第3話:なんか聞いてた話と違う
あー、最高だわー。異世界マジ最高だわー。
耳が四つのウサギ――命名《四つ耳ウサギ》を骨ごとバリボリ咀嚼しながら、俺は陶然とした気持ちに浸っていた。なんかクソ東洋人のバカみたいな喋り方が移ってるけど、それすら気にならない至福のひとときだ。
初の狩りを成功させ、食の喜びを知ってから早三日。
既に俺はこのモンスターでハンターな生活に順応、むしろすっかり満喫していた。
毎日三食、血も滴る新鮮な肉が食えるというだけでもう天国。
人間だった頃の食生活は本当に、【にほん】の家畜が羨ましくなるほど酷いものだったからな。工場からの配給なんて焼け石に水。酷いときは大人まで混じっての奪い合いに発展し、比較的ガタイのいい――あくまで村の中では、だけど――連中に全部持っていかれた。
俺みたいな体の弱いヤツは奪われる一方、体はますます弱る一方。死体を餌に、汚染された地中で生きる生命力だけは達者な虫で、ただ空腹を満たすためだけの生活。
それに比べたら今は、人間じゃなくなったことなんてどうでもよくなるほど充実していた。
いやあ、転生から早くにあのトカゲもどき――命名《毒角トカゲ》の死骸を見つけられたのが幸運だった。名前からわかる通り体内に毒袋を持っていて、毒液を吐いて獲物の動きを止められるのだ。それが判明してから、狩りが楽なこと楽なこと。
俺自身の特性なのか、寄生した肉体の動かし方は勿論、骨格の構造や内臓の働きまで細かく把握できている。おかげで毒液の扱いも全く問題なかった。
ただ、一つ疑問が。毒袋は食道と別の管で口に繋がっているんだけど、その管が角にも繋がっているのだ。角には空洞があるので、そこから噴射するんだろう。でも角の向きからして、狙いもロクにつけられない後方に、だ。ますますなんの意味があるのかわからない。
そうそう。そういえばこの主人公っぽさ皆無な寄生能力についてだけど、どうやらこれはただ寄生して操るだけじゃなく、寄生した肉体を大幅に強化する代物らしい。
というのもつい昨日、寄生しているのと同種の毒角トカゲに遭遇したときのことだ。
『ギシャッシャ!』
初めまして! という念を込めた鳴き声で、俺はまず挨拶を試みた。
同じ種族の体に寄生している今なら、意思疎通が取れるのではないか。
両親や友達が俺と同じように、モンスターとしてこの世界に転生しているのではないか。
そんな期待という名の願望から取った行動だけど、結論から言って失敗に終わる。
『ギシャ!? ギシャシャシャシャ! ギシャアアアア!』
相手の毒角トカゲは俺を見るなり、そんな恐怖と警戒心をごちゃまぜにしたような鳴き声で威嚇してきたのだ。
面食らった俺は棒立ち状態になり、なんか勝手に腹を括った相手にあっさり噛みつかれた。
相手は毒角トカゲ歴的にベテランなのか、かなり機敏な動きで、もうガブガブガジガジと噛みつきを喰らいまくった。
ところが俺は銀色の外殻はおろか、一番柔そうな腹の部分にさえ傷一つつかないのだ。黒い体表に牙は全く通らず、まさに『歯が立たない』状態。
逆に俺が突き放そうと前足を振るえば、相手の鱗が抵抗らしい抵抗もなく爪で引き裂かれた。
それはもう、バターにナイフを入れたらこうなるんじゃないか、というくらいの手応えで。
致命傷を受けながらも相手の敵意は一層増すばかりで、唸り声を上げて噛みつこうとしてくる。これも反射的に前足を振り下ろしたら、相手の頭が柔い果実みたいに潰れた。甲殻も頭蓋骨もまとめて踏み砕く感触が驚くほど軽かった。
肉体的な頑丈さもパワーも、同族ではまず相手にならないであろう強化っぷり。
クソ東洋人が話す【ちーと】ほどのデタラメさはないけど、ただの巨大アメーバでいるよりは遥かに助かる能力だ。なにより、トカゲの味覚も得て食い物を味わえるのがいい!
殺してしまった同族はしっかり食べた。あくまで俺本体は殻付き黒スライムだし、共食いという感覚もない。それに命を奪ったからには、その血肉を残さず平らげるのが、奪った命に対する礼儀であり義務だと思う。クソ東洋人の島でいう【いただきます】の精神だ。
顎の力も上がっているようで、鱗も甲殻もバリバリ噛み砕けた。別段美味くも不味くもなかったけど。小さい破片が歯の間に挟まったときは大変だった。この体じゃ口に前足届かなくて、爪でこそぎ取ることもできないからな。川でうがいしまくってどうにか取れた。
しかし襲われた原因って、もしかしなくてもこの黒い身体と銀殻のせいだよな。
同族と思われなかったのはまだわかるとして、あの怯えるような、忌避するような反応は一体どういうわけか。
俺ってそこまで邪悪な怪物に……うん、見えるな。特に額の紅眼とか。
ん? 待て待て。たぶんこれ、どの生物に寄生しようが身体は黒くなるし、銀殻と紅眼も付いてくるよな? それこそ人間に寄生したとしても。
ということは俺、どうあっても同族・同胞と呼べる相手が存在しない?
いやいや、きっと俺の他にも殻付き黒スライムが…………うん、いるとは到底思えないな。
スライムは増殖して増えると聞いたことがあるけど、こんな寄生能力持ちがポンポン増殖するようなら、軽くバイオハザードなんじゃなかろうか。
そう考えると今の俺は、特に人間からすれば駆除必須な危険生物扱いの可能性が高い。
なにこれ、孤立とか村八分どころの話じゃないぞ。生涯強制ひとりぼっちとかもう呪いの類だろ。これのどこが【ちーと】なんだ。
くそったれ。なにからなにまで、まるでクソ東洋人の話と違うじゃないか。
クソ東洋人が話してたような【ちーと】持ちの【いせかいてんせい】だったら、そろそろなにかしら【すきる】や【あびりてぃ】の一つでも開花してよさそうなモンだ。
でもそんな様子は全くない。獲物を食えば胃袋が満たされるけど、経験値が蓄積して【れべるあっぷ】する感じもしない。
脳内にアナウンスだか天の声だかが響くこともなければ、頭の中や視界にそれらしい文章が浮かび上がることもない。いや、常識で考えたら、そんな現象が発生することの方がおかしいんだけど。でもこうして転生してるわけだしなあ。
うん。この件は保留で。ないものねだりなんてするだけ無駄だ。
クソ東洋人の話みたいな人生【いーじーもーど】感こそないけど、現状で十分俺は満足できてる。文句を言うのは贅沢というものだろう。
ただ不満とは違うけど、どうにも気になることが一つ。
現在俺の主食である四つ耳ウサギ、こいつの出処が知れないのだ。
朝昼晩と三食頂けるのだ、さぞたくさん繁殖しているのだろうと最初は思っていた。しかし改めて見返せば、不自然な点がある。まずフンや巣穴といった、ウサギたちがこの一帯に生息している痕跡が全く見つからないのだ。あるのはトカゲのものばかり。俺が狩りや動物について博識でないことを差し引いても、これまで食べた数を思うと少しおかしい。
それに、時間帯だ。こいつらは朝昼晩と、ちょうど飯時にどこからともなく姿を現す。逆にそれ以外の時間帯では、いくら探そうが影も形も見つからない。出くわすのはトカゲの他に、ひとくち大の虫が少々くらい。ここがトカゲの縄張りにしても、やはり変だ。
こんなことが自然界でありえるのだろうか、と俺は言い知れない不気味さを覚えた。
そりゃあ、俺が知らないだけという可能性も大いにある。クソ東洋人から教わった知識が多少あるとはいえ、所詮は学校もない寒村育ちだったしな。でも俺の経験上、知らないままでいるというのは大抵ロクなことにならない。
なにより……俺にはこの色鮮やかな世界をもっと知りたい、もっとたくさんの景色を見たいという抑え難い欲求がある。
転生前に生まれ育ったあの息苦しい村から、俺はどこにも行けやしなかった。
でも、今なら。今の俺なら広い世界へ飛び出すことができるかもしれない。
【さばく】【うみ】【かざん】【ひょうが】
【にじ】【ほしぞら】【ゆき】【おーろら】
図鑑の写真でしか目にすることの叶わなかった様々な景色を、直に焼きつけることができるかもしれない。
それを思えば、どうするかなんて決まり切っていた。
俺はこれまで猛獣に出くわすのを恐れてそこそこにしていた散策範囲を大幅に広げ、本格的な森の調査に乗り出した。
とりあえず、最後に食べたウサギが駆けてきた方角に進む。
スタートから行き当たりばったりだけど、他にそれらしいアテもない。
途中遭遇したトカゲを追い払ったり、しつこいヤツをご飯にしたりしながら進むこと、体感にして約一時間。
俺は、明らかに人工物としか思えないものを発見した。
ツルリとした表面に回路のような溝や突起が走り、木の天辺も越えて長々と伸びる柱。一定の間隔を開けていくつも並ぶそれは、クソ東洋人資料で見た【でんちゅう】を思い起こさせた。あれに比べると細いし、電線のようなもので繋がってもいないけど。
そして柱が作る二つの列の間に、道路が通っていた。車がすれ違える程度の幅を持つそれは、小石一つ見つけられないほど平らに整備されている。
この世界にも人間が存在するという確固たる証拠。しかし人類文明と呼べる代物から縁遠い暮らしをしていた俺にとって、それらは森の大自然や新鮮な肉に勝る感動を与えるものではなかった。
とはいえ、柵もなしに道路が通っているところを見るに、どうやらここら一帯に人間が危険視するレベルのモンスターはいないようだ。それがわかっただけでも収穫ではある。
道路を整備できる技術で、どの程度の武力を人間が有しているものか、俺にはわからない。
なんにせよ、見つかる前に通り過ぎてしまった方がいいだろう。
俺は道路を早足で跨ぎ、新しい場所へと足を踏み入れた。
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