* * * * * *
有栖は身構えた。足元では冷たい水が絶えず流動している。春野華子はドイツ製ルガー・パラベラムピストルの三八ポンドの
「動けば殺す。銃を捨てて、ゆっくりと両手を頭の上に置け」
「動いたら駄目なんでしょ?
「黙れ」
やっぱり
そうこうしていると拳銃を奪われた。華子は
「実弾だ。どこで手に入れた?」
「別に。戦争中なんだもん、
「こいつはアメリカ謹製だ。薬莢底部の刻印がそう示している」
「尋問みたいだね。君にとってたまの出処がそんなに重要?」
「奪ったのか?」
「貰ったんだよ」(有栖はあくまで真実を話した)
「お前は
「だったら殺す? 市場は動いているものね、神の見えざる手」
「ふん、」
華子は指笛を鳴らした。配下の少年兵たちが一斉に有栖を取り囲む。それらは銃剣の付いた木銃や即席の槍、クロスボウなどで武装している。有栖は、小さく「わお」と呟いた。
「君の兵隊?
「もう一度訊く。お前は、
「あのシャム双生児の
“トゥイードルダムとトゥイードルディー
互いに決闘を申し込んだ
トゥイードルダムが言うところによると
トゥイードルディーが新ピカのオモチャを壊したとか
するとその時、巨大なカラスが飛んできた
タールの
二人の英雄はびっくり仰天してしまい
喧嘩の事など すっかり忘れてしまった”
銃声が響く。一団は驚いて身を低くした。黒いカラスたちが一斉に飛び立つ。華子は、その発砲音から銃器は共産圏製の三〇口径だと推定した。
再び銃声だ。今度はさっきよりも軽く回転数も速い。西側の二二口径や四五口径だろうと華子は推察した。流れ弾に気を付けなくてはならない。
「ねえ。それ、返してくれる?」
重い機関銃の音が響いて、いつの間にか隣で同じように隠れる有栖がそう言った。華子は差し伸べる手にグリップを荒っぽく握らせた。そして涼しい顔をして呟いた。
「…………銃は、不足している。ダムとディーは船の警備だ」
それを聞いた有栖は眉を上げて答えた。
「なるほどね。だから銃弾を持っているなら、銃の在り処も知っているに違いない、と」
「フランス語を話したな、娼館の
「僕の名前は有栖だよ、春野華子」
華子は無視して質問を続けた。
「そのリヴォルバーは?」
「帽子屋が直したんだ。銃弾も米軍のを使えるようになってる」
「
「あいつは手先が器用なんだ。懐中時計の修理からジープのオーバーホール、
「よく殺されないものだ」
「あいつこそ悪魔の権化だぜ。両陣営に媚びを売ってる。制裁を加えられない程度に
「腕はあるんだろうな?」
話を遮られて有栖は少しムッとしたが、黙って一発の銃弾を弾倉に込めると、自信ありげに嘯いてみせた。
「見てて、」
一枚のピアストル硬貨に回転を加えながら高く弾くと、その放物線が頂点に達したところで引金を絞った。(その銃声は小さく、激しい銃撃戦が行われている向こう側までは音は届かなかったようだ)撃ち抜かれたコインが揺れて、川に落ちた。華子は注意深くそれを拾うと、自由の女神座像に大きく開けられた穴から月を覗いた。
「すごいな、」
華子は割合素直に驚いて賞賛した。
「なかなかやるでしょ?」
有栖は得意げな表情を作って言った。それは実際にコインを撃ち抜いたからではなく、華子が騙しやすいと確信を得たからだった。
有栖は小さなコインを一発で撃ち抜いていないし、発砲したのも実弾ではない。それは塩のような、軽く貫通性の無い粒を鉛など崩れやすい金属で薄くコーティングして、普通の銃弾に見せかける。コインを放る際に、それを既に穴の開いたものにすり替えて、偽造した銃弾で大雑把に狙って撃つ。銃弾のコーティングは空中で分解し、塩の粒は散弾となって、穴の開いたコインをあたかも命中したかのように揺らす。粒自体に威力はほとんど無いから、コインに痕跡も残らない。相手に見せるコインと穴の開いたコインのすり替えに気付かれなければ成立するトリックだ。だが華子は今回、放るコインにそもそも穴が開いていたかどうかの確認すらしなかった。有栖はコインを弾く際、親指で穴を隠して見せただけだった。
一見
「銃撃戦が止んだら、人が居なくなったのを見計らって武器を
有栖はその言葉を待っていた。いや、彼から引きずり出す事に成功した。恋愛は
有栖は感情に溺れる事なく、しかしながら笑みを湛えて答えた。
<preciso>
「
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