くらいかな――どうせ金も無いんだろ」

となると、今から考えて冬の頭くらいか。

「修理の経験は?」

「旧式のルノーFTをオーバーホールした事が。ガレージの奥に布を被って眠ってるよ。まあ技術的には何とかなるんじゃない?」

「趣味のコレクションって訳か」

それも訓練用に貸せ、って言うんだろ? 帽子屋が愚痴った。

「こいつはひとつ、大きなだぜ有栖。何せ僕はこれから君の甥か姪となる日向アポロのあつらえてやるんだから」

有栖は眉を顰めると言った。

「まだ僕たちは物語の時間軸上、アポロが戦車シャーマンの中で産まれる事を知らない段階の筈だろ」

「あ、そうだっけ。そのシークエンスの元ネタであるサミュエル・フラー監督の『最前線物語』も八〇年公開だしな。あのドイツ軍戦車役の巫女シャーマンはイスラエル製だったが……」

「何にせよ。しっかり頼むぜ」

帽子屋にはお姉ちゃんが妊娠したって事を話したっけ? まあどうでもいい事か。僕が知っているなら奴も知っていて当然なのだから。

 この後の展開としては、有栖は帽子屋に戦車を修理させ、それを自走砲として運用する或いは単に、銃弾や砲弾を防ぐ強固なとして活用する。そのように考えています。閉じられた世界をより確固たるものにする為ですね。オリジナルのシャーマン戦車から副操縦席がオミットされそこには旧い17ポンド砲の砲弾が置かれ、車長、操縦手、装填手、砲手の四名で運用するようになっている。ハッチのブローニング重機関銃と同軸機銃は持ち去られたようだった。

「同軸は欲しいな」

「大砲が撃てりゃいいんじゃないの?」

「同軸は曳光弾の軌跡で照準代わりや試し撃ち、って意味もあるんだよ。どうせ照準器の使い方も分からないだろ」

そりゃ、そうだ。僕らは訓練された兵隊でもないし説明書の文字を読むほどの学も無い。エレム・クリモフ監督の『炎628』で牛に向かって曳光弾の実弾を乱射するシーンを再生してください。


 “唐船とーしんドーイさんてーまん

 一散いっさんえーならんしや(ユイヤナ)

 若狭町村わかさまちむらぬサー瀬名波しなはぬタンメー

 (ハイヤセンスルユイヤナ)”


 一方そのころ舟守ふなもりをする結合双生児のトゥイードルダムとトゥイードルディーはミンククジラの骸を船に括り付け帰路に就いていた。糸数繁サンチャゴのように海とたたかったわけではない。はるばる河に迷い込み打ち上げられ死んでいたのだ。

「オズは北部の生まれだから知らないか。中南部にはクジラ信仰があるんだ」

華子ハナコも鯨は食べないと思う」

「あいつって結局どこの生まれなんだ? 台湾? 越南?」

「普通話もベトナム語も話すし。たぶん英語も」

Tàuで来たんだとは言っていたが」

「そりゃあ華人Tàuだろうさ。南部じゃクジラは魚翁cá ôngと呼んで、魚の王として祀ってるんだ。姿も見せずにただ波を起こして、遭難者を岸まで導いてくれるっていう……」

「クジラって初めて見たけど。そういやどうして連れてきたの?」

「いや、埋葬しようかと」

勿体もったいない。蟲や微生物、それに土竜エル・トポどもに食わせるってか?」

アレハンドロ・ホドロフスキー。一昨年公開されたメキシコ映画。あの映画にも奇形児フリークスや死体や蟲がよく画面スクリーンに映った。ジョン・レノンや寺山修司の愛した映画。有栖はどこからともなく現れてそう言ったのだった。余りにも勿体ない。僕らは白豪主義の捕鯨業者ではないのだ。血は立ったまま凍っているそうだがに不凍液である鯨油を注射する。鯨の肝油はビタミンAなどを豊富に含み鳥目や病予防の薬品として用いられる。

「それを言うなら『血は立ったまま眠っている』だろ」

「今、誰に?」

「観客だよ」

「ああ」

「鯨肉は牛肉などの近い味を持ち、それでいて馬肉の赤身のように脂肪分を少ない。部位にもよるが。新鮮なら刺身で。日本やフィリピンで作られる燻製、塩漬、干し肉にすれば日持ちもするだろう。鯨骨は砕いて肥料に出来るし、鯨髭はその弾力性から色んな使い道がある。傘の骨os de baleineとかな。抽出できる油はグリセリンやランプの燃料に使えるだろうし、それに、」

それに? 三人は次の言葉を待った。待つより他に選択肢が与えられていないのだ。

「餓鬼どもも血肉に飢えてる。最後に食った肉は猿粥以来だ。が財政を圧迫したので糧食は採集や魚に畑頼み。夏も本格化する頃だ、名前には付かないがを付けておくのが良いんじゃないか」

有栖の言葉はほとんどがどこかで得た知識の羅列であり底が浅いものだったが表面的には魅力的だった。要点は、境界タブーを破らせる事。その信仰から鯨肉はタブーだが日本では信仰と食とが同居している。骨噛みのようなもの。食べて一部とする事。血肉とする事。最近の食事は野菜や果実類が中心で少年少女たちはタンパク質を欠いていた。オズワルドの腹がぐうと鳴った。

 狩猟隊を結成しましょう。ピギーの眼鏡で火を起こそう。焦点を合わせ実像を結ぶ為に炎上する。鯨の屍体の濁った眼差しに、蠅がぶんぶん唸っている。赤い金魚は奇形のフナは、実は塗装された偽物であり、ポリ塩化ビニルの袋を振ると水中に赤く霧散してこわれてきえたララソドミレド。(バフマン・ゴバディ監督『亀も空を飛ぶ』)

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