第8話曰くつきの廃ビル
やはり、あの時のオッドアイの美少女は夏木冬子だというのは間違いないだろう。人知れず、この世界の常識とはかけ離れた化け物と戦っているって、もはや特撮ヒーローか魔法少女の次元の話だ。
あれを倒す手助けができるのなら、できる限りのことはやりたい。別に、正義感に駆られてとか、そういうかっこいいもんじゃないが、あんなのを見て見ぬふりをしておけという方が土台無理だ。
それに、冬子は俺を抹殺するだの、物騒なことを言っているが、あれもどうせ脅しに過ぎないだろう。いくら何を考えているのか分からないミステリアスガールとはいえ、本気で殺人を企んでいるなんて、想像したくもなかった。
釈然としないことが多いが。とりあえず、明確な問題は目前に差し迫っていた。
「っていうか、急がないと遅刻じゃね」
今朝も遅刻寸前なのに、移動教室に遅れたとあっては目も当てられない。担任の早瀬先生から雷を受けるのは目に見えている。俺は、冬子と同じ過ちを犯しそうになりながらも教科書やノートをかき集め、猛ダッシュで教室を後にした。
それで、これまたギリギリで遅刻は免れたが、当然、実験内容のことは全く頭に入ってこなかった。なにせ、ワインを熱しようとするときに、アルコールランプを使わずに、手のひらを広げて炎の球を出そうとしたぐらいだ。同じ班の女子から「何やってんの」と怪訝な顔をされたが、「いや、こうして炎が出たらすごいよな」とごまかしておいた。我ながら、あの出来事に洗脳されすぎだろと思った。
さて、流されるようにして時を過ごし、ようやく放課後が訪れた。部活のない俺は、さっさと帰っても差し支えなかったが、当然そんなわけにはいかなかった。ふと、冬子の席を確認すると、彼女はいつの間にか姿を消していた。教室を出たとしたら、どのタイミングで退席したのやら。隠密じゃあるまいし、機動力が異常すぎる。
「よう、東雲。お前は今日も暇そうだな」
「いや、今日に限ってはそうでもないぞ」
「限ってはって、どういうことだよ」
篠原が肩をすくめる。右肩だけでリュックを背負い、そこから白い球がチラ見している。そういえば、バレー部に入ったとかそんな話をしていたな。
「もしかして、昨日の迷惑花火野郎を探しに行くのか。それだったら、むしろ暇人としか言いようがないぜ」
「そんなわけないだろ」
いや、当たらずとも遠からずだ。お分かりかもしれないが、篠原の言う迷惑花火野郎=夏木冬子だし。
「俺も興味がなくはないが、これから部活だからな。東雲も部活やればいいのに。その背丈だったら、バレー部でも活躍できるんじゃないか」
「まあ、考えておくよ」
「もし入るなら早い方がいいぞ。そろそろ、初めての試合に向けて、一年生の間でもレギュラー争いが勃発し始めてるからな」
それはご苦労なことだ。部活のレギュラー争いは学生にとっては熾烈な争いには違いないが、昨日のアレを目撃した後だと、子供のお遊戯にしか思えなくなってくる。
「さて、俺はもう行くぜ。もし、花火野郎が見つかったら教えてくれよ」
そういって篠原は体育館へと駆けていった。間違っても、自らその花火野郎に会いに行くとは言い出せなかった。
校門を抜けて、大通りを道なりに進んでいくと清川駅までたどり着ける。途中で分かれ道はなく、車にさえ気を付けていれば確実に学校まで行き来できるという親切な道なりだ。途中、例の細道に差し掛かった時に寄り道しようかと思ったが、あいにく今日は別に目的地がある。
駅のそばの踏切を越え、更に大通り沿いに進むと、T字路に差し掛かる。そこを右折して少し進んだ一角にあるのが、冬子の話していた廃ビルだ。
ビルと言っても、3階建てのアパートぐらいの高さぐらいしかなく、そう大きくはない。かつて、呉服屋とかのテナントが入店していたのだが、数年前に不始末による火災が発生。すぐに消し止められたため、外装はなんとか維持できているのだが、内部は焼け焦げてぐちゃぐちゃになっているらしい。しかも、この火事で呉服屋の主人が焼死したといういわくつきだ。
その後、取り壊しのめどが立たず、当然新しく入店されるわけもないので、丸焼きにされてそのまま残されているという。今や、心霊スポットとして、その筋のマニアが夜中に忍び込むぐらいしか訪問者はいない。
呉服店の入口であったドアの残骸には、キープアウトを示す鎖が巻き付けられてある。ただ、身をかがめれば通り抜けることができるので、あまり役目を果たしてはいない。
「こんなところに呼び出すなんて、とんだ物好きだな」
まさか、肝試しをしようというわけではあるまい。それなら、夜中にでも呼び出すはずだ。第一、あいつと肝試ししようなんて気はない。
周囲に人がいないのを確認し、鎖の下を潜り抜ける。埃やら煤やら、鼻孔によくない物質が舞い上がってくる。木くずがあちこちに散乱していて、注意していないとけつまずきそうだ。
その木くずに紛れて、焼け焦げた布切れが見受けられる。どうやら、ここはかつて呉服屋だった場所みたいだ。小型スーパーの衣服売り場ぐらいの面積なので、それこそ個人でこじんまりと運営していたというところだろう。どことなく、火事場泥棒をしているような気分になって申し訳なく思えてくる。
さて、問題の冬子だが、ざっと歩き回ったところ、1階にはいないらしい。そうなると、2階に行くしかないか。そこに通じているのは、身を任せるには心もとない階段のみ。足をのせると、「ミシッ」という嫌すぎる音を立てた。恐る恐る、両足をかける。その状態のまま深呼吸してみるが、どうにか体重を支えきれているようだ。火災のダメージはあるものの、階段としての機能を維持できているようである。
どうにか2階までたどり着く。これで冬子を発見できなかったら、また肝を冷やす思いをしながら階段を移動しなくてはならない。
小学生ぐらいの女の子が好きそうなプラスチックのアクセサリーやら、昔懐かしいけん玉や竹とんぼやらが散乱している。どうやら、雑貨屋だったようだ。陳列している商品が妙に昭和レトロなのは、かつての店主の趣味だろうか。
ここまでくると、相当のもの好きぐらいしか足を踏み入れないだろうなというのは、容易に想像できる。とはいえ、壁にはところどころ、いかにも頭が悪そうな連中がスプレーで描いた落書きが残されている。
「夏木さ~ん」
となりのトトロで、主人公の友人が一緒に学校へ行こうと誘っているシーンの口調で呼びかけてみた。しかし、返事はない。もしかして、このフロアにもいないのか。さすがに、3階にまで探索する気力はない。ため息をもらしつつ、階段へとUターンしようとした時だった。
「なれなれしく呼びかけてんじゃないわよ、気持ち悪い」
焼け焦げてぼろくなった柱の影から、夏木冬子が姿を現した。清川高校の制服を着用し、あのぐるぐる眼鏡をかけている。先回りして、ずっとここで俺を待っていたということだろうか。呼び出したのは冬子の方だが、だとしたら、律儀というか、なんというか。
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