道化のアリスは蝶になりたい
名無し
1.ボクたちに次はない
暗い森。村は明るく燃えている。遠くの空からバルバルバルと空気を切り裂いて米軍の
道を、歩いている。生きている村人の全員が。それとは反対に、きゅらきゅらきゅらと戦車の
それらは全部遠くの出来事だった。
ここに少年がひとり。名前を
愛は色欲。そして有栖は色盲だった。だからその
奇形の赤いフナが金魚鉢の中で悠々と泳いでいる。観賞用に特化し品種改良され保護されてきた彼らは、ひとたび自然の川に放り込まれれば、その目立つ身体の色から捕食されてしまうだろう。……しとしとと柔らかい雨の落ちる水たまりを(あるいはそこに映る歪んだ自分の姿を)眺めていると、有栖はその名前を呼ばれる。
「やあ、ピエロ」
「ボクの名前は有栖だ、
有栖はマルボロに火を点けた。(姉からはいつも、煙草なんてやめなさいと怒られてしまうので、有栖は外に隠れて吸うのだ)
「
「
帽子屋は左足の義足でつまらなそうに石を蹴ると、言った。
「道化の仕事は?」
「今日は、そんな気分じゃない……ボクの本来は
「ふしあわせという名前の口紅を?」
帽子屋は有栖の唇をいたずらっぽく突いてやった。
「ボクは、赤い色だけは分かるから」
バラは赤。スミレは青。そして母親は娼婦だった。名前を
過去とは、思い出したときに作られるものである。それは、どこかに眼前として
有栖が色を失くした原因はよく分かっていない。枯葉剤が目に入ったからとも、日常的に母親から受けた折檻のせいだったとも言える。母親は、夜の名前を、ヴァイオラと言った。娼婦に名前が必要かどうかは、兵隊に名前が必要かどうかという問題と類似するだろう。有栖は、よく姉の
名前とは過去の記憶だ。有栖は、母親からは
よく、
代わりに、シロウサギを追った。追い詰めて殺した。生き物はあくまで血と肉で出来ており、自らの複製を作るための(壊れた)本能として、色欲が存在する。色盲の有栖はそう理解していた。上っ面の羽毛を、皮膚を剥げば肉が存在し、酸素を交換する赤い血液がぷつぷつと沸いてくる。内臓は個々に機能しており、それぞれがひとつの個体としての【生き物】を保つために動作している。――それでは、脳を欠いた生き物は? 胃を、腸を、肝臓を欠いた生き物は? 手を足を、目を、鼻を、耳を、(性器を)? だから生き物を捕まえると
ある日、有栖が猫を飼いたいと言った。スミレはどこからか野良猫を拾ってきてやり、有栖はそれにダイナと名付けた。ダイナは野良猫だったから、よく有栖に懐いた。どこに行くのも一緒になった頃、スミレは、
「猫は気に入ったかい?」
と、有栖に尋ねた。有栖は、元気いっぱいに「うん!」と答えた。すると母親は、後ろに隠し持っていた猟銃を取り出すと、その散弾で猫を撃ち殺した。役勃たずの父親を撃ち殺したのと同じ散弾銃で。母親はケタケタ笑ってこう言った。
「あんたはあたしの奴隷だよ。お前はおまんこの無い役立たずだから、こうしてお客様に口で奉仕するしか能がないのさ」
苦い棒。太く温かい。それはぬるぬるとして生臭い液体を生じる。数センチの摩擦運動の為に男は生きている。外在化した内臓器官……有栖は、それを、噛み千切る。
(…et il y a un large sourire sur son visage)
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