第四幕

 永遠に続くのではないかと思わされた広大な砂漠を死にもの狂いで抜け出したオルガとベンテン。  そして今、二人の目の前には海原が広がっている。  

 オルガは、体中の水分が抜けきったような感覚に耐えながら広大な海原を見渡した。  目の前には、こんなにも水があるというのに一口も飲めないというのがなんとも、もどかしく感じる。  潮の香りがより一層、喉の渇きを訴えてくる。

 優しい波音が聞こえてくる穏やかな海上では数羽の鳥が鳴きながら翼を大きく広げて風に乗っていた。  青々とした上空では今にも落ちてきそうな分厚い入道雲が浮いてる。

 海岸沿いの砂浜をしばらく歩き進むと斑鳩いかるがの町が見えてきた。  町に近づくにつれ、人々の姿をちらほらと見かけるようになった。

 「はぁ、やっとこさ着きましたな」  

 「大丈夫?  ベンテン」  

 「なんのこれしき。  と、言いたいところですがの、連日の化け物相手にあの砂漠越え、さすがにバテましたなぁ」 

 「じゃ、今から宿をとって少し休みましょうか」

 「そうしたいのはやまやまなんじゃが、ちとばかし先に寄りたい所がありましての。  なんならオルガ様だけでも先に宿をとって休んでもらっておってもかまわんですぞ」

 「いえ、私も一緒に行きます」

 「では、ちょいと茶屋で一息ついてから、さっさと用を済ませに行きますかの」と、ベンテンが歩き出す。

 オルガもベンテンに続いて歩き出した。

 目に付いた茶屋で一息ついたのち斑鳩いかるがの町へと入っていった。

 町はさほど大きくはないものの、とても活気に溢れていた。

 人々が賑わう魚市場を通る。  立ち並ぶ店からは怒号のような客寄せの声が、あちこちから飛び交って来る。  オルガは人混みの中をかき分けながら必死にベンテンの後をついて歩き進んだ。  やっとの思いで魚市場を通り抜けると船着き場へと出た。  船着き場には漁船が所狭しと停泊してる。

 漁から帰って来たばかりなのだろうか、漁師が様々な種類の魚を水揚げしていた。

 さらに船着き場を通りすぎ、今度は海沿いに群生している松林の中へと入って行く。

 しばらくすると高台が見えてきた。

 高台の麓には大きな朱色の鳥居が建っており長い石段が上へと続いている。

 長い石段の左右には紫陽花あじさいが咲き誇っていた。

 鳥居には綿津見わたつみ神社と大きく彫られている。

 「ふん。  質のええ結界を張っておるの」  ベンテンが鳥居の方をチラリと見ながらボソリと一人ごちた。

 「何か言いましたか?」  

 「いやいや、ただの独り言ですじゃ」

 「そうですか」

 鳥居を通りすぎて町の中心部へと入り、町中を流れている川の上流に向かって歩き進む。

 しばらくすると林道に入った。  そして川に架かった橋を渡る。

 すると山の麓にポツンと小さな建物が建っているのが見えた。

 「ほれ、あそこですじゃ」   ベンテンが指差す。 

 「カラクリ屋?」  オルガは建物の出入り口に掲げ上げられている看板に目をやった。

 「昔の知人が、やっとるんですんじゃ」

 カラクリ屋の目前にまで着くと、作務衣さむえ姿の男性が出入り口から出て来た。

 「ん? おやおや、これはこれは。  ベンテンさんじゃないですか」

 「久しいのう、シゲ坊。  何年ぶりかの」

 「その坊って呼び方やめて下さいよ。  僕、もう40代ですよ」

 「ふん、ワシからしたら坊は坊じゃ」

 「まったく……で、そちらのお嬢さんは?」   ヒサシゲがオルガの方へと視線を移す。

 「オルガ様じゃ」

 オルガが頭を下げる。

 「オルガ?  オルガって、あのオルガ様ですか?  またまたご冗談を」

 「冗談なもんか、おぬしがまだ大宮におった頃に何度か会った事があろう」

 「会うって言っても、遠目に見かけた事なら何度かありますけれど……その時はまだ幼子でしたし……面影があるといわれれば、まぁ……ていうか巫女様が大宮から出るなんてありえないじゃないですか」 

 「それがのぅ、ちと訳あっての。  まぁ、詳しい話は、また後程な。  それよりもシゲ坊に頼みがあっての」 

 「頼み?  一体、何です?  面倒事は勘弁して下さいよ」

 「まぁ、そう言うな、昔のよしみじゃろが。  実は旅の道中、移動に使っておった三輪馬移駆バイクを失ってもうての、何でもええから代わりになるもんを用意してほしいんじゃ」

 「何でもええからって、簡単に言われても……そんなすぐには無理ですよ。  で、いつ頃ここを発つ予定なんですか?」

 「そうじゃのぅ、他に寄りたい所もあるしのぅ」

 「寄りたい所って、シグレさんですか?」

 「うむ」

 「僕が言うのも何ですが、もう関わらない方が良いと思いますよ」

 「ふん、お主に言われんでもわかっとるわ。  じゃが、事が事なんじゃ!!」

 「全く……まぁ、わかりましたよ。  頼まれた方は何とかしますよ、では四日後にまた来て下さい」      

 「では、よろしく頼むの。  では、参りますかのオルガ様」  ベンテンがきびすを返し店を出た。

 「無理を言ってすみません。  では、失礼します」  オルガは、ヒサシゲに頭を下げるとベンテンの後について店を出て橋を渡ろうとした。

 その時だった。

 橋の反対側から誰かが歩いて来た。

 眼鏡をかけた少年だった。

 身なりは普通の少年だ、しかし何かが気になる。

 すれ違う。

 少年は、まともに顔も合わさずに頭を下げて通り過ぎて行った。

 不思議な雰囲気をした少年だった。

 「いけませんなぁ、オルガ様」   

 オルガは、何の事か分からず少年からベンテンの方へと視線を移した。

 「そんな、あからさまに注意を向けておったら相手に感づかれてしまいますぞ」

 「えっ!?  ごめんなさい」 

 「それにしてもあの小僧、ありゃ人間かの?」 


 


 

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