バケモノ・パーク編

第1話:殻付き黒スライム


 半年に一回くらいの頻度で、【にほん】とかいう東の島国からそいつはやって来た。

 俺が心の中で「クソ東洋人」と呼ぶそいつは、【ぼらんてぃあ】と称して小さいガキどもに色々な話を語って聞かせた。


【まんが】【げーむ】【えいが】【らのべ】【あにめ】

【さっかー】【やきゅう】【あいどる】【いけめん】【ぐらびあ】

【れすとらん】【ゆうえんち】【ぶんかさい】【くります】【りあじゅうはぜろ】

【こみけ】【こすぷれ】【めいどきっさ】【ねこみみいずじゃすてぃす】


 他にも本当に様々な、胸が躍るような話の数々に、チビガキどもは馬鹿みたいにキラキラと目を輝かせたモンだ。

 それを見て得意満面の顔をするあいつが、俺は昔から大嫌いだった。


 だってあいつは面白おかしく話を語って、数日経てば満足げに帰っていくだけ。

 配給が増えるわけでもなければ、村に落ちてくるミサイルの数が減るわけでもない。

 汚染され切った川や土が蘇るわけでもなく、病気も貧困も何一つ改善しない。

 結局のところ、あいつは俺たちになにもしてくれてなんかいない。全ては気になって、自己満足するためだけの偽善行為だったのだ。


 一応村長やってた両親が地面に頭を擦りつけて頼み、あいつは俺の家庭教師になった。あいつが「もういらないから」と寄越してきた教科書や図鑑を読み漁り、俺は生まれに似つかわしくない程度の学を得た。でもそれは最後の最期まで、なんの役にも立たなかった。

 本当になにからなにまで、クソッタレの東洋人だ。


 …………そんなクソ東洋人から教わった知識が、まさか死んで生まれ変わった後で大きな助けになるとは、夢にも思わなかったけど。



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 俺が冷静さを取り戻すまで、それほど時間はかからなかった。

 なにせ泣き叫ぼうにも、声帯がなければ涙腺もない。こんな軟体ボディじゃのたうち回ることもできず、せいぜいポヨンポヨンと転がるだけだった。非常に癪だがクソ東洋人から得た事前知識もあったおかげか、すぐ虚しくなって我に返ることができた。

 ……非常に、反吐が出るほど、癪でしょうがないけどな。


 なんにせよ、現実を受け入れないことには話が進みそうにない。

 俺は人間としてのクソみたいな人生を終え、人ならざる怪物に生まれ変わった。

 理由なんて知るかよという話だが、クソ東洋人が話す【いせかいてんせい】でもロクにまともな説明がなかったし、「そういうもの」と納得する他ない。つーかそんな答えがあるかもわからない疑問に費やす時間があったら、地面を掘り返して食い物を探すのが俺の日常だった。


 しかしクソ東洋人的に、《殻付き黒スライム》とでも呼べばいいのだろうか、この姿は。

 正直気色悪いし、百歩譲っても珍妙な姿だ。特にプカプカ浮かぶ真っ赤な眼球が怖い。俺はこの眼でものを見てるんだろうか? 湖の水面を鏡代わりに視線を動かすと、眼球も合わせて動くからそうっぽい。そしてギョロッと動く眼球がやっぱり怖いし気色悪い。

 うっわー。なにこれ。

《スライム》って確か、女子供にも人気の【ますこっと】なんじゃなかったのか?

 こんなの可愛げのかの字もありゃしない。どう見ても【ほらーえいが】に出てくるようなヤツだろ、これ。


 つーか生まれ変わるにしたって、なんでスライムなんだよ!


 人間……は出会った連中クソばっかだし、人生振り返ってもクソな思い出ばっかだから、もうこりごりだ。でも、どうせなら【らいおん】とか【くじら】とか【かぶとむし】とか、もっとカッコイイ生き物に生まれ変わりたかった!

 せめていっそ人間としての記憶やら意識やらを、綺麗に抹消して欲しかった。まっさらな白紙に戻して、なにも考えず悩みもしない、ただの動物として生きさせて欲しかった。

 こんな身体で、俺にどう生きていけっていうんだよ!


 …………いや、よそう。

 どれだけ悲観したって目の前の現実は変わらない。人間だった頃もそうだったじゃないか。

 俺にできるのは、今自分が立っているこの場で足掻くことだけだ。

 足ないから厳密には立ってないけど。座っているのか倒れているのかもさっぱりだけど。

 ……………………くすっ。


 げふんげふん。それじゃあ作戦ターイム!

 無理やりにでもテンションを上げていこう。じゃないと虚しさのあまり孤独死しそうだ。

 思い出せ。クソ東洋人の話じゃ、【いせかいてんせい】はとてもハッピーな話だったはず。

 確か、そう。そうだ。【ちーと】なる反則的な特殊能力が身について、それを使って大冒険に大活躍! なにをやっても成功して、美少女にもモテモテのウハウハなハーレム生活! みたいな感じ。たぶん大体合ってる。


 つまり【いせかいてんせい】のお約束に沿うなら、俺にも【ちーと】が備わっているはず。

 最初から山を吹き飛ばすレベルの魔法が使えるとか、自分や敵の強さ・能力を数値化して視認できるとか、そういう話が主だったと思う。

 そこでまず「【すてーたす】確認!」とか「【すきる】発動!」とかそれっぽい言葉を叫んで(念じて?)みたが、なにも起きやしない。

 使えねー。唯一の頼りだとか思ったけど、やっぱりクソ東洋人の知識全然使えねー。


 しかし他にすることもないため、今の自分になにができて、なにができないのか色々と確認してみる。

 視覚があるのは確認済みで、触覚も良好。耳はないけど聴覚も働いているみたいだ。たぶん音の震動が、この軟体ボディを伝わってなんやかんやしてるんだろう。科学なんて教科書の他は、あのクソ東洋人の偏った知識しかないから詳しいことはわからん。


 そして最大の問題。この身体、嗅覚と味覚は全くないらしい。木に生るいかにも美味そうな果実を食べようとしたところ、消化・吸収はできても味がまるでわからないのだ。

 こんな酷い生殺しがあっていいのか!?

 せっかく食べ物に不自由しなさそうな世界に転生したのに、こんなのあんまりだよ……

 食事の必要がない身体らしく飢えも全く感じないけど、なんだか凄くやるせなかった。


 検証を続けるとして、五感の次は戦闘力だ。

 牙も爪もないのは勿論、筋力だって皆無。そりゃ筋肉も骨もないから当然か。

 鈍い銀色の外殻は金属質で、厚みの割りになかなか頑丈そうだ。それに、どうやら俺の意思である程度形状を変えられるらしい。ただこれで爪や牙を作っても、振り回す筋力がゼロだからとても役に立ちそうにない。


 あ、でも確かスライムには物理攻撃が効かないとも聞いたような……でも俺の眼球、あからさまに急所だよね?

 よくよく観察して気づいたけどこれ、厳密には眼球じゃないらしい。深紅の中に黒い縦線が入った、蛇の眼にも似た宝石と称すのが一番相応しい。たぶんこれ「核」的な器官で、脳や心臓も兼ねているんじゃないだろうか。

 つまり、この眼を牙や爪で壊されたら物理でもアウトということ。


 結論――ただの雑魚。


 はい詰んだー。始まる前から詰んでるんだけど、二度目の人生。いや、スライムだからスライム生? ええい、呼び方なんでこの際どうでもいい。

 本当にもう、これでどうやって生きていけというのか。

 食物連鎖のピラミッドで言ったら間違いなく最底辺。今の俺は草と同じ、ただ一方的に食われるだけの存在だ。人間だった頃と大差ない気もするが、それ以上は考えるだけ虚しい。


 それに銀色のスライムは追い掛け回してでも倒したい、格好の獲物だと聞いた覚えがある。なんかクソ東洋人は経験値がどーたらこーたら言ってたような。まあ俺の場合、正確には銀色の殻なんだけど。

 あんな苦しい死に方をしたのに、生まれ変わってもこれはあんまりだ。【ふぁんたじー】というのはもっとこう、夢と希望に溢れた世界じゃなかったのか?


 ……つーかそもそもここ、本当に異世界なんだろうか?


 こんな姿になったもんだから【いせかいてんせい】などと言い出したものの、俺の知識は所詮クソ東洋人から教わった範囲でしかない。俺が知らないだけで、外の国にはスライムみたいな生物も普通にいるという可能性も有り得る。

 転生しただけでも十分【ふぁんたじー】だと思うけど、もしここが地球なら…………まあ、全く未知の異世界よりかは多少安心できる、か?


 微妙な希望的観測を抱いたそのとき、温かい日差しが突然途絶え、深い影が周囲を覆う。

 何事かと視線を上げて、俺は硬直した。

 鳥か虫か、はたまた翼竜か。判別がつかないほどの、視界を埋め尽くす巨大ななにか。

 それは羽ばたきの音もなく、あたかも空中を滑るかのように俺の頭上を通り過ぎた。

 半端な学しかない俺でも一目でわかる。あんな生物、今も昔も地球には存在しない。


 あー、うん。間違いなくここはファンタジーな異世界だ。

 俺はこれから、あんなものが生息しているような世界で生きていくのか。

 ――これ、【むりげー】ってヤツじゃないか?

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