第4話オッドアイの美少女戦士

 すると、俺を握りつぶそうとしていた異様な握力が急に弱まった。その直後、破裂音とともに、俺の体に熱気が押し寄せてくる。どうした、助かったのか。

 俺は化け物に抱っこされて、身動きが取れずにいた。そうなると、おのずと導き出される答えは、第三者の介入。天は俺を見捨ててはいなかった。ここにきて、救世主登場とは、なんともありがたい。

 化け物から数歩後ずさり、俺はゆっくりと瞼を開いた。


 最初に映り込んだのは件の化け物。いや、お前じゃない。そいつの肩越しに、救世主様が仁王立ちしておられた。


 黒髪のショートボブの女子高生。しかも、あの制服は俺と同じ清川高校のものだ。チェック柄のスカートは、ここらの高校じゃ珍しいらしく、制服でこの高校を選ぶ女子も多いと聞いたことがある。そうでなくても、数か月間毎日目にしていれば見間違えることはない。

 背丈は小柄で、あの制服を身に着けていなければ、中学生かと思われるぐらいだった。同じ高校の生徒と判明した衝撃からか、制服のことばっかり言及しているが、別に俺にそんな趣味はない。

「異人(こととびと)の気配がするから来てみれば、あなた危ないところだったわね」

 女子高生がつかつかと歩み寄ってくる。正体不明の攻撃を食らわされた腹いせか、異人と呼ばれた化け物は、ターゲットをその女子高生に変更したようだ。

 彼女の顔がはっきりしてくるにつれ、俺はそいつのもっとも特異な点に気が付かざるを得なかった。透き通った双眸。魅惑な瞳。眼自体、それはもう美しいとしか言いようがなかったが、問題はそこではない。

 右の目は充血したかのような紅色をしていた。ゲームとかのやりすぎで赤目になったみたいな不健康な代物ではなく、瞳の色が真紅に染まっていたのだ。

 これだけでも珍しいのに、対する左目がその異様さを更に際立たせていた。

 果てしなく広がる空や海を連想させる蒼。しかし、その険しい表情から放たれる眼光からは、身が凍るような冷気すら感ぜられた。

 赤と青。異なる二色の瞳。彼女はいわゆるオッドアイの持ち主だったのだ。


「どうやら、相手は単なるアブノーマルか。これなら、さっさと終わらせられそうね」

 異人だかアブノーマルだかよく分からないが、とにかく、件の化け物の眼前に向け、女子高生は手のひらを広げた。すると、発火音とともに、手のひらから数センチのところに小さな火の玉が出現した。その火の玉は周囲の空気を吸い込むようにして、どんどん肥大化していく。テニスボールくらいの大きさだったそれは、いつの間にかバスケットボールぐらいまで成長していたのだ。

 あまりにも現実離れしているので信じがたいが、俺をあの化け物から救ったのは、どうやらあの火の玉のようだ。遠距離から化け物の後頭部にこれをぶつけたのだろう。あの直後に顔に降りかかった熱気がその証拠だ。


 そして、投げつけるといった動作をすることなく、勝手に火の玉は化け物へと直進していった。化け物は腕をクロスして火の玉から顔面を守る。

 火の玉は腕に直撃して消滅する。あんなものをまともに受けたら腕から引火し、そのまま火だるまになりそうだ。しかし、直撃したとたんに火種は消え失せ、化け物は平然と女子高生を威嚇している。

 ただ、全くの無傷というわけにはいかなかったようで、その腕が黒く焼け焦げていることが確認できた。通常のバスケットボールを受けたのとはわけが違う。あんなのをまともに受け止めたら、やけどでもだえ苦しむはずだ。けれども、あの怪物はそんなそぶりを見せることはなかった。

「さすがに簡単には終わらせてくれないか」

 心外だと言いたげに、彼女は肩をすくめる。


 立て続けに攻撃を喰らって怒ったのか、化け物は女子高生を捉えようと両腕を伸ばす。俺も捕まったあの攻撃か。

「危ない、よけろ」

 俺は思わず声を張り上げていた。しかし、女子高生はうっとうしげに一瞥するや、

「分かってるわよ。命令しないで」

 軽く助走をつけ、まっすぐ飛び上がった。かつてバスケットボールをやっていたから分かるが、あそこまでの跳躍力を発揮できる選手はなかなかいない。まして、華奢な雰囲気さえ漂う彼女が、こんな身体能力を披露したのは意外であった。

 化け物の手腕が通り過ぎようとしたところに、彼女は音もなく降り立った。その様は、歴史上のあの戦闘を彷彿とさせた。そう、弁慶と牛若丸。

「このうすのろが」

 デコピンするかのように、小さな火の玉を飛ばす。人間であったら眼球があるはずの位置に命中し、足場となっている手腕が引っこむ。すかさず跳躍して地面へと降り立ち、無様に転倒するのを防いだ。一介の女子高生にしては、異常なまでの身体能力の高さであった。


「どうやらあんたは、こっちの方が好みなのかしら」

 今度はさっきとは逆に、左の掌を広げた。小さな球が出現したのは同じだが、今度は透き通るような氷だった。身を焦がす熱気とは一転、突き刺さるような冷気が流れ込んでくる。氷の球も、同じく肥大化していき、手のひら大の球体へと成長していった。

 その氷の球をまたも顔面へと投げつけた。当然のごとく、化け物は腕で防御する。顔面への直撃は防がれたが、化け物は耳をつんざく悲鳴をあげた。口が存在しないのにどこからそんな声を発しているのか甚だ不思議ではあった。だが、相手に明確なダメージを負わせたというのは大きい。

「いいぞ、そのままやっちまえ」

 居てもたってもいられず応援したところ、

「うっさい、黙れ」

 氷の女王も閉口する一声で返された。

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